一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

「コンプライアンス改革」にとどまるとコンプライアンスは向上しないのではないか

2012-01-25 | コンプライアンス・コーポレートガバナンス

toshiさんのブログで サラリーマン根性とコンプライアンス意識の統合についてというエントリでとりあげられたNBL(商事法務)新年号「コンプライアンス改革」座談会の記事の中の増田弁護士の発言(孫引きですが)

法令遵守に関しては、表面上の遵守に留まるのではなく、無意識のレベルまで変える(マインドを変える)ことが重要と唱えられており、こうした無意識を変えるためには、「臨場感を上げる」(他人事ではなく、自分のものとして捉える)ことが大事だ、とおっしゃられています。 
そして、臨場感を上げるためには、具体的には、「正しいことをしたらどんな利益があって、自分にどんな満足感があるのかというのを多くのビジネスパーソンが肌でもって体験する」ということが必要だ、と発言されております。  

増田弁護士はさらにこの記事の中で、コンプライアンスの定着にはティーチング(教え込む)のでなくコーチングの発想が必要、といいます。   

コンプライアンスにおいても、大切なことをしっかりやって、お客さんに喜ばれたらどんなにうれしいかという実体験を先輩を見て感じる機会自分が社会にものすごく役立っているんだということを気づかせてあげる   

トップの暴走を許しているのは、それは社員の無意識なのです。・・・本当にボトムアップの要となる一人ひとりの多くが、自分がこの会社で誰のために何をやりたいのか、とか、どうすべきなのだと考えている組織であればあるほど、暴走しにくいと思うのです。  

確かにそうなんでしょうが、ちょっと違和感が残ります。 

ひとことで言えば企業においてサラリーマン(役員でもいいですが)「正しいこと」と「自分の満足感」が高い次元において常に一致するのだろうか、ということ。

マズローの欲求段階説をおさらいします

「自己実現の欲求」(省略)
「承認(尊重)の欲求」
・ 高いレベルの尊重欲求:自己尊重感、技術や能力の習得、自己信頼感、自立性などを得ることで満たされ、他人からの評価よりも、自分自身の評価が重視される。
・ 低いレベルの尊重欲求:他者からの尊敬、地位への渇望、名声、利権、注目などを得ることによって満たすことができる
「所属と愛の欲求」 :情緒的な人間関係・他者に受け入れられている、どこかに所属しているという感覚
「安全の欲求」:安全性・経済的安定性・良い健康状態の維持・良い暮らしの水準、事故防止、保障の強固さなど、予測可能で秩序だった状態を得ようとする欲求 
(一般的に健康な大人はこの反応を抑制することを教えられている上に、文化的で幸運な者はこの欲求に関して満足を得ている場合が多いので、真の意味で一般的な大人がこの安全欲求を実際の動機付けとして行動するということはあまりない。)
「生理的欲求」(省略)  

増田弁護士のメソッドが効果を上げるのは、社員が「高いレベルの尊重欲求」より上に訴えかけることができる状態にある時だと思います。 

ただ実際は、個人としては上位の欲求に基づいて行動したいと思っても、やれ成果主義など外部の(しかも必ずしも自分自身が納得てはいなかったりする)物差しで評価されると「低いレベルの尊重欲求」にとどまることは結構多いように思います(実際に「俺はこれこれをやったんだぜ」と自慢する人って多いですし)。
また、個人的な引き以外での転職を意識すると経験や実績という外部にアピールできるものを持っている必要があるように思います。(スティーブ・ジョブズがジョン・スカリーを口説いた「砂糖水」のエピソードのように、自己実現を引き合いに出すのは誘う側であって、誘われる側からは普通は言い出さないんじゃないでしょうか)。 
さらに、リストラだ何だといわれれば「安全の欲求レベル」を求めるようになります。  


つまり増田弁護士の主張は「社員が自発的・積極的に会社のための行動をとるような風土を醸成すればコンプライアンス上の問題は起きない」ということになるわけですが、そういう会社はコンプライアンスだけでなく生産性も高く、環境変化にも適応でき、イノベーションを起こしやすい、いわば理想の会社なであって、その定義自体がトートロジーになってしまっているように思います。
そういう会社にはそう簡単になれるわけではないところが一番難しいし、それを実現するのであればコンプライアンスに目的を限定するのはもったいないと思います。


また、同じ対談で國廣弁護士は「コンプライアンスは「利益かコンプライアンスか」というブレーキではなく、企業の成長の基礎となるものだと言うことです。」と発言しています。 
この「コンプライアンスと企業利益は対立する概念ではない」もよく指摘されますが、上の伝でいえば、対立している二者を止揚すればいい、という問題でもないのではないかと思います。

