「欄干のない橋」の悲劇 後絶たぬ視覚障害者ホーム転落、ホームドアは高コスト・技術の壁…〝妙案〟は意外にもアナログ
「欄干のない橋」。視覚障害者にとって、駅のホームはそう例えられることがある。そんな危険な場所で、また悲劇が起きた。大阪府柏原市の近鉄大阪線河内国分(かわちこくぶ)駅で10月16日、ホームから転落した視覚障害者の男性が特急電車にはねられ死亡した事故。視覚障害者のホーム転落事故は後を絶たないが、転落を防止するホームドアの設置は十分に進んでいない。全国で1割に満たず、関西の主要私鉄は未設置で河内国分駅にもなかった。コストや技術的な課題が普及を阻む要因になっている。救える命を救うには、どんな対応が求められるのか。(桑村朋)
親族が目を離したすきに
「間もなく、2番乗り場に電車が通過いたします。危険ですから黄色い線までお下がりください」
16日午前11時10分ごろ、近鉄大阪線河内国分駅。大阪上本町発鳥羽行き特急電車(4両編成)が通過する前、ホームにアナウンスが流れた。同じホームの向かい側の1番乗り場には区間準急(6両編成)が停車、特急の通過を待っていた。
全盲の視覚障害者である兵庫県宝塚市の無職男性(40)は奈良県で食事をするため、親族2人とともに近鉄鶴橋駅から区間準急の1両目に乗車。付き添いがいたため1人のときには持ち歩く白杖を持っていなかった。そして特急通過の約4分前に河内国分駅で停車した際、大好きな列車の音を聞くため1人でホームに出ていたとみられる。
周辺には、ホームの終わりを示す点字ブロックがあり、特急通過のアナウンスも流れていた。だが、ホームと線路との間を仕切り、乗降時のみ開いて転落を防止するホームドアが設置されておらず、男性は何らかの原因で足を踏み外し、2番乗り場側の線路に転落して倒れ込んだ。
そこへ特急が通過。運転士が直前に気付いたが、ブレーキをかけても間に合わなかった。
同行していた親族2人や周囲の人は気付けなかったのだろうか。
大阪府警などによると、親族2人は男性と同じ区間準急の先頭車両にはいたが、同じ横長シートの少し離れた場所に座っていた。2人は府警の調べに「(男性が)席を離れたことに気づかなかった」と話している。また、同駅は乗降客がそれほど多い駅ではない。さらに先頭車両の近くには人も少なかったとみられ、親族2人が目を離した少しの間、人がほとんどいないホームで悲劇が起きた。
なぜ危険を察知できなかったのか
近鉄によると、河内国分駅のホームの幅は最大7・8メートルで中央部が膨らんだ構造。南北の端に近づくにつれて狭くなり、最も狭い部分は2メートル。転落した現場付近は約3メートルの幅しかなかった。ただ、ホームドアはないものの、男性が踏み外す直前には点字ブロックがあったはず。なぜ、男性は転落の危険性を最後まで察知できなかったのか。
視覚障害があり、これまで線路に8回落ちたことがあるという大阪市城東区の男性(30)は「ホーム乗り場の端を示すはずの点字ブロックを階段の始まりと誤解し、足を踏み込んでしまったのが転落の原因」と説明。「幸い軽傷で済んだが、ホームの狭い駅は不安が大きい」と訴える。
同様の転落事故は後を絶たない。
国土交通省によると、視覚障害者の駅ホームからの転落事故は、平成21~26年度の6年間で約430件。最悪の事態を免れているケースも多いが、電車との接触事故は毎年数件程度起きている。大半はホームドアが設置されていなかった駅での事故だ。
ホームドア設置ゼロ
ホームドアは全国的に設置が進んでいない。国交省のまとめでは、設置されているのは3月末時点で全国約9500駅のうち665駅。全体の約7%と1割にも満たない。関東圏では一部の駅で導入が進む鉄道会社は多いものの、関西の主要私鉄5社(近鉄、阪急、阪神、京阪、南海)で設置されている駅はゼロだ。
普及が進まない原因に挙げられるのは、1駅あたり数億~十数億円かかる高額な設置コスト。ホームが狭い場合、ホームドアが混雑を悪化させる。また、相互乗り入れする他社列車と車両の数や長さ、扉の位置が異なったり、自社内でも車両の種類が複数あったりするなど、クリアすべき技術的な課題もある。
近鉄の場合、JRをのぞいて私鉄で最多の286駅すべてに点字ブロックはあるが、ホームドアの導入は難しいという。
新型ホームドアの開発進む
一方、普及を妨げる課題を解決できるホームドアも開発され始めている。
三菱重工業の子会社と京浜急行電鉄は10月下旬から約1年間、京急久里浜線の三浦海岸駅(神奈川県三浦市)で、扉の数や位置の異なる車両にも対応できる新型ホームドアの実証実験を始めた。車両の種類や停止位置をセンサーで判別し、扉が開く位置を調整する仕組みだ。実用化されれば、技術面で導入をためらってきた鉄道各社の悩みも解決される。
ホームドアの代わりに、JR西日本は一部駅で、ロープが上下して列車の到着を知らせるシステムを採用。近鉄も今回の事故を受け、1日利用者が1万人以上10万人未満の駅に線状の突起物がついた「内方線付き点状ブロック」を新たに設置する計画を3年前倒しし、29年度末までに導入する方針を決めた。河内国分駅などに設置された一般的な点字ブロックよりも視覚障害者が線路のある方向を認識しやすいという。
今回の事故を受け、国交省は10月18日、全国の鉄道会社を集めて再発防止の検討会を緊急開催。出席22社にホームドアや内方線付き点状ブロックの対策を急ぐよう求めた。各社からは新型ホームドアや昇降式バーの設置を検討するとの意見が複数出るなど、導入の必要性は感じているようだ。
「大丈夫ですか」が重要
ただ、ハード面での対策だけでなく、社会全体で支える視点も欠かせない。
視覚障害のある大阪市鶴見区の女性(28)は6月に沖縄から転居、電車を日常的に使うようになった。「混雑する朝は押されて怖い。走ってきた人が白杖をけ飛ばし、なくなったこともあった」と恐怖を語る。
「もちろんホームドアが転落防止には一番」と話すが、普及に時間もかかる。「大阪の人は親切で、『一緒に乗りましょうか』と声をかけてくれることも多い。声かけで転落は防ぐことができる」と訴える。
視覚障害者にとって、駅ホームは「欄干のない橋」だ。その恐怖は容易に想像がつくだろう。「大丈夫ですか」「お手伝いしますよ」-。悲劇を繰り返さないために、最も有効な対策は、こうした周囲の〝おせっかい〟から始まるのかもしれない。
視覚障害者の男性が転落した近鉄大阪線河内国分駅のホーム。両端に近づくにつれて幅が狭くなる構造で、転落現場付近は約3メートルの幅しかなかった。この駅に限らず、近鉄など関西の主要私鉄5社の駅には転落を防ぐホームドアが設置されていない=10月16日午後、大阪府柏原市
扉の数が異なる車両にも対応した新型ホームドアの実証実験。上は扉が2カ所、下は3カ所
産経ニュース 2016/10/31