日々是チナヲチ。
素人による中国観察。web上で集めたニュースに出鱈目な解釈を加えます。「中国は、ちょっとオシャレな北朝鮮 」(・∀・)





 これも世代交代の反映かなあと思ったりします。胡錦涛総書記や温家宝首相ら現執行部のメンバーは、ほぼ全員が戦中ないしは戦後生まれの世代でしょう。対日戦争や国共内戦を兵士として経験していないんじゃないかと思います。

 いやなに政争の話なんですけどね。私のチナヲチ(中国観察の真似事)には中断期間がありまして、胡耀邦・趙紫陽時代から江沢民時代の初期までは続けていたのですが、それから去年の夏ぐらいまでは別の娯楽に走っていて、全くの空白期間になってしまっています。

 その空白期間を無視していえば、隔世の観があるのです。この1年余りを振り返るに、政争の具になっていたのは対日問題でしょう。具体的には日本への因縁の付け方、その程度をめぐっての争いです。むろん背景には台湾問題なんかもあるのでしょうけど。

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 私が以前眺めてきた政争というのは、いずれも政策論争で、それも経済政策に関する主導権争い。「改革のスピードが速すぎる」とか「その政策は資本主義的だ」なんて意見が出て党上層部がまとまらず、それで胡耀邦総書記がクビになったり天安門事件(1989年)が起きたりしました。

 天安門事件は学生らの民主化運動の果てに発生した悲劇ですけど、党上層部にとっては、前年秋の経済政策をめぐる争いの中途半端な延長戦のようなものでしたから。そうそう、トウ小平が生涯最後の大博打を打って改革再加速の大号令を発したりもしました(1992年)。あれも経済政策をめぐる争いでしたね。

 隔世の観です。内憂外患という言い方がありますけど、改革開放政策に転じて以降、中国の政争はこれまで常に「内憂」(主に経済政策)を発端にしたものでした。それがいまや「外患」(対日政策)が火種になるのですから実に不健康です。「内憂」がゴマンとあるのに「外患」で火遊びをしていたらそれは健全な状態とはいえないでしょう?

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 「外患」での政争である上に、どうも軍部の発言権が強まっているように思えます。政争自体が軍内部の主導権争いを反映した「代理戦争」のようにすら思えるときがあります。そこで世代交代の反映かなあと思う訳です。

 トウ小平は戦中時代を部隊指揮官ないし政治将校として最前線で兵士と同じ釜の飯を食っていますから、ごく自然に軍部へ睨みをきかせることができました。トウ小平が扱いに困ったのは同世代の指揮官ないし政治将校体験者で、そのうち保守派に回った長老ぐらいでしょう。

 いずれにせよ改革開放路線に転じて以降、軍部が政争の矢面に出てくることはほとんどなかったのではないかと思います。トウ小平にせよその政敵にせよ、軍部の支持を背景にしていたとはいえ、対立の焦点は経済政策で、軍部の代弁者として争っていた訳ではありません。

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 ところが、江沢民以降は軍人ではありませんし実戦経験もありませんから、ごく自然に睨みをきかせる、なんてことができない。そこで懐柔に走る訳です。具体的には階級昇進、ポスト昇格、予算増額などがそうでしょう。その後継者たる胡錦涛もまた然りです。

 懐柔懐柔で甘やかされるから軍部の態度も自然に大きくなる。それを抑えられるだけの格を江沢民も胡錦涛も持っていないため、軍部が政争の矢面に顔を出したり、あるいは政争が制服組の代理戦争のような観を呈したりすることになります。

 10月8日から開催される「五中全会」(党第16期中央委員会第5次全体会議)を間近に控えた9月下旬ごろから、胡錦涛礼讃の記事が中国国内メディアにわらわらと出てきましたが、その大半が人民解放軍の機関紙『解放日報』の記事を転載したものだということも、軍部の台頭を印象づける出来事のように思います。

 これが軍部を胡錦涛が手なずけた証拠なのか、軍部が胡錦涛を代弁者に仕立て上げることに成功したことを示すものかはわかりません。相対的に、党中央の機関紙『人民日報』の格が落ちてきているような気がします。

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 で、標題の件ということになります。昨年9月に発足した胡錦涛政権は、すでに当時の指導力を失っているようにみえます。なぜかといえば、当初の2~3カ月、いってみれば試用期間ですが、その期間における働きが悪かったために、最初は一応黙って様子をみていた筋からガンガン注文(というよりクレーム)が出始めたからではないかと思うのです。その「様子をみていた筋」の主力が軍部ではないかと。

 黙っていた筋が口出しを始めて、それによって胡錦涛が方針の修正を余儀なくされた時点、というのが「分水嶺」ということになります。

 結論からいえば、「分水嶺」は昨年12月の上旬から中旬にかけて、だと私は考えています。そんなことどうでもいいじゃないか、と言われそうですが、「四中全会」で発足した胡錦涛政権の当初の所信を改めて確認し、現在と比較してみるのも「五中全会」を控えてやっておくべき作業ではないかと思ったのです。

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 まず胡錦涛政権の当初の所信からみておきましょう。

 といっても私個人の見方にすぎませんが(しかも当ブログで以前書いたことの引き写し)、胡錦涛政権の最大の課題は「トウ小平と江沢民の尻拭い」にあると思います。

 20余年にわたる改革開放政策は大きな経済発展を中国にもたらしましたが、その一方で様々な矛盾(対立軸)を生みました。重複を恐れずに言えば、農村と都市、沿海部と内陸部、官と民、富裕と貧困などがその中でも顕著なものです。

 さらには農村vs農村、都市vs都市、沿海部vs沿海部、内陸部vs内陸部という対立軸もあります。いずれも「不公平」「格差」「不均衡」などの言葉で括ることのできるものです。

