日々是チナヲチ。
素人による中国観察。web上で集めたニュースに出鱈目な解釈を加えます。「中国は、ちょっとオシャレな北朝鮮 」(・∀・)





「中」の続き)


 ただ、こうした熱烈に胡錦涛礼讃を繰り返す『解放軍報』は、中国国内メディアにおいてひどく突出しているようで奇異に映らなくもありません。別の言い方をすれば『人民日報』や新華社(国営通信社)など主要メディアとの温度差が相当あるように思います。『解放軍報』に掲載される胡錦涛礼讃記事の多くがこうした主要メディアに転載されないというのも興味深いところです。

 この1年来、何ラウンドかにわたり行われてきた政争において、胡錦涛はついに『人民日報』や新華社を掌握できないまま現在に至っているのではないでしょうか。その象徴的な事例として、最近当ブログでも取り上げた「江八点」礼讃報道があります。あの膨大な記事のうち『解放軍報』や『中国青年報』が転載したのはごく一部、数本だけ、というのも面白いところです。

 そういえば『解放軍報』は創刊50周年記念に胡錦涛(軍服姿)が視察したことを何回かに分けて大々的に報じてもいます。党中央軍事委主席ですから『解放軍報』50周年に顔を出すのは当然といえば当然なのですが、時期が時期だけに政治的効果を生むものです。

 http://news.xinhuanet.com/politics/2006-01/03/content_4003750.htm
 http://www.chinamil.com.cn/site1/xwpdxw/2006-01/04/content_376124.htm
 http://www.chinamil.com.cn/site1/xwpdxw/2006-01/05/content_377157.htm
 http://www.chinamil.com.cn/site1/xwpdxw/2006-01/05/content_377160.htm
 http://www.chinamil.com.cn/site1/xwpdxw/2006-01/11/content_381984.htm
 http://www.chinamil.com.cn/site1/xwpdxw/2006-01/13/content_384216.htm
 http://www.chinamil.com.cn/site1/xwpdxw/2006-01/18/content_387536.htm
 http://www.chinamil.com.cn/site1/xwpdxw/2006-01/19/content_388553.htm

 そうでなくても『解放軍報』の踊りっぷりを見れば軍主流派がしっかりと胡錦涛を擁護していることがわかりますから、政治面での胡錦涛カラーも以前より出しやすくなっているでしょう。……ということで「両輪」のもう片方たる『中国青年報』の登場となります。

 ――――

 この「両輪作戦」の特徴は、しっかりと役割分担が行われていることです。『解放軍報』に関しては上述した通り、新華社や『人民日報』が後ずさりするほどの「科学的発展観」礼讃報道で党上層部における胡錦涛の指導力強化を目的としているようにみえます。ただしこれは胡錦涛が軍部を掌握したのではなく、あくまでも胡錦涛と軍主流派が行った「取引」の結果に過ぎないのが胡錦涛にとって痛いところです。あるいは武装警察が農民3名(地元当局の発表)を突撃銃で射殺した広東省汕尾市の「12.6」事件、あれがいまなお全国ニュース扱いにならないのも、胡錦涛による軍部への配慮かも知れません。……それはともかく。

 『中国青年報』に任された役割はといえば、「中央vs地方」という対立軸においての「地方」叩き、すなわち最近台頭傾向著しい「諸侯」を大人しくさせるということです。顕著な例では江西省や湖南省の環境汚染に対する特集記事がありました。

 http://news.xinhuanet.com/politics/2006-01/04/content_4004967.htm
 http://news.xinhuanet.com/politics/2006-01/04/content_4005009.htm
 http://news.xinhuanet.com/politics/2006-01/08/content_4023408.htm
 http://news.xinhuanet.com/politics/2006-01/10/content_4031046.htm
 http://news.xinhuanet.com/politics/2006-01/10/content_4031154.htm
 http://news.xinhuanet.com/politics/2006-01/10/content_4031162.htm
 http://news.xinhuanet.com/politics/2006-01/10/content_4031171.htm
 http://zqb.cyol.com/gb/zqb/2006-01/13/content_120022.htm

 江西省や湖南省に胡錦涛の政敵がいるのかどうかはわかりませんが、松花江汚染事件でクローズアップされた環境汚染、それに伴う地元当局の隠蔽やら何やらというのは全国各地に存在する問題です。こうした特集記事も「地方政府は自分のことばかり考えて全国的視点を持たない」とか「貴重な税収源のために企業による環境汚染や周辺住民の健康被害に知らんぷりしている」といった、全ての「諸侯」に向けられた批判だと思われます。

 それから人民代表大会への批判。これは国(全人代)、省、自治区、市など各レベルごとに設けられている機関ですが、内実は地元官僚の思うままに運営されていて平民代表が無視されている、というものです。これまた「諸侯」批判といえます。

 http://zqb.cyol.com/content/2006-01/24/content_1306067.htm

 これは日本でも報道されましたね。

 ●中国紙、人民代表大会を痛烈批判 「まるで官僚大会」(Sankei Web 2006/01/24/22:16)
 http://www.sankei.co.jp/news/060124/kok099.htm

