青山潤三の世界・あや子版

あや子が紹介する、青山潤三氏の世界です。ジオログ「青山潤三ネイチャークラブ」もよろしく

遺書 55

2020-09-11 10:30:37 | 香港デモ、新型ウイルス、日記




[昨日送った三世への個人的メールを今日のブログの穴埋め記事として転用しておきます]

三世は「内容は青山さんが決めてください、私は中国のこと知らないので作れません」というのだけれど、内容はとっくに決まっているし(何度も送っている)僕じゃないと作れないのは分かってます。

でも形式が決まっていない。それはチエちゃんが選ばねばならない。

ABC案のどれで行くのか?

もし、B案かC案にする場合は、「あや子版」のほうで、代替え紹介しなくてはなりません。

今日だって、これから「オンライン講座:コロナを愛して」があるのでしょう?

この一週間、その企画進行をちゃんと行なうために、毎日スタバやジョナサンで終日スタンバイしていて、なのにどうでも良い内容のメールしか来ず、一向に先に進む気配がありません。予算だって、もう完全に尽きました(今日の講座の参加者料が頼りです)。

とにかく、お金稼ぐこと。三世は「お金なんて必要ない」というけれど。ギリシャはともかく、日本では(たとえ山の中でも、、、山の中ほど国家のなんとかかんとかやらで色々しがらみがあって)そういうわけにはいかない。ギリシャに来い、と言われても、現実問題として無理です。

まあ、三世が善意で色々やってくれてるというのはわかりますよ。

でも、「社会の窓から」、最初はずっと継続するつもりだったのに、途中でほったらかしでしょう? 「あや子版」のほうに150回分近く「社会の窓から」未アップ分を毎日紹介している(もともとは「社会の窓から」用に書いていたのに、それが載らないから「あや子版」でカバーしてもらっている)わけで、、、。そのうち、その150回分、纏めて載せてくださいよ!

「フェイスブック」
「インスタグラム」
「ツイッター」
「ノート」
も、全然活用してないです。

「クラウドファンディング」も全然連絡こない。

「ユーチュブ」だって(K氏の手は離れているのでモニカや三世が自由に操作できる)利用していきたいし。

そのうえで、「TV電話のオンライン旅行&講座」。

“どうせほったらかしにして、それに誰も見ないでしょ”
と僕が言ったら、
“今度は大丈夫です、私も小遣い稼いでるので青山さんも稼げます”
と言うから始めたわけで、、、、やるんだったら、ちゃんとやりましょうよ。

「ギリシャ旅行へのゲスト参加」(普段は見るだけだけれど、「ゲスト」と明記した回は、最後のほうに20~30分ぐらい時間を貰って、ちゃんと喋る。「キャベツとモンシロチョウの起源について」「西洋と東洋のレタスの歴史について」「東西の春の女神“ギフチョウ”と“モエギチョウ”」など。

「中国気儘旅」
とにかく、(プレゼン紹介を)ABC三案のどれにするか決める。
A案:36コースを紹介(各コース名・85字でのコメント・写真一枚・オンライン実施日の日時)。
B案:現在のまま。ただし、地図を一枚に36個青ドットしたものに入れ替える。
C案:地図も含め、現在のまま。ただし以下のコメントを付け加える。

全部で36コースをガイドします。この画像(地図を含む)では、第16回のコース(白馬雪山)の一部を参考として示しています。毎回の紹介は、それぞれ(ここに示しているのとは)別のコースです。

全36コースのサンプル案内と、オンラインガイドを行う日時は「青山潤三の世界・あや子版」で行っていますので、それをチェックしてから、こちらに申し込んでください)。

なお、オンラインガイドが終了したコースも、いつでも再視聴が可能です(一回250円)。

↑下線の部分ちゃんと出来るように準備しといてくださいよ!

*前回のように、突然旅行会社からのブッキングがその時間帯に度々入るようならば、重ならないように最初から9時半開始にするべきかも。

・・・・・・・・・・・・・・

三世のギリシャ旅行への参加者は、毎回ある程度いる訳でしょう?でも、中国旅行参加希望者は、実質ゼロ。どこが違うのか?

ギリシャは魅力があるけれど、中国に魅力はない。
三世は魅力があるけれど、僕には魅力がない。
そこらへんは仕方がないことで、何らかの方法でカバーしていかなければならないわけです。
例えば、ギリシャや三世を好きな人が1000人いるとして、
中国や僕を好きな人とが10人だとしたら、
それくらい分母の差があれば、例えば、ギリシャや三世のほうには1000人のうち10人が参加するとして、同じ割合だと、(何も策を練らずに普通にやってたら)中国や僕のほうには10人中一人も参加しないことになります。
そこを何とかして、興味を持ってくれそうな10人を集中的に攻めて、3人ぐらい引き込む。


●「オンライン講座:コロナを愛して」

参加者を募りましょう!

例えば(資金さえあれば)、「講座」の内容と日時を記したポスターでも作って、片っ端から配りまくるとか。

それよりも、せっかく作ってある、ツイッター、フェイスブック、インスタグラム、ノート、ユーチュブ、クラウドファンディング、、、、。
それらを、積極的なアピールに利用できないものかと。

ピーチの人に連絡を取り、エーゲ海フェリーでのチエちゃんの体験を交え、日本と中国の現状の比較などとともに、「今、なぜ、マスクをする必要があるのか?」を正面から問いましょう。

中国:即座に全国民にマスク命令、移動禁止令。3週間後に全面解除。今は自由。現在感染者ほとんどなし。衛生状態最悪(自覚してる)。デタラメ。多分日本人から見れば、全員「発達障害」。

