耳納の神々

この山から見る平野も川も壮大です。やっぱりこの山には神々がいらっしゃいます。
山の神にご挨拶するために今年も登るぞ~

寒い!

2008年10月31日 | 家族
やった~やっぱり戴きました。

ハヤトウリも(^^;)
ハヤトウリはおばあちゃんにあげましょう。
きっと立派な浅漬けになりますよ。

キウイはまだ固いんです。
だからこのままじ~っと置いて、12月に入ったら頂きます。
持つと、重い!!10kはあるでしょうか。

毎年ありがとうございますm(_ _)m


しかし今朝は寒かったですね~
最低気温は11.5℃。
そして最高気温は16.4℃。
寒がりの我が家は困るんだよね~突然の寒波は。

こたつは四国から帰ってきてから出ています。

今日はババシャツも着て、帰宅後はフリースも着ている。
本当はストーブ付けたいくらいだけど、それはまだね~


というわけで、今夜はキムチ鍋です。
あ~さむい。


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キウイ畑にハヤトウリ

2008年10月30日 | 家族
今日は仕事3.
久しぶりに夫の工房へ。
週末からの3連休に行われるイベントのために、お掃除お掃除。

いくらお掃除しても、すぐのこくずだらけになるんだけど、それは仕方ないね。

腰が痛くなるほど掃除をして、ちょっと辺りを見渡した。

な~んかミドリのものがぶら下がっている。
ここはキウイ畑なんだけど・・・

あ~ハヤトウリね。
良い色に、たわわに実っています。

キウイは2,3日前に収穫は終わったらしい。

しかしちょっとだけ残っていましたよ。
ここのキウイ、クリスマスちょっと前になると熟して美味しいんだ。
頂けることを首をなが~くして待っています。

あっ、ハヤトウリはいりません。
ウリ系はちょっとだめなの(^^;)


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伊豫豆比古命神社

2008年10月30日 | 県外の神社
伊豫豆比古命神社  椿神社
<通称号>
 「椿神社」「お椿さん」は、松山市内・四国四県で特に敬称を込めて呼ばれていますが、この由来は、『往古、伊豫豆比古命・伊豫豆比売命の二柱の神様が舟山(境内図参照)に御舟を寄させ給い、潮鳴栲綱翁神(しおなるたぐつなのおきなのかみ)が纜(ともづな)を繋いでお迎えした。』との伝説が示すように、神社周辺は一面の海原でありました。『津(海の意)の脇の神社、すなわち「つわき神社」が時間の経過と共に「つばき神社」と訛った。』との学説の一方、民間伝承では、現在も境内一帯に藪椿を主に、各種の椿が自生していますが、「椿の神社」つまり「椿神社」と呼ばれるとの説話があります。
御祭神
伊豫豆比古命 伊豫豆比売命

    
これは「ナニコレ珍百景」に出ていたマンションに突き刺さったように見える鳥居。
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石鎚神社 本社

2008年10月30日 | 県外の神社
御祭神   石鎚毘古命(いしづちひこのみこと)
石土毘古命(いわつちひこのみこと)、また石鎚大神(いしづちおおかみ)とも申し上げ、天照大御神をお産みになった伊邪那岐命・伊邪那美命の第二の御子にあたられます。

由緒
石鎚神社は日本七霊山の一つ、関西第一の高峰霊峰石鎚山(1982メートル)を神体山とするお社です。
今から1300年前、役小角(えんのおづぬ)という行者によって開山され、修験道の霊山、霊験あらたかなお山として今日までその崇敬は絶えません。またかの弘法大師も修行されたお山であり、長く神仏混淆の時代が続きましたが、明治初年純粋の石鎚神社となりました。(由緒書きより)


ふる~い鳥居。昔ここから登ったんだんだろうか。

この方は誰だろう???って思って調べたら役の行者なのね。こちらもご神水?
もうひとつ、
祖霊殿という社がありその横に入っていくとご神水がある。そちらを飲みました。
画像は写し忘れた(^^;)

本当はロープウェイにのって、成就社まで行きたかったんだ。
でも時間がなくてね~断念。


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賢見神社 アクセス

2008年10月30日 | 県外の神社
賢見神社で頂いた地図を載せてみます。
うまく見えるかな~

うっ、ちょっと大きかったね。
まぁいいか。これなら良く見えるね。
みなさん間違わずに行ってくださいね。

賢見神社の記事1
記事2奥宮
3詳細記事

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大歩危小歩危

2008年10月29日 | 県外の神社
賢見神社から降りてきて、大歩危小歩危へと向う。
名前だけは知っていたからね。もう2度と来られないと思うし(^^;)

でも紅葉には1週間早かった。10月27日。残念。


ここから30分ほどでかずら橋があるよって教えていただきましたが、高所恐怖症の私に渡れるはずもないので行きません。(きっぱり)



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賢見神社

2008年10月29日 | 県外の神社
徳島自動車道路に入り、吉野川をずっと上る。
井川池田ICで降り、大歩危小歩危の方向へ。
途中賢見神社の看板は何度か見る。
有名な神社なのね。

