日々是チナヲチ。
素人による中国観察。web上で集めたニュースに出鱈目な解釈を加えます。「中国は、ちょっとオシャレな北朝鮮 」(・∀・)





 更新が滞ってしまいまして申し訳ありませんでした。旧正月前の年末進行、さすがに追い込みに入ると娯楽で心気を休めるどころではなくて。……ともあれ何とか乗り切りました。

 とりあえず前回の続報が入っていますのでそちらを。「SAYURI」(中国名:芸伎回憶録)の件です。

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 ●上映禁止:中国で「SAYURI」 反日感情悪化を懸念(毎日新聞 2006/01/23/18:10)
 http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/cinema/news/20060124k0000m040037000c.html

 【香港・成沢健一】23日付の香港紙「東方日報」などは、来月10日に中国本土で予定されていたハリウッド映画「SAYURI」(ロブ・マーシャル監督)の初上映が中止されたと報じた。中国人女優の章子怡(チャン・ツィイー)さんがヒロインの芸者役を演じていることから、中国人に旧日本軍の従軍慰安婦問題を思い起こさせ、反日感情の悪化につながることが懸念されるためと同紙は伝えている。
(中略)

 中国のインターネット上では昨年から、章さんが芸者役を演じることについて「国を辱めるものだ」といった批判の書き込みが相次いでいた。報道によると、中国では来月10日に上映が始まる予定だったが、国家放送映画テレビ総局が「扱うテーマが敏感」との理由で中止を決めた。その後の上映計画についても審議しているが、許可される可能性は低いという。

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 ……とのことです。「上映禁止」と銘打ったタイトルは「初上映が中止」という記事本文と食い違うこと甚だしいのですが、まあ勇み足ということにしておきましょう。

 前回報じた通り、中国本土において「SAYURI」は2月公開の予定だったのですが、広電総局(国家広播電影電視総局)による内容審査をパスすることができず、2月公開は消えた、ということです。ただ予定通りの封切りでなくなったというだけで、まだ「SAYURI」上映が御法度になった訳ではないので、『毎日新聞』による「上映禁止」というタイトルは不適切でしょう。

 まあ私も「許可される可能性は低い」とは思いますけど。というより許可しても割に合わないのではないでしょうか。前回のコメント欄に寄せて頂いた現地情報によれば、中国本土では海賊版DVDが販売されているとのこと。ネット上でもBTという形で流通しているでしょう。娯楽として楽しむ人はそれで十分な訳ですから、後になってわざわざ一般公開しても客の入りは悪かろうと思うのです。

 『毎日新聞』が元ネタとしている香港紙『東方日報』、実は私は今朝(1月23日)この『東方日報』と姉妹紙『太陽報』の報道を先に目にしました。

 ●『東方日報』(2006/01/23)
 http://orientaldaily.orisun.com/new/new_c11cnt.html

 ●『太陽報』(2006/01/23)
 http://the-sun.orisun.com/channels/news/20060123/20060123020317_0000.html

 他の香港紙では親中紙を含め関連報道はありませんでした。ただ上記『東方日報』『太陽報』の報道内容も確定報道といえる内容ではありません。姉妹紙ですから情報を融通し合っている部分があるかと思いますが、当ブログが前回報じたような「審査パスは難しい」という話に加え、英紙『ガーディアン』の記事に頼っている部分もあり、あくまでも伝聞調です。

 ただ『太陽報』は「SAYURI」が審査をパスできず、中国本土市場とは無縁になった、という広電総局筋の話を紹介していますが、これは中国国内紙である『深セン商報』(2006/01/22)に拠ったもので、消息筋情報でしかありません。

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 その『東方日報』などに頼ったとする上記『毎日新聞』の記事ですが、「上映禁止」が勇み足っぽいのに加えて、いまや日本の歴史教科書(中学生)にも出てこないとされる
「従軍慰安婦」という言葉が使われているあたりが面目躍如といったところです(笑)。

 「慰安婦」という単語は元ネタでも使われているのですが、これを翻訳したら「従軍慰安婦」になってしまう、という記者の認識は「これぞ毎日クオリティ」としか言いようがありません。

 さらにいえば、普段はノロノロしているくせに、この頼りない『東方日報』『太陽報』の伝聞調報道をソースにすぐ記事にしてしまうあたりが軽率といえば軽率。

「上映禁止:中国で『SAYURI』 反日感情悪化を懸念」

 というタイトルは確定扱いでしょう。初上映が中止になっただけで禁止決定ではないのですから、

「上映禁止か」

 とでもして含みを持たせておけばいいのに、決めつけてしまうのは如何なものか。「いつもは腰が重いくせに動いたと思ったらこれだ」という声が聞こえてきそうです(笑)。

 まあ、記者とこの記事を採用したデスクは、今回は大ハズレだった訳ではないので恥をかかずに済んだ、という僥倖に感謝すべきでしょう。

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 ところでこのニュース、私自身は当初確報が手に入らなかったので明日の香港の親中紙あたりに出たら取り上げようか、と思っていたのですが、その明日が来る前に中国国内メディアで報じられているではありませんか。