日本:責任擦り付け合ったりしていつまで経ってもグダグダ、、、。その結果、「民意」でマスク“お願い”。マスクしない人は村八分。衛生状態は最高(自慢)。感染者は世界的に見れば少ない。

日中の状況を比較すれば、マスクは無論、衛生度とか、感染云々とかも、実は本質的な部分では、余り関係ないのではないか? と思うのです。

マスクは、肉体の安全の為ではなく、精神の安心のために必要とされているわけであって、ウイルス感染の対策としては、さほど意味はないと思います。

そもそも、ウイルスに感染しちゃいかんのでしょうか? 遠い過去から、無数のウイルスが存在し、それぞれ独自の性格を持ち、人間に対しては、それぞれ異なる脅威を齎してきたわけです。

人類が対面する脅威というのは、ウイルスだけでなく全てにおいて同じです(交通事故とか自殺とか)。

熱中症は、冷房に飼いならされた現代人が、そこから抜けられなくなった結果です(銃社会問題もドラッグ問題も同じ)。冷房の過剰利用で齎された結果が温暖化です。

その因果応酬を認めたくない。皆で渡りだした赤信号は、途中でヤバいと気付いても誰も止まれな
い。王様(実は大衆)が裸だと分かっても(実は自分も裸なので)誰も指摘が出来ない。みんな、目の前の利益(防御)しか考えていない。

無意識強要同調空気の許に成り立つ「民主的相互監視社会」は、共産党一党独裁の(分かり易い)監視社会より、遥かに怖いのではないか? と思います。

ワクチンが出来るまで、みんなマスクでやり過ごして待つのか?

ワクチンが出来ても(すでに副作用出現してます!)、またすぐ「新しいウイルス」が出現する。

そのうち、何もかも「人類に脅威」と見做され、それに対して(例えばマスク、例えばエアコン、例えば主張デモ、、、)、自分たちだけがリスクを避けようと、目前のお手軽な対処を続けて行けば、やがて人類は自分の首絞めて、がんじがらめになって、何にも出来なくなって滅亡に至ることでしょう。

ということを、大々的に発信していきましょう(どっか大きなメディアに取り上げてもらう)。





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遺書 53

2020-09-11 10:24:44 | 香港デモ、新型ウイルス、日記




以前、日ハムの杉原選手(29歳)ネタを書いたことがあるので、もう一回(実は僕自身彼がどんな選手かもよく知らないのですが、笑)。

ウグイス嬢からの弄りとともに定番になってしまっているのが、試合前の国歌斉唱だそうです。ナインが並んでスピーカーから流れる「君が代」の国歌演奏を皆神妙に聴いているわけですが、一人杉谷選手だけが声高らかに歌う。ほかの選手は、その間、笑うのをこらえている、という図式です。

ところが今日、隣に立っていた、高卒ドラ1(3年目、21歳)の清宮選手が、ついつられて歌いだした、という記事です。本人曰く、「黙って聴いてるより、歌った方が楽」だからそうです(笑)。

>試合前の国歌斉唱で元気いっぱいに歌う姿がファンの間で話題なっていた日本ハムの杉谷拳士内野手。その元気印につられるように、一緒に斉唱する選手が現れた。4日の西武戦(札幌ドーム)の試合前、杉谷の後方で清宮幸太郎内野手が口ずさむ姿が映し出された。「もう一緒に歌うしかないと悟った」日ハム杉谷の国歌“熱唱”に参戦した清宮にファン爆笑。

>杉谷、清宮が歌ってるのとは対照的に、矢野謙次外野守備コーチ兼打撃コーチ補佐は真剣な表情で聞き入るのみだった。ファンは矢野コーチに注目。「国歌熱唱の向こう側に辿り着いのか知らんけど、今は謙次にジワってしょうがない(笑)」 ファンの声を受け、矢野コーチは今後どのような“動き”を見せるのか。
日ハム杉谷の国歌“熱唱”に清宮参戦 ファンは矢野コーチに注目「謙次にジワる」


僕はどっちかというと、「国歌斉唱」には反対の立場にある人間ですが、こういうのは良いですね。思ったことを、(他の人の動向を気にすることなしに)躊躇せず実行する。(これまでずっと我慢してきたのに、とうとう)つられて歌ってしまったという、清宮君も面白いです。

コメントも、(特に清宮選手の野球での成績との関係を皮肉りながら)ユーモラスなものが大半。

でも、ちょっと気になったのは、「この際、選手・スタッフ・観客全員の、国家斉唱を義務付けるべきだ」というコメントが、チラホラあったこと(あと「コロナなのに不謹慎」というのもあった)。

杉原選手本人は「最終的には僕より若い選手を皆巻き込むことが目標です!」とか言ってるわけで、、、、(思想の左右には関わらず)「継続は力なり」の姿勢こそが魅力なのですが、そこから一部大衆の意見が「国民の義務」「国歌斉唱を義務付ける」といったところに飛んでしまうと、ちょっと違うのではないか、と違和感を持つのです。

*以下、全く個人的な意見で、それこそ不謹慎と取られてはいけないのだけれど、、、、。自分の国に誇りと愛情をもって、「国歌」を唄う、という精神や行為は、尊いと思います。しかし、強制されるべきものではない。それと、僕個人的には、「君が世」という曲が(歌詞にしろ曲調にしろ)余り好きには成れない。誰かが言ってたのですが、「どうせなら皆が知ってるだろう“故郷(ふるさと)”あたりを国歌にした方が、皆(気持ち的にも)歌いやすいのではないか」という意見は、賛成ですね。

“兎追いし此の山、小鮒釣りし此の川、夢は今も廻りて、忘れ難き故郷”
A long time ago, that mountain where I chased a wild rabbit, this river where I caught a small fish. Dreams still run-around, an unforgettable my hometown.





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