ネットで調べていき、JR阿波川口駅の近くの山城小学校の横の道を上っていくことは分っていた。
しかしその小学校の横の看板でもっと広い道があることが分った。

これがその登り口。
車は離合できないほどの道。
崖と崖にはさまれて、どんどん山へ入っていく。
 
こんなに登ってもまだ着きません。
途中大川持農林業体験施設を越えます。
その後「賢見神社駐車場」という標識を越えて、今度は山を下ります。

やっと着いた賢見神社。
川口駅より5k、15分らしいけど、生きた心地がしないほどです。

御祭神…素戔鳴尊、応神天皇
創建、建築物・・・仁賢天皇の三度午年九月(五世紀末)と神社明細帳に記されるも、定かではない。
明治二十一年に本殿他を、昭和五十年幣殿・拝殿を改築。
平成九年絵馬殿 平成十年社務所を新築。
絵馬殿内には赤穂浪士等の絵馬が掲げられている。

そしてそこから奥社へ。奥社はずっと下に。


そして大奥行場
 
他にも大天狗・山の神・水の神・荒神・不勲尊他、多くの神々をお祭りしています。
ずっと下に降りたということは、登るってことです(^^;)

平成20年10月27日月曜日だったその日は私たちだけだったけど、休日には多くの方がお参りに来るらしい。だから看板も多いのね。
宮司さんに、もっと楽な帰り道を聞いたけど、「来た道を帰った方がいいよ」と言われ、そうすることにしました。
だけど、あんなに苦労した道もすいすいと、そしてあっという間に大きな道へ。
なんか、へ~んな感じ(^^;)

賢見神社で頂いた資料によると、大谷橋から右に入って大和小学校を左に入ると大きな道で行けるみたいね。次回いつか行くことがあったら挑戦しましょう。

住所 〒779-5306  徳島県三好市山城町寺野112
地図を貼り付けようと思ったけど、分りづらいので辞めました。

夫は家紋から言っても「剣身」だったんじゃないか?って思っているらしい。
落ち武者たちがひっそりと しかし心の拠り所としてこの神社に詣っていたのだろうか。


賢見神社 地図 アクセスはこちら


コメント (5)
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大麻比古神社

2008年10月29日 | 県外の神社
ご祭神 大麻比古大神 猿田彦大神
由緒  神武天皇の御代、天太玉命の御孫 天富命 勅命を奉じて 洽く肥沃の地を求め 阿波国に到りまして、麻楮の種を播殖し、麻布木綿を製して 殖産興業の基を開き 国利民福を進め給ひ、その守護神として、太祖天太玉命を此の地に斎き祀る。
猿田彦大神は、昔大麻山の峯に鎮まり坐しが後世に至り本社に合せ祀ると伝えられる。
延喜の制名神大社に列し、阿波国一宮と称え阿波、淡路両国の総産土神として崇め奉る。
清和天皇貞観元年従五位上を授け奉り、順次進階して中御門天皇享保四年正一位に進み給ふ。斯く朝廷の崇敬厚く、又代々の国司領主の尊崇深く、神田山林を寄進、藩費を以って、社殿の造営を行ひ、年々祭費を奉らる。明治六年国幣中社に列す。
明治十三年国費を以って本殿以下の造営が行はれた。現在の祝詞殿、内拝殿、外拝殿は昭和四十五年氏子崇敬者の寄進によって造営せられた。

難しくてよく分らない・・・という方はこちらへ

↑こういうサービスってありがたいよね。私もさ~っぱり分らなかったもの。

 
樹齢約千年といわれている楠。

朝から何も食べずにここまで来ました。そろそろ朝食食べたいな~
ここで平成20年10月27日朝の10時。

この神社のすぐ近くに八十八ヶ所札所の1番、霊山寺がありました。
そのそばにはお遍路さんグッツを売っているお店もあって、とても賑わっていました。ここから白装束の方をぼちぼち見かけるようになります。



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伊弉諾神宮

2008年10月28日 | 県外の神社
平成20年10月27日午前7時50分に伊弉諾神宮へ到着。
近くには小学校も中学校もあるので、子ども達が登校している。


手水舎の蛇口は亀。めずらしいでしょ~


古事記、日本書紀には、国生みに始まるすべての神功を果たされた伊弉諾大神が、御子神なる天照大御神に国家の統治の大業を委譲され、最初にお生みになられた淡路島の多賀の地に「幽宮」を構えて余生を過ごされたと記されています。
その御住居跡に御陵(みささぎ)が営まれ、至貴の聖地として最古の神社が創始されたのが、当神宮の起源です。日本最古の神社です。(市役所のサイトより)

ここでは、御朱印帳と御朱印を頂きたかった。
だからおのころ島神社に先に行き、わざわざ戻る形でここにお参りした。
もう8時だから、神主さんか巫女さんがいると思って探したけど、誰にも会えず終い。残念。
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明神・平見神社

2008年10月28日 | 県外の神社
伊弉諾神宮へ向う途中に
淡路島淡路市の播磨灘にのぞむ明神


平見神社        


             
平成20年10月27日
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