日々是チナヲチ。
素人による中国観察。web上で集めたニュースに出鱈目な解釈を加えます。「中国は、ちょっとオシャレな北朝鮮 」(・∀・)





「上」の続き)


 「激震」とは他でもない、2005年10月17日の小泉首相による靖国神社参拝です。江沢民時代には重宝した「反日」は、貧富の格差拡大、地域間格差拡大、就職難、党幹部の汚職蔓延といった社会状況の悪化した現在においては、反政府運動の起爆剤ともなりかねない中共政権のアキレス腱です(この社会状況も野方図なイケイケ路線で歪んだ経済成長にひた走った江沢民による負の遺産に数えていいでしょう)。

 現に2005年4月の反日騒動では「民間」主導による反日デモが全国各地に拡大して一部ではプチ暴動にまで発展。事態が予想外に展開したことで、「反日」を掲げて政争を仕掛けた当のアンチ胡錦涛諸派連合まで真っ青になって、慌てて胡錦涛派と手打ちを行い、党中央を挙げて状況収拾に躍起となりました。そこは胡錦涛派もその反対派も「中国人」である前に「中共人」。政策論争や利害対立はあれど、中共政権を維持するという一点においては意見が一致しているのです。

 そこにドカンときた靖国参拝。そうでなくても都市暴動や農村暴動が頻発し、官民衝突が日常茶飯事となっている状況ですから、「中共人」たちは日本に一応反発姿勢はとるものの、国内で「反日」の火の手が上がらないようにするという点ではぴったりとまとまった筈です。その証拠に「民間組織」による抗議活動は参加者十数人という日本大使館への寂寞とした「なんちゃってデモ」が1回行われたきりで、それを国内で報道させることも許しませんでした。自発的に行動しようとした有志は治安当局に拘束されてもいます。

 その一方で、中国国内メディアに対しても厳重な報道規制が敷かれました。反日報道は許容するけれども、靖国問題に関しては鎮静化させる方向で、というのが大筋です。ただ「中共人」の中にも「それじゃあまりに弱腰ではないか」と反発する向きがあったのか、民族的感情に訴えるような反日報道や江沢民の名前が唐突に登場する謎の記事などが散発的に出現したりしました。あるいはアンチ胡錦涛諸派連合による意図的な揺さぶりだったのかも知れません。

 ●江沢民の名前が唐突に登場する謎の記事(新華網 2005/10/18)
 http://news.xinhuanet.com/mil/2005-10/18/content_3636472.htm

 ●民族的感情に訴えるような反日報道(新華網 2005/10/20)
 http://news.xinhuanet.com/overseas/2005-10/20/content_3653263.htm

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 いまにして思えば、それを散発的なものに何とか収め得たのは「中共人」としての合意の他に、軍主流派の擁護によって、「核心」ではないものの胡錦涛が一応主導権を手にしていたからでしょう。そして胡錦涛にしても、政権発足当初の対日路線は民間レベルでの反日気運を抑えるとともに、「歴史問題を殊更に騒ぎ立てず、未来志向で現実的に」(もちろんイニシアチブは常に中国側が握っているという大前提の下で)という方針でしたから、内政面でのリスクも高い「反日」を回避し、報道規制まで敷いたこの時期に対日外交の再構築を図る狙いがあったかも知れません。

 とはいえ、昔と違って一向に折れてくる気配のない日本側の姿勢に対し、宗主国気取りでいた中共内部にはフラストレーションが蓄積されていったことでしょう。軍主流派もまた然りです。さらには小泉内閣改造によって「靖国シフト」の超攻撃型3トップ(小泉首相・麻生外相・安倍官房長官)が成立。ファンタジスタ・麻生外相が釣り師の腕を振るったかと思えば、安倍官房長官がそれを巧みにフォローするといった有機的連携を示し、エースストライカー・小泉首相が健全な対中・対韓関係構築について「10年、20年、30年」(ぐらいかかる)との一撃を放ったりもしました。

 そしてアンチ胡錦涛諸派連合だけでなく、こうした一連の流れには軍主流派もたまらずに胡錦涛に詰め寄ったのではないでしょうか。電波型ほどではなくても制服組。軍人は往々にして対外強硬論に傾くものですし、「舐められているじゃないか」という気分もあったでしょう。さらにいえば、靖国問題だけでなく東シナ海ガス田紛争もあります。そして軍部の職域でもあり、最も神経質となる台湾問題。李登輝・前台湾総統が「奥の細道を訪ねたい」と2006年春に再来日する意向を示したのです。

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 ●李・前台湾総統が来春訪日の意向「奥の細道訪ねたい」(読売新聞 2005/11/02/03:10)
 http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20051102i501.htm

 【台北=石井利尚】台湾の李登輝・前総統(82)は1日、台北市内で読売新聞などと会見し、来年4月に東北地方など松尾芭蕉の「奥の細道」ゆかりの地を家族で訪問する意向であることを明らかにした。

