一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

『THIS IS IT』

2010-12-27 | キネマ
クリスマスの時期にはなんとなく昔が懐かしくなるものです。

マイケル・ジャクソンがソロ活動でメガヒットを連発していた頃ちょうど大学生だった身には、芸能ニュースで「奇行」ばかり報じられていたマイケルが痛ましい限りだったのですが、この映画では、彼は、演出、振り付け、編曲などにもすべてに目を配りながら、自らも50歳という年齢を感じさせないパフォーマンスをするまさに"King of PoP"であることを見事に伝えています。

懐かしいヒット曲の数々、そしてジャクソン・ファイブのメドレーから"I'll be there"のあたりで、涙腺が緩んでしまいました。

途中で気が付いたのですが、曲名紹介のテロップも歌詞も(当然訳詩も)字幕で一切出ないので映像と音楽に集中できます(サブ・メニューではあったのかもしれませんが)。
昔、レコード盤に附属の歌詞を読んで何度も聴いた曲は忘れないものですね。


マイケルはコンサートを待たずに急逝するのですが、50歳と言う年齢を考えたとき、観終わったあと急に素に戻ってビジネスと重ね合わせてしまいました。


たとえて言うならかなり大きくなった会社におけるオーナー社長主導のM&Aなどの一大ディール。

カリスマであり自らもプレイヤーとして優秀であるだけでなく細部まで目が届く社長がいて、社員も社長と仕事ができることを心から喜び、専門家スタッフもも最高のパフォーマンスを提供するためにベストを尽くす、というのであれば理想ですね。

ただ現実は、社長も年齢を重ね社業も拡大すると細部にまで眼が届かなくなり、でも気合だけは十分、かたや創業期には社長にものの言えた幹部や中間管理職がいなくなり社長の言うことが無批判に下まで降りてきて現場が混乱したり、社長お抱えのコンサルと社員の距離感があったり、成功報酬にインセンティブを持った「アドバイザー」がいたりして、社長にはいい情報しかあがらずに判断の間違いを正す機会もないまま「ディールを成立させること」だけが自己目的化することがままあります。

マイケルのコンサートも実際はいろいろ問題はあったんじゃなかったかと思うのですが、それでもやり遂げてしまうのが本当のカリスマなんでしょう。
そしてトップがカリスマにふさわしい能力を持っていなかったときの悲劇がまま起きるというのも現実であります。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする