モエギチョウ(旧名・シリアアゲハ)Archon apollinusは、一見した姿こそギフチョウ属とは全く異なりますが、実は遺伝的に最も近い血縁にある“姉妹種”です。2022.3.24. 13:32
「萌葱Books」新刊書の内容の一部を先行紹介していきます。
*近日中に刊行予定。
萌え始める樹々の薫りと光と風の物語【その1】
The story of early spring, budding of trees, fragrant, light and wind,,,,,
【はじめに】
筆者は、今ギリシャに来ています。昔々(ソクラテスとかプラトンとかの時代より何百万年も前の頃に)、ギリシャと日本は繋がっていました。いや、繋がっているといえば、今でもほぼ繋がってます。でも、今は間に、チベット高原とか、ヒマラヤ山脈とか、タクラマカン砂漠とか、インドとかシベリアとか、、、いろいろ過酷な環境が挟まっていて(その他にも、中国とかイランとか、ミャンマーとかアフガニスタンとか、厄介な国々も挟まってるし、笑)、その結果、生物たちの中には、長い間東西で交流が閉ざされたままになっている集団も存在します。
祖先種が形成されたのち、離散集合を何度も繰り返し、各地で少しづつ姿や生活様式を変えながら今に至っている集団(人類もそのひとつ?)もあるでしょうし、ちりじりに別れてそのうちにどれもが消滅しまった集団もあるでしょう。今回お話しする「日本とギリシャの春の女神(ギフチョウLuehdoefia japonicaとモエギチョウArchon apollinus)」のように、遠く離れた東と西に分離したのち、再交流がないまま、(姿形を変えて)それぞれの地で細々と生き続けている集団もあるわけです。
【“春の女神”ギフチョウ】
ギフチョウは、日本の自然愛好家の間で、飛び抜けて人気が高い存在です。“春の女神”と呼ばれています。一年で一度だけ、早春に姿を現す“スプリング・エフェメラル”(「エフェメラル=カゲロウ=ひいては“一瞬だけ姿を現す儚い命”の象徴」)の代表種です。春一番に蝶が姿を現したあと、夏秋冬を枯葉や土塊の中に潜んで蛹の姿で過ごし、翌春再び現れます。
“スプリング・エフェメラル”の蝶は、ほかにもコツバメやミヤマセセリやツマキチョウなどがいて、それぞれに魅了的で、個人的には大好きな蝶たちなのですが、小さくて地味なこと、よく似た姿の同じ仲間がヨーロッパや北米大陸にも分布している点が、ギフチョウと異なります。ギフチョウは、鮮やかな色調の斑紋を持ち、すっしりとした重みを感じる、一種独特の風格があります。そして日本(本州)の固有種です(属単位でも東アジア固有)。
早い地域では3月の下旬から出現、標高の高いところや雪国ではゴールデン・ウイークの頃が最盛期です。概ね、それぞれの地域のサクラの開花時期と重なります。
人里近くの芽吹き始めた薄墨色の雑木林、あるいは山奥の渓流沿いの新緑の落葉温帯樹林の林床に、正午前、陽の光が差した瞬間、どこからもなく彼女たちは現れます。敷き詰められた枯葉の中から顔を出したカタクリやスミレなどの春の花を目指して、転がるように、ぶきっちょに飛んでいきます。
早春の「空気」「光」「風」「薫り」、、、ギフチョウの飛ぶ姿には、それらの“感覚”が凝縮されて籠っているように思います。
筆者のギフチョウとの最初の出会いは、ほんの一瞬でした。1961年の春、中学の生物研究部の先輩たちと、当時ギフチョウの産地として有名だった宝塚(兵庫県)の少し先にある武田尾に行ったとき、山道を横切って飛ぶ姿を、チラリと見ただけです。
やがて、武田尾からは、ほとんど姿を消してしまいましたが、10数年後に昆虫カメラマンとなった筆者は、まだ数多く姿を見ることが出来た、同じ兵庫県の西脇市や神奈川県の津久井町、それに長野県や新潟県の山間部などのあちこちで、ギフチョウを撮影しました。
ギフチョウの語源の「ギフ」は地名の「岐阜」ですが、別に岐阜県の蝶という訳ではありません。もともとは「だんだら蝶」という名前があったのです。近代になって、岐阜出身の研究者がこの蝶のことを詳しく調べました。それを記念して、「ギフチョウ」と新たに名づけられたのです。
学名は、「Luehdorfia japonicaルードルフィア・ジャポニカ」と言います。ルードルフィアというのは、日本海を挟んだ対岸、ロシアの沿海州の中心都市、ウラジオストックの州知事のリュードルフを記念した名です。属の模式種はLuehdorfia puziloi(ヒメギフチョウ)で、ロシア沿海州のほか、朝鮮半島、中国大陸東北部、および日本海を挟んだ本州中~北部と北海道に分布しています。
中国大陸ではほかに、主に長江の下流域から中流域にかけて分布するLuehdorfia chinensis(日本名としてはシナギフチョウやアカオビギフチョウの名がありますが、ここではチュウゴクギフチョウと呼びます)が古くから知られていましたが、日本ではその実態はよく分かっていませんでした。また、比較的最近(1980年代)になって、陝西省から湖北省にかけての山地帯で、第4の種、Luehdorfia longicaudata (Luehdorfia taibaiという学名を採用する見解もあります、日本名はオナガギフチョウ)が、中国人の研究者たちによって発見されました。
筆者は、1980年代の末から、この2つの姉妹種の実態を探るため、中国に渡っています。日本固有種ギフチョウと、大陸産の姉妹種の生態を比較することは、日本の生物相の成り立ちを探ることにも繋がります。
≪2に続く≫
ギフチョウ Luehdorfia japonica 新潟県浦佐市2020.4.15 11:25
ギフチョウ Luehdorfia japonica 長野県白馬村2005.5.4
ギフチョウ Luehdorfia japonica 新潟県浦佐市2020.4.15 11:33
オナガギフチョウ Luehdorfia taibai 中国西安市秦嶺2010.4.26 12:28
モエギチョウArchon apollinus ギリシャ・サモス島2022.3.25 10:31
モエギチョウ Archon apollinus ギリシャ・サモス島2022.3.23 14:28
モエギチョウ Archon apollinus ギリシャ・サモス島 2022.3.26 11:48
モエギチョウ Archon apollinus ギリシャ・サモス島2022.3.25 11:24
モエギチョウ Archon apollinus ギリシャ・サモス島2022.3.27 9:40
オナガギフチョウLuehdorfia taibai 中国西安市秦嶺2010.4.26 15:34
チュウゴクギフチョウLuehdorfia chinensis 中国杭州市1989.3.28
ギフチョウ Luehdorfia japonica 新潟県浦佐市2020.4.17 12:25
モエギチョウ Archon apollinus ギリシャ・サモス島2022.3.26 15:40
モエギチョウ Archon apollinus ギリシャ・サモス島2022.3.26 13:48
オナガギフチョウLuehdorfia taibai 中国西安市秦嶺2005.4.28 15:34
モエギチョウ Archon apollinus ギリシャ・サモス島2022.3.25 11:35
ギフチョウLuehdorfia japonica 長野県白馬村2005.5.4
モエギチョウ Archon apollinus ギリシャ・サモス島2022.3.27 15:48
モエギチョウ Archon apollinus ギリシャ・サモス島2022.3.25 14:09