 ――――

 こうした「諸侯」叩き=中央の統制力強化という、胡錦涛が党上層部における指導力強化と同時に欲するもう一面のキャンペーンを『中国青年報』が展開しているように私には思えました。……と過去形で書くのは理由があります。胡錦涛による「両輪作戦」、ここまでは一応奏功しているように思うのですが、先行きが不透明になりつつあるからです。

 『解放軍報』=軍主流派との連携については台湾問題が影を落としています。まずは言うまでもなく李登輝氏による再来日問題があります。さらに陳水扁・総統が旧正月に打ち出した「国家統一委員会と国家統一綱領の廃止」という新方針、これについては米国が「一方的に現状を改変することに反対する」と脊髄反射している程ですから、軍部としては坐視できない動きでしょう。

 米国が脊髄反射するくらいですから問題は深刻化しないかも知れませんが、李登輝氏の一件と併せて、胡錦涛の対応次第では軍主流派との関係が疎遠になる可能性があります。なにせ軍人ですから。電波型将官ではないといっても、問答無用のゴリ押しが地金であることに変わりはありません。

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 『中国青年報』については、これも言うまでもないでしょう。週末版付録「氷点」の停刊処分です。

 http://hk.news.yahoo.com/060126/12/1krdk.html

 これには胡錦涛が迫られて余儀なく停刊にした一面と、胡錦涛自らの意思で「けしからん」と潰した一面があるように私は思います。

 中国の歴史教科書が偏向している、このままでは成熟した民族にはなれない、という趣旨の大学教授が書いた文章、「事実を直視しないという点では日本と同じではないか」など際どい文言満載で楽しめます。

 http://hk.news.yahoo.com/060126/12/1krdi.html

 で、これが停刊の理由だとされていますが、「氷点」編集責任者の李大同氏が発表した内情暴露手記によると、実は以前から「氷点」の掲載する文章は中央宣伝部によって何回も警告を受けていた模様です。つまり中央宣伝部は歴史教科書の文章で突然キレた訳ではなく、そのずっと前から「氷点」の際どさに目をつけていたようです。

 http://hk.news.yahoo.com/060126/12/1kr6a.html

 で、以下のことは李大同氏による内情暴露手記を読めばわかるのですが、「中央宣伝部」というのは「党中央宣伝部」のことではなく、「共青団中央宣伝部」なのです。そこで話が込み入ってくるのですが、要するに胡錦涛の御用新聞の週末版付録が際どい記事ばかり掲載することを、胡錦涛の支持母体である共青団の中央宣伝部が苦々しく思っていた、ということになります。

 潰したのが胡錦涛の身内なら潰されたのも身内、ということです。ただ、問題記事を掲載する「氷点」あるいは『中国青年報』に対し、軍部やアンチ胡錦涛諸派連合など外部から圧力がかかった可能性はあります。圧力がかかったか、かかる気配を察したか、とにかくそれによって胡錦涛に累が及ぶのを怖れた共青団中央宣伝部が「氷点」を停刊処分にした、という側面があるかも知れません。

 あるいは『中国青年報』自体が危ないので「氷点」を切り捨てることで難を避けた、という可能性もあるでしょう。いずれにせよ、これは「胡錦涛が余儀なく停刊にした」という一面です。

 ――――

 もう一面、胡錦涛が「これはけしからん」と思う記事を掲載したというのは、「氷点」ではなく本体の『中国青年報』です。

 胡錦涛が統制好きであることは当ブログで再三指摘しています。様々な報道統制に始まってテレビ・ラジオの番組や映画、広告などの内容に対する審査厳格化、インターネットの規制やネットカフェへの制限強化、さらにネットゲームの中身にも立ち入り、携帯電話の実名登録制に向けて動くなど、この点に関して胡錦涛は実に至れり尽せりです。あとはブログに対する規制強化で完璧ではないかと以前書いたことがありますが、実は『中国青年報』はその点について、つまりブログ規制強化に反発する特集を最近組んでいるのです。

 ――

 ◆ブログ管理強化の動きに『中国青年報』が反発。
 http://zqb.cyol.com/content/2006-01/20/content_1303652.htm
 http://zqb.cyol.com/content/2006-01/20/content_1303657.htm
 http://zqb.cyol.com/content/2006-01/20/content_1303642.htm
 http://zqb.cyol.com/content/2006-01/20/content_1303647.htm

 中共政権における私的メディアではブログだけが比較的自由な空間。つまりそれを統制してしまえば統治者にとって懸念はなくなる訳だが、胡錦涛の御用新聞たる『中国青年報』が異義申し立てを行ったことに注目。『南方都市報』や『新京報』への言論弾圧に危機感を強め、御用新聞というポジショニングより記者魂を優先させたのかも。波乱必至。

 ――

 ……と、これはとっておきのネタです。「楽しい中国ニュース」に載せようとしたのですが、いやこれは大ネタだからまず当ブログで取り組んでからにしよう、と思ううちに時が流れてしまいました。