 ところが、「不公平」の調整役である筈の中共指導部は現在に至るまで、それら複雑な対立軸を無視するか見て見ぬふりをするか、とにかく手をつけぬまま放置してきました。放置するだけならまだしも、調整役である立場を利用して汚職に走るのですから救いようがありません。

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 当然、それぞれの対立は年を追って深刻になり、社会に不満が充満していきます。沸点に達すればもちろん爆発します。トウ小平時代には軍隊を使ってそれを無理矢理押さえ込みました(1989年の天安門事件)。江沢民時代には「日本は鬼畜だ不倶戴天の敵だ」と言い立てることで、不満が沸点に達するのを回避してきました。この時期に著しい経済成長が続いたことも幸いしています。

 ただし簡単にいえば、中国の経済成長は農民と農村、あるいは内陸部を犠牲にしつつ、外資を大量に呼び込むことでようやく成立するという、無理のある発展モデルです。犠牲にされる役回りの農民・農村や内陸部が、「もう限界」と言い始めていることは、暴動や示威行動が頻発するようになっていることでも明らかです。

 いや、暴動やデモは最近急に増えたという訳ではないのでしょうが、それを隠蔽できないような規模やシチュエーションになってきていると言うべきかも知れません。ネットによるタレ込みが機能してきたという面もあるでしょうけど。

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 とにかく胡錦涛政権は、こうした問題の是正に取り組まなければなりません。構造改革です。解決することは誰にもできないでしょうが、できるだけ対立の度を緩和させ、対立軸を減らしていかなければなりません。

 それをやらないと、胡錦涛や温家宝ら現執行部はおろか、もはや中共自体がもたなくなる可能性が高い、というところまで事態は進んでしまっているように思います。

 江沢民時代には有効だった「反日」では、国民が踊ってくれなくなっていることでも明らかです。「反日」の旗を振れば、「他にやることがあるだろう!」と反発されるか、あるいは4月の騒動のように「反日」で集まった筈が暴徒化したり、いつの間にか別の方向へ鉾先が向きそうになって政府が慌てて火消しに回ったりすることになります。

 難度の高い構造改革(もちろん抵抗勢力もいます)に挑むだけに、持てる力を集中させ、高い指導力を発揮できるようにしなければなりません。それが中央による統制力を極力強化したスタイル、つまり「強権政治・準戦時態勢」ということになります。

 あちこちから異論が出たり、民間が勝手に騒いだり(ネット世論)、ひいては政府の意図を超えて先走ったり(例えば尖閣奪回運動)することは、当然ながらもっての他です。

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 悠長に政治制度改革や党内民主の強化などに取り組んでいる余裕もありません。なのに折りにふれて指導部がそれらに言及するのは、国民や下層党員の「何かやってくれそう」という期待感を維持させるためです。

 幹部の腐敗に加え「六四」という決定的な事件により、国民の共産党に対する信頼感が地に墜ちてしまっているので、そうやってアメをしゃぶらせて期待感と支持率を持続させる以外にないのです。

 その一方で緊張感や危機感を強いることで、国民の心をなるべくひとつにまとめて、求心力を高めなければなりません。その一番手が第16期四中全会の公報です。緊張感や危機感が緩みかけたとみれば次のネタを出して気持ちを引き締めさせる。これが私の言うところの「胡錦涛の往復ビンタ」(気合注入!)です。

 俗称「盛世危言」(2010年までに六四クラスの重大な危機が中国を見舞う可能性が高い、という国家発展改革委員会による戦慄的な予測)を敢えて公開したのもそのためでしょうし、「中共の執政党としての地位は最初から約束されたものではなく、永続的なものでもない。国民の信頼を失えば淘汰されてしまう」という水をぶっかけるような論評記事もそうです。

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 「庶民派・開明的」というイメージを胡錦涛政権(胡温体制)に重ねる向きもいましたが、そんなものは偽装でしかありません。中国肺炎(SARS)を隠蔽した衛生部長のクビを飛ばして民衆から喝采を浴びましたが、胡錦涛からみれば職務怠慢を理由に江沢民派をひとり潰したということになります。

 温家宝は庶民派だなどと言われていますし、現に庶民との接触を心がけたり炭鉱事故被害者の遺族の肩を抱いてウソ泣きしたりしています。給料未払い事件を耳にして自ら解決に当たったこともありました。でも給料未払い事件はその地区の政府が担当すべきものであり、首相である温家宝が出てきて口をはさむのは越権行為。法制・法治を自ら否定して「人治」を実行することに他なりません。

 「強権政治・準戦時態勢」志向の表れとしては、昨年9月以降、ネット上の反日言論への規制が厳しくなり、知識人への言論統制も強化され、テレビ番組やCMの内容についても審査の厳格化が打ち出されました。農村の実態を赤裸々にルポし、昨年春に発禁処分となった『中国農民調査』は海外で賞を受けるほどの高い評価を得ましたが、胡錦涛政権発足後もその処分は解けていません。

 さらには北京へやってくる合法的陳情者(上訪人士)への扱いもひどいもので、片っ端から容疑なしのまま拘束しては出身地に送り返す有様です。地方都市や農村での土地をめぐるトラブルにも見て見ぬフリをし、市民や農民が暴動を起こせば有無を言わせずに武力鎮圧。

 趙紫陽元総書記が死去したときには在北京の反体制系知識人が一斉に軟禁状態に置かれ、地方から故人宅への弔問または葬儀に出るべく上京しようとした者はそれだけで逮捕され、国家政権転覆煽動罪で懲役9年。「庶民派・開明的」とは、悪い冗談としか思えません。


「下」に続く)



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