(「中」の続き)
ただ、こうした熱烈に胡錦涛礼讃を繰り返す『解放軍報』は、中国国内メディアにおいてひどく突出しているようで奇異に映らなくもありません。別の言い方をすれば『人民日報』や新華社(国営通信社)など主要メディアとの温度差が相当あるように思います。『解放軍報』に掲載される胡錦涛礼讃記事の多くがこうした主要メディアに転載されないというのも興味深いところです。
この1年来、何ラウンドかにわたり行われてきた政争において、胡錦涛はついに『人民日報』や新華社を掌握できないまま現在に至っているのではないでしょうか。その象徴的な事例として、最近当ブログでも取り上げた「江八点」礼讃報道があります。あの膨大な記事のうち『解放軍報』や『中国青年報』が転載したのはごく一部、数本だけ、というのも面白いところです。
そういえば『解放軍報』は創刊50周年記念に胡錦涛(軍服姿)が視察したことを何回かに分けて大々的に報じてもいます。党中央軍事委主席ですから『解放軍報』50周年に顔を出すのは当然といえば当然なのですが、時期が時期だけに政治的効果を生むものです。
http://news.xinhuanet.com/politics/2006-01/03/content_4003750.htm
http://www.chinamil.com.cn/site1/xwpdxw/2006-01/04/content_376124.htm
http://www.chinamil.com.cn/site1/xwpdxw/2006-01/05/content_377157.htm
http://www.chinamil.com.cn/site1/xwpdxw/2006-01/05/content_377160.htm
http://www.chinamil.com.cn/site1/xwpdxw/2006-01/11/content_381984.htm
http://www.chinamil.com.cn/site1/xwpdxw/2006-01/13/content_384216.htm
http://www.chinamil.com.cn/site1/xwpdxw/2006-01/18/content_387536.htm
http://www.chinamil.com.cn/site1/xwpdxw/2006-01/19/content_388553.htm
そうでなくても『解放軍報』の踊りっぷりを見れば軍主流派がしっかりと胡錦涛を擁護していることがわかりますから、政治面での胡錦涛カラーも以前より出しやすくなっているでしょう。……ということで「両輪」のもう片方たる『中国青年報』の登場となります。
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この「両輪作戦」の特徴は、しっかりと役割分担が行われていることです。『解放軍報』に関しては上述した通り、新華社や『人民日報』が後ずさりするほどの「科学的発展観」礼讃報道で党上層部における胡錦涛の指導力強化を目的としているようにみえます。ただしこれは胡錦涛が軍部を掌握したのではなく、あくまでも胡錦涛と軍主流派が行った「取引」の結果に過ぎないのが胡錦涛にとって痛いところです。あるいは武装警察が農民3名(地元当局の発表)を突撃銃で射殺した広東省汕尾市の「12.6」事件、あれがいまなお全国ニュース扱いにならないのも、胡錦涛による軍部への配慮かも知れません。……それはともかく。
『中国青年報』に任された役割はといえば、「中央vs地方」という対立軸においての「地方」叩き、すなわち最近台頭傾向著しい「諸侯」を大人しくさせるということです。顕著な例では江西省や湖南省の環境汚染に対する特集記事がありました。
http://news.xinhuanet.com/politics/2006-01/04/content_4004967.htm
http://news.xinhuanet.com/politics/2006-01/04/content_4005009.htm
http://news.xinhuanet.com/politics/2006-01/08/content_4023408.htm
http://news.xinhuanet.com/politics/2006-01/10/content_4031046.htm
http://news.xinhuanet.com/politics/2006-01/10/content_4031154.htm
http://news.xinhuanet.com/politics/2006-01/10/content_4031162.htm
http://news.xinhuanet.com/politics/2006-01/10/content_4031171.htm
http://zqb.cyol.com/gb/zqb/2006-01/13/content_120022.htm