 「波乱必至」と1月20日の私はコメントしていますが、この記事の出た5日後に「氷点」停刊となるのです。胡錦涛が「けしからん」と思ったとしても全く不思議ではない内容です。これが真の原因だとすれば、共青団中央宣伝部による再三の御注進もあって、「氷点」を潰して見せしめに晒し上げた(自分の立場を忘れるな、という『中国青年報』への警告)、ということになります。

 ――――

 ここでいう先行き不透明というのは、

「『南方都市報』や『新京報』への言論弾圧に危機感を強め、御用新聞というポジショニングより記者魂を優先させたのかも」

 という部分に集約されています。これも以前書いたことですが、記者や知識人は当初、成立したての胡錦涛政権を開明的なものと考えていたようで、実際には統制強化派であったことに失望することになりました(私みたいな素人にもみえることがなぜ連中にはみえないのか。馬鹿な奴らですねえ)。期待していた分、幻滅もまた大きかったのでしょう。それだけに、記者は取材者・報道者として強い閉塞感に苛まれているのではないかと思います。

 投獄された『南方都市報』関係者の釈放要求署名活動や『新京報』の編集幹部更迭に怒った記者たちのストライキは、中共政権という一党独裁社会においては非常なリスクを伴うものです。悪くすれば失職、最悪なら投獄。家庭を持つ勤労者にとっては相当な覚悟の必要な行為なのです。それを敢えて実行したところに、記者たちの危機感の強さがあり、追い詰められた者がついに立ち上がるというイメージを私は結びます。

「官逼民反」
(「官」の横暴に追い詰められ進退極まった「民」が、成否を問わずに蹶起する)

 という言葉は農村暴動や都市暴動で使ってきましたが、メディアの世界にも用いることになるとは思いませんでした。でも、実際にそういう状況が起こっているのです。

 そういう状況の反映が『中国青年報』の「ブログ規制強化反対」記事なのであれば、胡錦涛にとっては御用新聞である筈の『中国青年報』に異義申し立てを行われる、つまり飼い犬に手を噛まれるという由々しき事態です。

 ひいては中国社会にとって、火種がひとつ増えたともいえるでしょう。署名活動、ストライキまで来ましたから、冗談ではなく、今年は記者たちによるデモを見ることができるかも知れません。

 ――――

 随分長々と書いてしまいましたが、最後に改めて、胡錦涛が現在に至るまで未だに『人民日報』や新華社といった主要メディアを十分に掌握していないことを指摘しておきます。今後の動向について簡潔にまとめておきますと、

 ●胡錦涛による主要メディア掌握が不十分(アンチ胡錦涛諸派連合はいつでも動ける)
 ●台湾問題(対応次第では軍主流派による胡錦涛掌握=胡錦涛傀儡化&政界での軍部台頭が進む可能性も)
 ●報道規制に対する記者たちの予想以上に強い反発(メディアの叛旗が政権崩壊の序曲となることも)

 ……が注目点だと思います。あとは社会状況も悪化していますし、ファンタジスタも芸術的なプレーで魅せてくれるでしょう(笑)。武装警察も実弾射撃しちゃったことでひと皮むけたというかついに一線を超えたというか。てな訳で見所満載です。

 もう一献?……いや、だめです。もう舌が回りません。それにもうこんな時間じゃないですか。寝ます。





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「上」の続き)


 「激震」とは他でもない、2005年10月17日の小泉首相による靖国神社参拝です。江沢民時代には重宝した「反日」は、貧富の格差拡大、地域間格差拡大、就職難、党幹部の汚職蔓延といった社会状況の悪化した現在においては、反政府運動の起爆剤ともなりかねない中共政権のアキレス腱です(この社会状況も野方図なイケイケ路線で歪んだ経済成長にひた走った江沢民による負の遺産に数えていいでしょう)。

 現に2005年4月の反日騒動では「民間」主導による反日デモが全国各地に拡大して一部ではプチ暴動にまで発展。事態が予想外に展開したことで、「反日」を掲げて政争を仕掛けた当のアンチ胡錦涛諸派連合まで真っ青になって、慌てて胡錦涛派と手打ちを行い、党中央を挙げて状況収拾に躍起となりました。そこは胡錦涛派もその反対派も「中国人」である前に「中共人」。政策論争や利害対立はあれど、中共政権を維持するという一点においては意見が一致しているのです。

 そこにドカンときた靖国参拝。そうでなくても都市暴動や農村暴動が頻発し、官民衝突が日常茶飯事となっている状況ですから、「中共人」たちは日本に一応反発姿勢はとるものの、国内で「反日」の火の手が上がらないようにするという点ではぴったりとまとまった筈です。その証拠に「民間組織」による抗議活動は参加者十数人という日本大使館への寂寞とした「なんちゃってデモ」が1回行われたきりで、それを国内で報道させることも許しませんでした。自発的に行動しようとした有志は治安当局に拘束されてもいます。

