一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

AERA「東電解体の「極秘計画」」

2011-04-13 | 原発事故・節電・原発問題

今週号のAERAの東電解体の記事はここのところの議論が上手くまとめられている感じでした。
先日の表紙問題のバッシングで気合を入れなおしたのかもしれません(「極秘計画」というのは言いすぎだと思いますが、この程度は週刊誌の販促上は許容範囲でしょうか)。

メインのシナリオとしては、債務額を見積もり債務超過を確定した後(会社更生等の中で?)100%減資しtえ国の資本注入をして国営化する一方で、社債は金融機関よりもカット率を減らすというもの。(そもそも電力債は一定の担保を取っているので銀行融資よりも優先するとかいう話もありますが未確認)。


その後、発電・送電を分離して、発電所を新規参入企業に売却することで債務を返済していくもくろみだが、東電解体には経産省内にも反対派(東電温存派)がいるので実現するかどうかはわからない、と政府内部でも意見が固まっていないので記事も留保した書き方でした。

一方で(伝聞+資料をチラ見だったのですが)、どこかのアナリスト曰く、東電のバランスシートは社債と借入で調達した巨額の資金を発電・送電設備に投資している「両膨らみ」であり、それは電力会社の宿命。ここで社債や融資をデフォルトさせてしまうと、社債を保有している年金や金融機関が大きく痛むことになり、それは金融市場にも悪影響があるばかりでなく、今後の電気事業者の資金調達にも差し支える。それは結局電力不足につながり、国全体の首を絞めることになるので賛成しないということでした。
要するに、電力会社というのはオフバランスされた公共事業で、社債も国の保証があるという暗黙の了解がある、ということのようです。


この主張を聞くと、金融危機のときの金融機関救済の"too big to fail"の理屈を思い出します。

これは電気とか金融システムを人質に取っている連中の開き直り風な不愉快さはあるのですが(特に金融機関の人が言うと)それはおいておくとして、電力会社と金融機関の違いを考えてみると、金融機関は資金の出し手(預金者・投資家)と資金の受け手(企業・個人)の間を仲介する機能を果たしていて新規参入も可能なので市場に影響がない(であろう)金融機関を破たんさせることはできますが、電力会社は自ら発電をするという電気の売買の一当事者で、しかも地域独占が認められているので、端からより特権的な地位にいる点が違います。

そうすると、今回何らかの形で東京電力を残す場合、同じ事業形態のままでは再度同じ事を繰り返す可能性があり、しかもそれを構造的に止められないことになります。

そうだとすれば、今後は発電・送電を分離したり、地域独占も緩和させることで一定の市場原理を働かせることは有効なように思います。
特に、原発については今回事故のリスクが具体的な金額として顕在化し、しかも今後の建設コストや資金調達のコストも増大することが確実なわけで、それでも投資採算の取れる電力料金が競争力を持つのか(国の政策でやるとすれば予算措置が正当化されるのか)が個別に議論できることになれば、賛成派・反対派それぞれが同じ土俵に乗って議論することができるのではないかと思います。

あと、どうせやるならその他の電力会社もやってしまえばいいと思うのですが。
たとえば四国に発電所を作って東京電力に売るとかいろいろなことができそうですし、50Hz/60Hz問題も何らかの形で解決するインセンティブが働くと思います。


いずれにしろ、記事にもあるように、労組や経産省や政治家の利権などを排除した中でできるだけ冷静に議論すべき問題だと思います。



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