江西省や湖南省に胡錦涛の政敵がいるのかどうかはわかりませんが、松花江汚染事件でクローズアップされた環境汚染、それに伴う地元当局の隠蔽やら何やらというのは全国各地に存在する問題です。こうした特集記事も「地方政府は自分のことばかり考えて全国的視点を持たない」とか「貴重な税収源のために企業による環境汚染や周辺住民の健康被害に知らんぷりしている」といった、全ての「諸侯」に向けられた批判だと思われます。
それから人民代表大会への批判。これは国(全人代)、省、自治区、市など各レベルごとに設けられている機関ですが、内実は地元官僚の思うままに運営されていて平民代表が無視されている、というものです。これまた「諸侯」批判といえます。
http://zqb.cyol.com/content/2006-01/24/content_1306067.htm
これは日本でも報道されましたね。
●中国紙、人民代表大会を痛烈批判 「まるで官僚大会」(Sankei Web 2006/01/24/22:16)
http://www.sankei.co.jp/news/060124/kok099.htm
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こうした「諸侯」叩き=中央の統制力強化という、胡錦涛が党上層部における指導力強化と同時に欲するもう一面のキャンペーンを『中国青年報』が展開しているように私には思えました。……と過去形で書くのは理由があります。胡錦涛による「両輪作戦」、ここまでは一応奏功しているように思うのですが、先行きが不透明になりつつあるからです。
『解放軍報』=軍主流派との連携については台湾問題が影を落としています。まずは言うまでもなく李登輝氏による再来日問題があります。さらに陳水扁・総統が旧正月に打ち出した「国家統一委員会と国家統一綱領の廃止」という新方針、これについては米国が「一方的に現状を改変することに反対する」と脊髄反射している程ですから、軍部としては坐視できない動きでしょう。
米国が脊髄反射するくらいですから問題は深刻化しないかも知れませんが、李登輝氏の一件と併せて、胡錦涛の対応次第では軍主流派との関係が疎遠になる可能性があります。なにせ軍人ですから。電波型将官ではないといっても、問答無用のゴリ押しが地金であることに変わりはありません。
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『中国青年報』については、これも言うまでもないでしょう。週末版付録「氷点」の停刊処分です。
http://hk.news.yahoo.com/060126/12/1krdk.html
これには胡錦涛が迫られて余儀なく停刊にした一面と、胡錦涛自らの意思で「けしからん」と潰した一面があるように私は思います。
中国の歴史教科書が偏向している、このままでは成熟した民族にはなれない、という趣旨の大学教授が書いた文章、「事実を直視しないという点では日本と同じではないか」など際どい文言満載で楽しめます。
http://hk.news.yahoo.com/060126/12/1krdi.html
で、これが停刊の理由だとされていますが、「氷点」編集責任者の李大同氏が発表した内情暴露手記によると、実は以前から「氷点」の掲載する文章は中央宣伝部によって何回も警告を受けていた模様です。つまり中央宣伝部は歴史教科書の文章で突然キレた訳ではなく、そのずっと前から「氷点」の際どさに目をつけていたようです。
http://hk.news.yahoo.com/060126/12/1kr6a.html
で、以下のことは李大同氏による内情暴露手記を読めばわかるのですが、「中央宣伝部」というのは「党中央宣伝部」のことではなく、「共青団中央宣伝部」なのです。そこで話が込み入ってくるのですが、要するに胡錦涛の御用新聞の週末版付録が際どい記事ばかり掲載することを、胡錦涛の支持母体である共青団の中央宣伝部が苦々しく思っていた、ということになります。
潰したのが胡錦涛の身内なら潰されたのも身内、ということです。ただ、問題記事を掲載する「氷点」あるいは『中国青年報』に対し、軍部やアンチ胡錦涛諸派連合など外部から圧力がかかった可能性はあります。圧力がかかったか、かかる気配を察したか、とにかくそれによって胡錦涛に累が及ぶのを怖れた共青団中央宣伝部が「氷点」を停刊処分にした、という側面があるかも知れません。
あるいは『中国青年報』自体が危ないので「氷点」を切り捨てることで難を避けた、という可能性もあるでしょう。いずれにせよ、これは「胡錦涛が余儀なく停刊にした」という一面です。
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もう一面、胡錦涛が「これはけしからん」と思う記事を掲載したというのは、「氷点」ではなく本体の『中国青年報』です。
胡錦涛が統制好きであることは当ブログで再三指摘しています。様々な報道統制に始まってテレビ・ラジオの番組や映画、広告などの内容に対する審査厳格化、インターネットの規制やネットカフェへの制限強化、さらにネットゲームの中身にも立ち入り、携帯電話の実名登録制に向けて動くなど、この点に関して胡錦涛は実に至れり尽せりです。あとはブログに対する規制強化で完璧ではないかと以前書いたことがありますが、実は『中国青年報』はその点について、つまりブログ規制強化に反発する特集を最近組んでいるのです。