 李氏は「4月ごろは桜が咲いているし、暖かくなる。必ず行きたい」と述べた。

 中国政府の強い反対は必至だが、李氏は「(台湾人の日本観光は)ノービザの時代になった。リタイアした総統は普通のピープルじゃないか」と日本語で語り、日本政府に入国を認めるよう期待を表明した。李氏は、10月にワシントン訪問が実現したことを挙げ、東京訪問への期待感も改めて示した。

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 かくして、事態が水面下で動き始めます。このあたりの内情になるとさすがにわかりませんが、リアルタイムで追いかけていた当時のエントリーからすると、胡錦涛はアンチ胡錦涛諸派連合に抵抗する一方で軍主流派をなだめるなど、あれこれと手を尽した形跡がうかがえます。ちょうどアジア太平洋経済協力会議(APEC)の時期です。

 外交部報道官は当時、APECでの日中首脳会談はないとしながらも、外相会談には最後まで含みを持たせた受け答えをしていました。胡錦涛派が踏ん張って、内部でも結論を出せない状態だったのでしょう。靖国参拝以来の報道規制も何とか維持されていました。……が、APEC出席直前の外遊による胡錦涛不在のスキを衝いてアンチ胡錦涛諸派連合が大きく動き、流れが変わることとなります。

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 ●ヒトラー例え小泉首相批判 靖国参拝で中国外相(Sankei Web 2005/11/15)
 http://www.sankei.co.jp/news/051115/kok077.htm

 中国の李肇星外相と韓国の潘基文外交通商相は15日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の会場である釜山で会談し、李外相は小泉純一郎首相の靖国神社参拝に反対する考えを強調、両外相は再度の参拝は許されないとの意見で一致した。先の小泉首相の靖国参拝について、中韓外相が協調して反対の意思を表明するのは初めて。

 また李外相は同日、釜山のホテルで「ドイツの指導者がヒトラーやナチス(の追悼施設)を参拝したら欧州の人々はどう思うだろうか」との表現で、靖国参拝を重ねて非難。参拝中止に向け「基本的な善悪の観念を持つべきだ」と訴えた。

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 留守部隊がこの動きに抵抗を示したものの、アンチ胡錦涛諸派連合による反撃の流れは食い止められません。胡錦涛がこのとき頽勢に回っていたことは、4月から密かに準備していた政治的攻勢ともいえるイベント「胡耀邦生誕90周年記念式典」(2006/11/18)が骨抜き同然にされたことからも明らかです。とはいえ、敵対するアンチ胡錦涛諸派連合の軍門に降ることを善しとしないのであれば、胡錦涛は青筋を立てて詰め寄ってきた軍主流派に押し切られ、妥協するしか選択肢が残されていなかったのではないかと思います。

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 そして、吉林の化学工場爆発事故を原因とする松花江汚染が発覚して大騒ぎとなる11月末あたりまでの約2週間、今まで抑えられていた反動ともいうべき凄まじい反日報道の洪水が連日、中国国内メディアを賑わせることになります。ただし、反日騒動(2005年4月)以来の「大洪水」とは言いながら、この時期の「反日」にはいくつかの特徴がみられました。

 第一に、今回の「反日」はあくまでもメディア限定だったことです。報道に触発されてこの時期に蠢動した「民間有志」がいたかも知れませんが、海外メディアにも報じられていなかったので、動きがあったとすれば事前に潰されたのでしょう。これは「中共人」の運動律から理解することができるかと思います。

 第二として、反日気運が高まると常に火消し役を務めていた胡錦涛の御用新聞『中国青年報』が、今回ばかりは率先するかのように反日報道の音頭取りをしたことです。火消し役不在の「反日」は危険この上ないものですが、幸い松花江汚染事件へとメディアの関心が移り、洪水のような反日報道は自然終息することになります。ただし、どこかでブレーキをかけるつもりだったのかも知れませんが、『中国青年報』が旗振り役まで務めた理由が当時は謎でした。

 ……いや、現時点でも謎のままではありますが、振り返って邪推することはできます。この洪水のような反日報道は実のところアンチ胡錦涛諸派連合が現出させたものではなく、軍主流派と軍主流派に押し切られた胡錦涛がプロデューサーとして主導的役割を果たしていたのではないか、ということです。

 その邪推と関連して挙げられるのが第三点、「反日」の焦点が変化していったことです。当初は「靖国参拝」を絡めた「小泉叩き」や日本の外交路線批判(アジア軽視だそうで)が主流でしたが、その後は「改憲=自衛軍創設」でメディアの足並みが揃い、このネタを柱にしたセンセーショナルな報道が続いた点は重要です。

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 「改憲=自衛軍創設」に軍主流派が敏感に反発した、というだけではありません。当時のエントリーでも指摘しましたが、中共政権にとってはより許せないネタが当時存在していたのです。麻生外相による靖国神社の遊就館を肯定する発言、これは歴史認識の問題において中共史観を頭から否定するようなもので、中共政権にしてみれば、日本が中共にとっての大前提を崩しにかかってきたと騒ぎに騒ぐべきところです。10年前なら麻生外相は引責辞任間違いなしだったでしょう(笑)。