 その一方で、中国国内メディアに対しても厳重な報道規制が敷かれました。反日報道は許容するけれども、靖国問題に関しては鎮静化させる方向で、というのが大筋です。ただ「中共人」の中にも「それじゃあまりに弱腰ではないか」と反発する向きがあったのか、民族的感情に訴えるような反日報道や江沢民の名前が唐突に登場する謎の記事などが散発的に出現したりしました。あるいはアンチ胡錦涛諸派連合による意図的な揺さぶりだったのかも知れません。

 ●江沢民の名前が唐突に登場する謎の記事(新華網 2005/10/18)
 http://news.xinhuanet.com/mil/2005-10/18/content_3636472.htm

 ●民族的感情に訴えるような反日報道(新華網 2005/10/20)
 http://news.xinhuanet.com/overseas/2005-10/20/content_3653263.htm

 ――――

 いまにして思えば、それを散発的なものに何とか収め得たのは「中共人」としての合意の他に、軍主流派の擁護によって、「核心」ではないものの胡錦涛が一応主導権を手にしていたからでしょう。そして胡錦涛にしても、政権発足当初の対日路線は民間レベルでの反日気運を抑えるとともに、「歴史問題を殊更に騒ぎ立てず、未来志向で現実的に」(もちろんイニシアチブは常に中国側が握っているという大前提の下で)という方針でしたから、内政面でのリスクも高い「反日」を回避し、報道規制まで敷いたこの時期に対日外交の再構築を図る狙いがあったかも知れません。

 とはいえ、昔と違って一向に折れてくる気配のない日本側の姿勢に対し、宗主国気取りでいた中共内部にはフラストレーションが蓄積されていったことでしょう。軍主流派もまた然りです。さらには小泉内閣改造によって「靖国シフト」の超攻撃型3トップ(小泉首相・麻生外相・安倍官房長官)が成立。ファンタジスタ・麻生外相が釣り師の腕を振るったかと思えば、安倍官房長官がそれを巧みにフォローするといった有機的連携を示し、エースストライカー・小泉首相が健全な対中・対韓関係構築について「10年、20年、30年」(ぐらいかかる)との一撃を放ったりもしました。

 そしてアンチ胡錦涛諸派連合だけでなく、こうした一連の流れには軍主流派もたまらずに胡錦涛に詰め寄ったのではないでしょうか。電波型ほどではなくても制服組。軍人は往々にして対外強硬論に傾くものですし、「舐められているじゃないか」という気分もあったでしょう。さらにいえば、靖国問題だけでなく東シナ海ガス田紛争もあります。そして軍部の職域でもあり、最も神経質となる台湾問題。李登輝・前台湾総統が「奥の細道を訪ねたい」と2006年春に再来日する意向を示したのです。

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 ●李・前台湾総統が来春訪日の意向「奥の細道訪ねたい」(読売新聞 2005/11/02/03:10)
 http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20051102i501.htm

 【台北=石井利尚】台湾の李登輝・前総統(82)は1日、台北市内で読売新聞などと会見し、来年4月に東北地方など松尾芭蕉の「奥の細道」ゆかりの地を家族で訪問する意向であることを明らかにした。

 李氏は「4月ごろは桜が咲いているし、暖かくなる。必ず行きたい」と述べた。

 中国政府の強い反対は必至だが、李氏は「(台湾人の日本観光は)ノービザの時代になった。リタイアした総統は普通のピープルじゃないか」と日本語で語り、日本政府に入国を認めるよう期待を表明した。李氏は、10月にワシントン訪問が実現したことを挙げ、東京訪問への期待感も改めて示した。

 ――――

 かくして、事態が水面下で動き始めます。このあたりの内情になるとさすがにわかりませんが、リアルタイムで追いかけていた当時のエントリーからすると、胡錦涛はアンチ胡錦涛諸派連合に抵抗する一方で軍主流派をなだめるなど、あれこれと手を尽した形跡がうかがえます。ちょうどアジア太平洋経済協力会議(APEC)の時期です。

 外交部報道官は当時、APECでの日中首脳会談はないとしながらも、外相会談には最後まで含みを持たせた受け答えをしていました。胡錦涛派が踏ん張って、内部でも結論を出せない状態だったのでしょう。靖国参拝以来の報道規制も何とか維持されていました。……が、APEC出席直前の外遊による胡錦涛不在のスキを衝いてアンチ胡錦涛諸派連合が大きく動き、流れが変わることとなります。

 ――

 ●ヒトラー例え小泉首相批判 靖国参拝で中国外相(Sankei Web 2005/11/15)
 http://www.sankei.co.jp/news/051115/kok077.htm

 中国の李肇星外相と韓国の潘基文外交通商相は15日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の会場である釜山で会談し、李外相は小泉純一郎首相の靖国神社参拝に反対する考えを強調、両外相は再度の参拝は許されないとの意見で一致した。先の小泉首相の靖国参拝について、中韓外相が協調して反対の意思を表明するのは初めて。

 また李外相は同日、釜山のホテルで「ドイツの指導者がヒトラーやナチス(の追悼施設)を参拝したら欧州の人々はどう思うだろうか」との表現で、靖国参拝を重ねて非難。参拝中止に向け「基本的な善悪の観念を持つべきだ」と訴えた。