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◆ブログ管理強化の動きに『中国青年報』が反発。
http://zqb.cyol.com/content/2006-01/20/content_1303652.htm
http://zqb.cyol.com/content/2006-01/20/content_1303657.htm
http://zqb.cyol.com/content/2006-01/20/content_1303642.htm
http://zqb.cyol.com/content/2006-01/20/content_1303647.htm
中共政権における私的メディアではブログだけが比較的自由な空間。つまりそれを統制してしまえば統治者にとって懸念はなくなる訳だが、胡錦涛の御用新聞たる『中国青年報』が異義申し立てを行ったことに注目。『南方都市報』や『新京報』への言論弾圧に危機感を強め、御用新聞というポジショニングより記者魂を優先させたのかも。波乱必至。
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……と、これはとっておきのネタです。「楽しい中国ニュース」に載せようとしたのですが、いやこれは大ネタだからまず当ブログで取り組んでからにしよう、と思ううちに時が流れてしまいました。
「波乱必至」と1月20日の私はコメントしていますが、この記事の出た5日後に「氷点」停刊となるのです。胡錦涛が「けしからん」と思ったとしても全く不思議ではない内容です。これが真の原因だとすれば、共青団中央宣伝部による再三の御注進もあって、「氷点」を潰して見せしめに晒し上げた(自分の立場を忘れるな、という『中国青年報』への警告)、ということになります。
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ここでいう先行き不透明というのは、
「『南方都市報』や『新京報』への言論弾圧に危機感を強め、御用新聞というポジショニングより記者魂を優先させたのかも」
という部分に集約されています。これも以前書いたことですが、記者や知識人は当初、成立したての胡錦涛政権を開明的なものと考えていたようで、実際には統制強化派であったことに失望することになりました(私みたいな素人にもみえることがなぜ連中にはみえないのか。馬鹿な奴らですねえ)。期待していた分、幻滅もまた大きかったのでしょう。それだけに、記者は取材者・報道者として強い閉塞感に苛まれているのではないかと思います。
投獄された『南方都市報』関係者の釈放要求署名活動や『新京報』の編集幹部更迭に怒った記者たちのストライキは、中共政権という一党独裁社会においては非常なリスクを伴うものです。悪くすれば失職、最悪なら投獄。家庭を持つ勤労者にとっては相当な覚悟の必要な行為なのです。それを敢えて実行したところに、記者たちの危機感の強さがあり、追い詰められた者がついに立ち上がるというイメージを私は結びます。
「官逼民反」(「官」の横暴に追い詰められ進退極まった「民」が、成否を問わずに蹶起する)
という言葉は農村暴動や都市暴動で使ってきましたが、メディアの世界にも用いることになるとは思いませんでした。でも、実際にそういう状況が起こっているのです。
そういう状況の反映が『中国青年報』の「ブログ規制強化反対」記事なのであれば、胡錦涛にとっては御用新聞である筈の『中国青年報』に異義申し立てを行われる、つまり飼い犬に手を噛まれるという由々しき事態です。
ひいては中国社会にとって、火種がひとつ増えたともいえるでしょう。署名活動、ストライキまで来ましたから、冗談ではなく、今年は記者たちによるデモを見ることができるかも知れません。
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随分長々と書いてしまいましたが、最後に改めて、胡錦涛が現在に至るまで未だに『人民日報』や新華社といった主要メディアを十分に掌握していないことを指摘しておきます。今後の動向について簡潔にまとめておきますと、
●胡錦涛による主要メディア掌握が不十分(アンチ胡錦涛諸派連合はいつでも動ける)
●台湾問題(対応次第では軍主流派による胡錦涛掌握=胡錦涛傀儡化&政界での軍部台頭が進む可能性も)
●報道規制に対する記者たちの予想以上に強い反発(メディアの叛旗が政権崩壊の序曲となることも)
……が注目点だと思います。あとは社会状況も悪化していますし、ファンタジスタも芸術的なプレーで魅せてくれるでしょう(笑)。武装警察も実弾射撃しちゃったことでひと皮むけたというかついに一線を超えたというか。てな訳で見所満載です。
もう一献?……いや、だめです。もう舌が回りません。それにもうこんな時間じゃないですか。寝ます。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/kaeru_night.gif)
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