企業においては、「ヒト・モノ・カネ」という限られた経営資源の配分をめぐってブロジェクトとか事業部同士の間で熾烈な競争があって、それらを比較検討する議論を通じて意思決定が行なわれています。
つまり「利益」をめぐる意思決定においても、常に対立があるわけです。
もしその意思決定が「サラリーマン根性」に支配されたとするとコンプライアンスの問題が起きなくとも会社自体が傾いてしまいます。(実際「社長プロジェクト」とか「会長案件」が足かせになってしまった会社は結構ありますよね、以下自粛)  


要するに、「コンプライアンスのレベルが低い企業」があるのではなく、「経営の意思決定の質が低い会社はコンプライアンスに問題のあることが多い」ということで、コンプライアンスのレベルだけを上げようということ自体にちょっと無理があるのではないかと思うのです。


そして、対談のタイトルが「コンプライアンス改革」とあるように、NBLでは現在の企業のコンプライアンスのレベルにいまだ問題があると考えているようですが、実際にそうなのでしょうか?

今は、コンプライアンスとかCSRの概念が経営の課題として認識されていなかった時代とは違いますし。大王製紙(創業家の大株主一族が経営している会社)やオリンパス(「財テクブーム」の残滓をいままで引きずっている会社)とか電力会社(事業独占が認められている公営企業)のようなことは一般的だとは思えません。
これらを他山の石とすることは必要でしょうが、これら起きたからコーポレートガバナンスの仕組みを変えなければならない、という議論に直結するのは違和感がありますし、社会全体の費用対効果としてもよくないように思います(それは上場審査や上場廃止基準でコントロールすべきだと思います)。

多くの会社では、たとえば経営陣がミスリード(とか「殿、ご乱心」)しそうになったときに他の役職員が問題点を指摘したり軌道修正するようなことは、レベルの大小はあるものの行なわれているんじゃないでしょうか。
ただそういうのは外部に自慢するような事ではないし、また形式的には偉い人の顔をつぶさないような形で進めたりするので目立たないだけなんだと思います。
(弁護士の社外役員が機能して不正・不祥事が未然に防げたケースがあったとしても、その弁護士は守秘義務があるからその弁護士はおおっぴらには言えないし、「細かくはいえないが私が止めた不祥事は一杯ある」なんて自慢する弁護士がいたとすれば、そういう「低いレベルの尊重欲求」で動いている弁護士は増田理論では社外役員として不適切ですよね。)  


確かに大きな不祥事を起こした場合などは、コンプライアンスをきっかけにして会社のありようを変えていく、ということは可能だし必要でしょうが、順調に行っている企業においてそれをとりたてて行なう必要があるかは疑問です。

対談でも社外役員である弁護士の役割が議論されていましたが、「役員」なんですから弁護士だからといってコンプライアンスとか不祥事の防止という専門的かつ狭い分野だけに注目するのでなく(それは「悪い意味の弁護士根性」ではないでしょうか)、「利益」のほうも含めた経営の意思決定もきちんとなされているのかという会社のありよう(それって要するに広い意味でのコーポレート・ガバナンスとか内部統制ということですよね)が正しい方向にあるかどうかを見極める姿勢や見識が求められているのではないでしょうか。
コンプライアンス意識の向上はあくまで結果なんだと思います。




ところで、昨日とりあげた『武士道の逆襲』の中に諫言(かんげん)について触れている部分がありました。
『葉隠』には

「主君の御用に立つべし」、これを家老の座に座りて諫言し、国を治むべし、とおもふべし。

というくだりがあるそうです 。
これについて著者はこういいます。

 「諫言して、国家治むること」が「奉公の至極の忠節」(聞書2-141)といわれる、より本質的な理由は、むしろ諫言が、治世において唯一はっきりと、己れの名利を度外視して主君のために命を捨てる奉公の形態であると言う点にこそある。

ここまで腹は据わっていれば立派ですし(江戸時代でもここまでの人は少なかったから『葉隠』が著されたのでしょう)、社員が皆この覚悟であれば内部通報制度は不要ですね。
ただ、そこまではいかないにしても、結構サラリーマンも場面場面ではいい根性を見せる人もいるし(もちろんそうでない人もいますしその方が多いかもしれません)、「いい会社」とまではいかないかもしれないけど「そこそこ真っ当な会社」というのが多いように個人的には思うんですけどね・・・

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