 ――

 留守部隊がこの動きに抵抗を示したものの、アンチ胡錦涛諸派連合による反撃の流れは食い止められません。胡錦涛がこのとき頽勢に回っていたことは、4月から密かに準備していた政治的攻勢ともいえるイベント「胡耀邦生誕90周年記念式典」(2006/11/18)が骨抜き同然にされたことからも明らかです。とはいえ、敵対するアンチ胡錦涛諸派連合の軍門に降ることを善しとしないのであれば、胡錦涛は青筋を立てて詰め寄ってきた軍主流派に押し切られ、妥協するしか選択肢が残されていなかったのではないかと思います。

 ――――

 そして、吉林の化学工場爆発事故を原因とする松花江汚染が発覚して大騒ぎとなる11月末あたりまでの約2週間、今まで抑えられていた反動ともいうべき凄まじい反日報道の洪水が連日、中国国内メディアを賑わせることになります。ただし、反日騒動(2005年4月)以来の「大洪水」とは言いながら、この時期の「反日」にはいくつかの特徴がみられました。

 第一に、今回の「反日」はあくまでもメディア限定だったことです。報道に触発されてこの時期に蠢動した「民間有志」がいたかも知れませんが、海外メディアにも報じられていなかったので、動きがあったとすれば事前に潰されたのでしょう。これは「中共人」の運動律から理解することができるかと思います。

 第二として、反日気運が高まると常に火消し役を務めていた胡錦涛の御用新聞『中国青年報』が、今回ばかりは率先するかのように反日報道の音頭取りをしたことです。火消し役不在の「反日」は危険この上ないものですが、幸い松花江汚染事件へとメディアの関心が移り、洪水のような反日報道は自然終息することになります。ただし、どこかでブレーキをかけるつもりだったのかも知れませんが、『中国青年報』が旗振り役まで務めた理由が当時は謎でした。

 ……いや、現時点でも謎のままではありますが、振り返って邪推することはできます。この洪水のような反日報道は実のところアンチ胡錦涛諸派連合が現出させたものではなく、軍主流派と軍主流派に押し切られた胡錦涛がプロデューサーとして主導的役割を果たしていたのではないか、ということです。

 その邪推と関連して挙げられるのが第三点、「反日」の焦点が変化していったことです。当初は「靖国参拝」を絡めた「小泉叩き」や日本の外交路線批判(アジア軽視だそうで)が主流でしたが、その後は「改憲=自衛軍創設」でメディアの足並みが揃い、このネタを柱にしたセンセーショナルな報道が続いた点は重要です。

 ――――

 「改憲=自衛軍創設」に軍主流派が敏感に反発した、というだけではありません。当時のエントリーでも指摘しましたが、中共政権にとってはより許せないネタが当時存在していたのです。麻生外相による靖国神社の遊就館を肯定する発言、これは歴史認識の問題において中共史観を頭から否定するようなもので、中共政権にしてみれば、日本が中共にとっての大前提を崩しにかかってきたと騒ぎに騒ぐべきところです。10年前なら麻生外相は引責辞任間違いなしだったでしょう(笑)。

 ところがこの「遊就館」問題は外交部報道官が激しく反発しただけで、中国国内メディアにはほとんどスルーされて見向きもされませんでした。逆にまだ国会にも提出されず、自民党が草案作成の方針を明らかにしただけの「改憲=自衛軍創設」に報道が集中したのです。「自衛軍創設」を騒ぎ立てて得をするのは誰か、ということになります。

 いまにして思うに、どうもこの「自衛軍創設」のあたりから胡錦涛の両輪作戦、つまり『中国青年報』と『解放軍報』を使った逆転攻勢が開始されたようにみえます。松花江汚染事件にメディアの関心が移り、反日報道の勢いが弱まって12月に入ると、『解放軍報』が憑かれたかのように胡錦涛礼讃報道を開始します。

 このあたりについては姉妹サイト「楽しい中国ニュース」で拾っていますが、礼讃といっても胡錦涛万歳ではなく、胡錦涛の提唱する「科学的発展観」、以前はトウ小平思想と江沢民の「三つの代表論」に隠れて控え目にそっと添えられていた観のあったこの「科学的発展観」を前面に押し出した論文がどんどん出てきたのです。軍総政治部は「胡錦涛精神」の徹底を目的に新兵には「兵士読本」、士官には「士官読本」を配付したりもしています。

 それからこれも12月以来の傾向ですが、反日報道や日本に批判的な報道はweb上で記事を漁る限りでは実に多彩で量的にも豊富です。ただその中で軍事・安全保障関連のネタは転載や複数のメディアによる当番制?などによって意図的に引っ張られている(繰り返し報道されている)ように感じます。最近では離島防衛をテーマにした日米合同演習や日米安保の強化、台湾問題に関する日米の介入姿勢、また陸域観測技術衛星「だいち」打ち上げなどがそれに当たります。どうも、剣呑なのです。