 ●「新華網」(2006/01/23/09:15)
 http://news.xinhuanet.com/ent/2006-01/23/content_4087327.htm

 ●「新浪網」(2006/01/23/19:05)
 http://ent.sina.com.cn/m/c/2006-01-23/1905969083.html

 「新華網」は北京紙『京華時報』からの転載、「新浪網」はオリジナル記事で、いずれもエンタメ情報・映画編、といった内容です。

 「新華網」の記事では、

「『SAYURI』の撤退で2月上旬の映画市場は新作不足になってしまったが……」

 という書き方でサラリとふれられています。これが「新浪網」の記事になるとタイトルに、

「《芸伎》無縁内地」(「SAYURI」は中国本土とは無縁に)

 という文字が躍っていて一目瞭然。そして記事ののっけから、

「バレンタインデーの時期に上映が予定されていたハリウッドの大作『SAYURI』は、もはや中国本土市場とは縁のないものになってしまったが……」

 と、これまたはっきり書かれています。あとは記事の中段で、

「この作品は12月9日に北米で上映されたが、興業成績は平凡な結果に終わった。注目される中国人女優3名が主要なキャラクターを演じているが、ある種の原因によってバレンタインデーのシーズンには無縁のものとなってしまった」

 とあります。公式発表は出されていないものの、中国国内のエンタメ系記者の間では確定情報とされているようです。ただ、この記事でも「上映禁止」なのか「公開延期」なのかははっきりしません。ともかく2月公開はなし、ということです。

 ちなみに香港ではすでに上映されています。かつて「セブン・イヤーズ・イン・チベット」が中国本土・香港ともにNGだったのを考えれば、「香港はOK・中国本土はNG」という今回の措置で自ずと浮き彫りになるものがあるかと思います。

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 最後に『毎日新聞』の前掲記事に戻りますが、

「中国人に旧日本軍の従軍慰安婦問題を思い起こさせ、反日感情の悪化につながることが懸念されるためと同紙は伝えている」

 というのはあまりに紋切型で、しかもこの部分までも香港紙に頼ってしまっているという点で、読んでいてこちらが恥ずかしくなります。……ああでもこれは私個人の感じ方でしかありませんね。まあ「反日感情の悪化につながることが懸念されるため」という見方が存在してもいい訳で。

 私の見方は前回書いた通りです。当局は反日感情の悪化を懸念しているのではなく、この映画による反日感情の高まりが起爆剤となって、もはや沸点近くまでに悪化している中国社会のあちこちから火の手が上がり、中共政権を揺さぶりひいては突き崩す可能性を怖れているのだ、ということです。これすなわち「新浪網」の記事がいうところの「ある種の原因」。

 当局が懸念しているのは反日感情ではなく、そこから始まる「反日」とは全く別種のストーリー、とでもいいましょうか。たかが映画1本にここまで神経質にならざるを得ない当局の姿勢に状況の深刻さがみてとれるかと思います。

 もう一点挙げるとすれば、これは大晦日にも書きましたが、「反日」が逆効果になりつつあることが改めてはっきりしたということです。社会状況が悪化し、「民」による「官」(中共政権)への不満のボルテージが高まっていく中で、「反日」がそれを後押ししている部分が少なからずあるように思います。

 後押しさせないために、当局は「SAYURI」に待ったをかけたのではないでしょうか。「反日」にしても、昨年4月の騒動を最後に、「民間団体」による活動は一切封じられ、10月に小泉首相が靖国神社参拝を行った際にも、十数名による日本大使館への「なんちゃってデモ」が許されただけでした。しかも、それが中国国内で報道されることはなかったと記憶しています。

 1989年の天安門事件で地に堕ちた中国共産党の求心力、これを回復させるために講じられた措置のひとつが「反日」風味満載の愛国主義教育ですが、いまから振り返ってみると、経済がほぼ軌道に乗った2000年あたり、遅くとも胡錦涛が総書記になる2003年までに路線転換をしておくべきでした。それをしなかったためにいまや「反日」が踏み絵となり、映画や小説、テレビドラマや広告などはもちろん、外交の世界でも対日政策における選択肢を狭めてしまっています。

 一種の動脈硬化的な状態、これは江沢民が残した負の遺産だと思うのですが、いまや「SAYURI」1本でビクつくくらいですから、もう後戻りはできないのでしょう。



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