 ところがこの「遊就館」問題は外交部報道官が激しく反発しただけで、中国国内メディアにはほとんどスルーされて見向きもされませんでした。逆にまだ国会にも提出されず、自民党が草案作成の方針を明らかにしただけの「改憲=自衛軍創設」に報道が集中したのです。「自衛軍創設」を騒ぎ立てて得をするのは誰か、ということになります。

 いまにして思うに、どうもこの「自衛軍創設」のあたりから胡錦涛の両輪作戦、つまり『中国青年報』と『解放軍報』を使った逆転攻勢が開始されたようにみえます。松花江汚染事件にメディアの関心が移り、反日報道の勢いが弱まって12月に入ると、『解放軍報』が憑かれたかのように胡錦涛礼讃報道を開始します。

 このあたりについては姉妹サイト「楽しい中国ニュース」で拾っていますが、礼讃といっても胡錦涛万歳ではなく、胡錦涛の提唱する「科学的発展観」、以前はトウ小平思想と江沢民の「三つの代表論」に隠れて控え目にそっと添えられていた観のあったこの「科学的発展観」を前面に押し出した論文がどんどん出てきたのです。軍総政治部は「胡錦涛精神」の徹底を目的に新兵には「兵士読本」、士官には「士官読本」を配付したりもしています。

 それからこれも12月以来の傾向ですが、反日報道や日本に批判的な報道はweb上で記事を漁る限りでは実に多彩で量的にも豊富です。ただその中で軍事・安全保障関連のネタは転載や複数のメディアによる当番制?などによって意図的に引っ張られている(繰り返し報道されている)ように感じます。最近では離島防衛をテーマにした日米合同演習や日米安保の強化、台湾問題に関する日米の介入姿勢、また陸域観測技術衛星「だいち」打ち上げなどがそれに当たります。どうも、剣呑なのです。

 ともあれ『解放軍報』の胡錦涛礼讃は秋口のそれを上回る熱烈さで、党上層部における胡錦涛の指導力向上を随分助けたのではないかと思います。この状況下で「胡耀邦生誕90周年記念式典」が開催されれば、かなり違う内容になっていた筈です。……要するに軍主流派が今まで以上の入れ込み方で胡錦涛擁護を始めた、ということになるのですが、当然それには見返りが求められたでしょう。

 そのひとつは軍高官人事における主流派への配慮であり、一例として前述した非主流派の電波型将官、熊光楷大将が退役させられています。また公式報道はないものの、同類で核戦争発言が物議を醸した朱成虎少将には1年間昇進停止という処分が下ったことを親中紙『香港文匯報』が報じています。

 http://www.wenweipo.com/news.phtml?news_id=CH0512230005&cat=002CH

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 もうひとつの見返りは、冒頭に書いた「禁じ手」、すなわち制服組による政治(特に外交面)への介入強化を容認したことだと思います。実戦経験がなく軍部から離れた場所で呼吸していた江沢民は、いざ総書記に抜擢されてからの軍部掌握においてはトウ小平のバックアップに大きく助けられたことでしょう。そういう後ろ盾を持たない胡錦涛は、結局のところ階級昇進やポスト昇格といったバラマキだけでは駄目で、より大きく踏み込まざるを得なかったのかも知れません。

 ……というのはもちろん根拠のない邪推です。ただ以前のエントリー()でふれたように、対日外交において在上海日本総領事館職員自殺事件や日本メディア批判といった点で、従来の外交部の運動律から大きくはみ出したようなリアクションが出るようになっています。

 それからこれも以前に紹介した秦剛による外交部報道官会見(2006/12/27)、日本人の対中感情悪化についての回答で、

「中日人民の感情が冷え込んでいる根本的原因は、日本が台湾、歴史問題などにおいて絶えず過った言行を繰り返しているからだ」

 と「台湾」を「歴史問題」の前に置いています。インドネシアでの日中首脳会談で胡錦涛が打ち出した日中関係改善に関する5項目提案では「歴史問題」「台湾」の順になっていますから、この外交部定例会見で「台湾」が先に来たというのは注目すべきところです。私はそこに制服組の気配が感じられるように思えます。「台湾>歴史問題」というのは軍部の優先順位とも一致するでしょう。「自衛軍>遊就館」と同じです。

 http://news.xinhuanet.com/politics/2005-12/27/content_3976500.htm

 その台湾問題に関しても先ごろ中国の御用学者による強硬発言が飛び出したように、最近は「キツい言い方はこのぐらいまで」という制限が緩和されているように思えます。李登輝氏訪日計画に関する外交部報道官コメント、

「中国は日本が慎重に、適切に台湾に関わる問題を処理することを要求する」

 を『解放軍報』が2日連続で掲載したのも非常にわかりやすい反応でした(笑)。同紙はこれに加えて予備役の充実や戦時における交通機関や予備役などの動員態勢を論じる署名論文を次々と掲載し、「もしいま一戦あらば」という緊張感を強烈に醸し出しています。


「下」に続く)



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