 ともあれ『解放軍報』の胡錦涛礼讃は秋口のそれを上回る熱烈さで、党上層部における胡錦涛の指導力向上を随分助けたのではないかと思います。この状況下で「胡耀邦生誕90周年記念式典」が開催されれば、かなり違う内容になっていた筈です。……要するに軍主流派が今まで以上の入れ込み方で胡錦涛擁護を始めた、ということになるのですが、当然それには見返りが求められたでしょう。

 そのひとつは軍高官人事における主流派への配慮であり、一例として前述した非主流派の電波型将官、熊光楷大将が退役させられています。また公式報道はないものの、同類で核戦争発言が物議を醸した朱成虎少将には1年間昇進停止という処分が下ったことを親中紙『香港文匯報』が報じています。

 http://www.wenweipo.com/news.phtml?news_id=CH0512230005&cat=002CH

 ――――

 もうひとつの見返りは、冒頭に書いた「禁じ手」、すなわち制服組による政治(特に外交面)への介入強化を容認したことだと思います。実戦経験がなく軍部から離れた場所で呼吸していた江沢民は、いざ総書記に抜擢されてからの軍部掌握においてはトウ小平のバックアップに大きく助けられたことでしょう。そういう後ろ盾を持たない胡錦涛は、結局のところ階級昇進やポスト昇格といったバラマキだけでは駄目で、より大きく踏み込まざるを得なかったのかも知れません。

 ……というのはもちろん根拠のない邪推です。ただ以前のエントリー()でふれたように、対日外交において在上海日本総領事館職員自殺事件や日本メディア批判といった点で、従来の外交部の運動律から大きくはみ出したようなリアクションが出るようになっています。

 それからこれも以前に紹介した秦剛による外交部報道官会見(2006/12/27)、日本人の対中感情悪化についての回答で、

「中日人民の感情が冷え込んでいる根本的原因は、日本が台湾、歴史問題などにおいて絶えず過った言行を繰り返しているからだ」

 と「台湾」を「歴史問題」の前に置いています。インドネシアでの日中首脳会談で胡錦涛が打ち出した日中関係改善に関する5項目提案では「歴史問題」「台湾」の順になっていますから、この外交部定例会見で「台湾」が先に来たというのは注目すべきところです。私はそこに制服組の気配が感じられるように思えます。「台湾>歴史問題」というのは軍部の優先順位とも一致するでしょう。「自衛軍>遊就館」と同じです。

 http://news.xinhuanet.com/politics/2005-12/27/content_3976500.htm

 その台湾問題に関しても先ごろ中国の御用学者による強硬発言が飛び出したように、最近は「キツい言い方はこのぐらいまで」という制限が緩和されているように思えます。李登輝氏訪日計画に関する外交部報道官コメント、

「中国は日本が慎重に、適切に台湾に関わる問題を処理することを要求する」

 を『解放軍報』が2日連続で掲載したのも非常にわかりやすい反応でした(笑)。同紙はこれに加えて予備役の充実や戦時における交通機関や予備役などの動員態勢を論じる署名論文を次々と掲載し、「もしいま一戦あらば」という緊張感を強烈に醸し出しています。


「下」に続く)



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 標題通り、今回は邪推満開でいきます。いや世間は土曜日なようですし、たまには酒でも喰らって政争の話でもしたいじゃないですか。悪酔いして長くなるかも知れませんけど(笑)。

 政争は現在進行形です。例によって「胡錦涛派vsアンチ胡錦涛諸派連合」という組み合わせだと思うのですが、今回は「中央vs地方」という色合いが濃く出ているように感じられます。ただし、「諸侯」たる地方政府に向き合う「中央」は一枚岩ではなく、胡錦涛の威令は中央に限っても隅々にまで及んでいるようにはみえません。どうも危なっかしい。

 そこで胡錦涛は目をつぶって禁じ手を使ったようにみえます。軍部と手を握ることです。より正確にいえば、軍主流派が本来その本分ではない政治面、特に外交政策などに容喙することを許容したのではないかと。

 ――――

 「諸侯」の勝手な振る舞いを抑えるために、胡錦涛は「団派」と呼ばれる共青団系人脈、つまり自分の出身団体に連なるホープを省・自治区・直轄市のトップクラスに送り込むということを以前からやっています。しかしこれは即効性のある方法ではありません。

 普通の会社でもそうですが、外部から招聘された新任の上司に、地生えの部下がすぐ馴染むということはないでしょう。ある種の演出したり懐柔したり実力を示したり、あるいは有力な後ろ盾(上司の上司など)の存在を明示・暗示したりして、新任管理職は次第に統率力を高めていきます。むろん、そうしたケースの全てが支配力を確立できる訳ではなく、逆に部下たちからソッポを向かれたり、丸め込まれて操り人形にされるという失敗例も少なくありません。

 地方に送り込まれるホープたちも大変です。後ろ盾の胡錦涛は「党総書記+党中央軍事委員会主席+国家主席」という形式上の最高実力者ながら、その権力基盤は磐石ではなく、実に心許ない。その証拠に2004年9月の胡錦涛政権発足以来、対日路線の修正反日騒動呉儀ドタキャン事件といった党上層部におけるグラグラがありました。

 そのいずれもが日本関連なのは、江沢民の負の遺産によるものでしょう。米国との正面衝突を回避しているという側面もありますが、政治家や研究者にとっては「反日」が一種の踏み絵となり、30代以下の若い世代には「反日」風味満点・中華万々歳の「愛国主義教育」が「常識」として刷り込まれています。洗脳といってもいいでしょう。

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 ただ洗脳といっても人によって濃淡はありますし、自分あるいは家族の生活がある訳ですから、「洗脳」されていてもそれをストレートに現実社会での行動に反映したり、日本人に石を投げたりする訳ではないでしょう(だからネットが反日言論で賑わう訳でw)。また中共政権への批判などが封じられているなか、いくら悪し様に罵ってもいい唯一開かれた窓口が「反日」ですから、純粋な「反日」だけではなく、自分の属する社会に対する鬱憤晴らしの手段に使う、という側面もあります。

 いや、むしろ江沢民による「反日」は元々1989年の天安門事件で地に堕ちた中共政権の求心力回復の一策として、「鬱憤晴らし」や「社会問題から目を逸らさせる」ために持ち出されたものでしたね(笑)。そうした背景がある一方で、日本政府の対中外交が近年、本来あるべき姿へと大きく舵を切ったことも忘れてはなりません。

 それに対し、今までふんぞり返っていた中共が勝手に動揺し、脊髄反射し、ストレスを蓄積させた。それが上述したような党上層部のグラグラへとつながりました。

 ここで強調しておきたいのですが、よくテレビや新聞で「小泉首相の靖国神社参拝などによって悪化した日中関係は」などという言われ方をしていますが、これは全くの誤りです。
靖国神社や歴史教科書という日本の内政問題に中共政権が容喙するからこそ摩擦が起きている訳で、非は内政干渉という「日中間で取り交わされた3つの政治文書」に反する行為を繰り返す中共政権の側にあります。

 要するに他人の家に土足で踏み込むような無理無体をしていた中共政権が、それが通用しなくなったために動揺し、脊髄反射し、ストレスを蓄積させた挙げ句に内政面での仲間割れが顕在化した訳です。そのいずれも「倒閣運動」の色彩を秘めた主導権争い。

 もっとも、直接的なきっかけは「反日」を軸とする政策論争でしょうが、その看板を掲げつつ、実は「反日」に名を借りた「中央vs地方」のような利害対立が根になっている、という部分もあります。……その辺が複雑なので「アンチ胡錦涛諸派連合」と当ブログでは括っています。旗印は「反日」でも動機は十人十色、という訳です。

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 冒頭に「今回の政争は」というような書き方をしましたが、厳密にいえば、昨春の反日騒動以来の政争にはいずれも決着がついていません。反日騒動が第1ラウンドなら呉儀ドタキャン事件が第2ラウンド、というように、複数の政治勢力による対立という大きな流れの中で反目が突出したり顕在化したりした時期が政争扱いされているといったところでしょう。そしてそのいずれにも白黒がつかないままです。

 権力闘争といえばトウ小平が1992年、南方視察によって「改革・開放」に異論を唱える保守派を壊滅させ、「改革・開放」を大前提とすることで決着した一連の出来事を私は思い出します。ここ1年来の数ラウンドに及ぶ政争において、そういう明々白々とした決着が毎回つかずに痛み分けてしまうのは、対立する双方がともに小粒で「トウ小平」のような決定的なカードを持っていないからでしょう。

 どちらも相手をKOできないために、機会があればまた政争が起きる訳です。民意が政治に反映されず、一党独裁制で、それなのにカリスマ不在で小粒だらけの集団指導制、という効率の悪さ(笑)を反映しているようでもあります。

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 前にも書きましたが、中国における政争、権力闘争は往々にして双方が支配下に置くメディアを使っての代理戦争、という形をとります。例えば1992年の権力闘争においては
「『解放日報』(改革派)vs『人民日報』(保守派)」であり、昨春の反日騒動では「『中国青年報』(胡錦涛派)vs『新華社』(アンチ胡錦涛諸派連合)」でした。これは消息筋を全く持たず、報道のみを拾って中国観察の真似事(チナヲチ)をしている私には大変有り難いことです。

 今回の政争の起点をどこにおけばいいのかは迷うところです。とりあえず政争関連で反日騒動、呉儀ドタキャン事件に続く大きな出来事といえば、2005年9月3日の「反ファシズム何たら60周年記念式典」での胡錦涛演説でしょう。この重要講話で胡錦涛は対日戦争について、

「正面を国民党が担当し、後方を共産党が担当した」

 とはっきり言及しています。

 http://news.xinhuanet.com/newscenter/2005-09/03/content_3438800.htm

 そんなことは中国の歴史教科書のどこにも書かれていないでしょうし、その僅々2週間前の党中央機関紙『人民日報』が掲げた戦勝記念重要論文でも
「中国共産党が抗日戦争における唯一の中核であり、勝利を勝ち取る上での柱であった」というような趣旨になっていました。

 http://politics.people.com.cn/GB/1026/3614204.html

 この2週間の間に
中共によって恣意的に歴史が塗り替えられたのです。中共政権にあって歴史とは統治者に便利使いされる道具にすぎないものであることを、かくもはっきりと示したのは近年稀にみることでしょう(笑)。

 同時にこの2週間の間に、胡錦涛が「歴史を塗り替える」ことで最も反発するであろう軍部を説得することに成功したのだと思います。その手前である7月あたりに人民解放軍や武装警察(軍と公安部に両属する準軍事組織)の幹部に対する階級昇進・ポスト昇格を派手に行って御機嫌とりに努めていますし、軍高官に対しては「国民党の顔を立てれば台湾独立派には打撃になるし、台湾統一への動きも強まる」といった囁きをしきりに繰り返していたのでしょう。

 その結果、「歴史を塗り替えた」9月3日の重要講話前後から、人民解放軍の機関紙である『解放軍報』による胡錦涛礼讃が始まります。『解放軍報』が動いたことで、胡錦涛と軍主流派が手を組んだことがうかがえます。ことさらに「主流派」と書くのは『解放軍報』を掌握している筋、という意味で、例えば熊光楷大将、劉亜洲中将、朱成虎少将といった軍内部でも対外強硬派で鳴らす電波型将官たちはここには含まれません。

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 重要なのは、胡錦涛は軍主流派と合作しただけで、軍部を掌握した訳ではないということです。それでも協力を得られないよりはマシでしょう。呉儀ドタキャン事件の前後でかなり低下したとみられる胡錦涛の指導力は、これによってかなり回復したものと思われます。ただし、回復したといっても中央を仕切れるだけの統制力には至っていませんし、地方に対する睨みも十分ではない。その証拠に江沢民の全盛期に盛んに使われた「核心」という言葉、

「江沢民総書記を核心とする党中央」

 というような言い回しですが、胡錦涛はまだこの「核心」をつけてもらうことができず、

「胡錦涛同志を総書記とする党中央」

 と一段低い扱いになっています。それからこの時期、2005年の晩夏から初冬にかけて問題となったヤミ炭鉱や炭鉱をめぐる官民癒着の是正についても地方当局の抵抗があり、改善作業が順調に進んだとはいえませんでした。この炭鉱問題は「諸侯」に対する中央の統制力が不十分であることを示すとともに、胡錦涛が各地に送り込んだホープたちが未だに部下(地元のボス)をしっかりと掌握できていないことを物語っているかと思います。

 指導力はある程度回復したものの、胡錦涛が最高実力者として十分なレベルに達していないことは、10月上旬に開かれた党の重要会議「五中全会」(第16期中央委員会第5次全体会議)で何の人事異動も行われなかったことでも明らかです。

 中国共産党の党大会は5年に1度開催され(前回の第16回党大会は2002年、次の第17回党大会は2007年)、そこで今後5年間の基本路線や主要人事・大型人事が定められます。

 ただし次の党大会までの5年間に複数回開催される「×中全会」でも人事異動はあり、例えば一昨年の「四中全会」では江沢民が党中央軍事委員会主席職から引退し、その後を胡錦涛が襲うことで名実共にした胡錦涛政権がスタートしています。

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 さてこの「五中全会」ですが、過去の例に照らせば必ずといっていいほど人事が行われてきました。5年間に開かれる「×中全会」の数はそう多くありません。ホップ・ステップ・ジャンプの三段跳びでいえば、狙っていた人事を仕上げる「ジャンプ」が党大会。

 そこから逆算すると「五中全会」は「ホップ」または「ステップ」としては外せない機会で、例えば地方のトップに置いて経験を積ませていた腹心や後継者をここで党中央、具体的には政治局委員や政治局候補委員、あるいは中央書記処書記といったポストに呼び込んで中央における党務に習熟させ、「六中全会」でさらに一歩昇格させておいて、党大会で事実上の最高意思決定機関である党中央政治局常務委員会に滑り込ませる、といった青写真が描かれます。

 カリスマ不在の集団指導制ですからかつての江沢民や胡錦涛の大抜擢といったサプライズ人事が行われる可能性は低くなっています。それだけに三段跳びで順調に昇格させることが大事であり、「五中全会」で人事が行われなければ、党大会までにどこかで無理をしなければならなくなります。

 ……ところが上述したように、胡錦涛はその人事に一切手をつけることができなかったのです。実名でいえばポスト胡錦涛と目される李克強・遼寧省党委書記の中央入りが実現せず、一方で上海閥の現地大番頭で、上海市を中央に容易に屈しない「大諸侯」たらしめている陳良宇・上海市党委書記を異動させることもできませんでした。もちろんコミュニケなどの公式文書で胡錦涛が「核心」扱いされることもなし。「胡錦涛同志を総書記とする党中央」のままです。

 主導権争いでは形式上の最高実力者として一応優勢めいた状態を維持できたとはいえ、人事を全く動かせなかった胡錦涛、目論見が崩れたというところでしょう。……そして、この「五中全会」の直後に激震が走ることになります。


「中」に続く)



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