もう2年も前になりますが安曇野にある碌山美術館に行きました。
荻原碌山(守衛)の作品を展示した美術館です。
荻原碌山は安曇野出身の彫刻家で,同郷の相馬愛蔵のサロンに出入りするようになり,愛蔵の妻黒光に思慕の念を抱くようになり,悶々とした思いを持ちながらも制作を続けます。
相馬愛蔵・黒光夫妻は,新宿中村屋の創業者夫妻です。碌山美術館に行ったのは,ちょうど新宿区三栄町にある新宿歴史博物館で「新宿中村屋に咲いた文化芸術」を見に行ってから間もない時期でした。
中村屋の創業者である相馬夫妻は,芸術,文化に関心を持ち,明治末から大正期の文化芸術の支援者となったそうで,その元にはいろいろな芸術家が集まったそうで,その中の一人が荻原碌山ということだそうです。新宿歴史博物館でも荻原碌山の作品を見ましたが,碌山美術館では当然のことながら荻原碌山の作品を集中的に見ました。
碌山美術館にももちろん「文覚」という作品がありました。碌山はかなわぬ恋心を,人妻の袈裟御前に横恋慕した文覚上人の作品に委ねたのでしょうか。
黒光をモデルにしたといわれる「女」という作品もありましたし,また「デスペア」という作品も印象的でした。
「デスペア」というのはR.W.ファスビンダーの映画のタイトルにもあります。
この間夏目漱石と美術展に行き,荻原守衛が碌山と名乗ったのは,夏目漱石の小説の「二百十日」の登場人物である「碌さん」にちなんでのことであると初めて知りました。私は安禄山(碌の字が違いますが)にちなんでとったのだと思い込んでおり,なんて趣味が悪いのだろうかと思っておりましたが,ようやく合点がいきました。
荻原碌山(守衛)の作品を展示した美術館です。
荻原碌山は安曇野出身の彫刻家で,同郷の相馬愛蔵のサロンに出入りするようになり,愛蔵の妻黒光に思慕の念を抱くようになり,悶々とした思いを持ちながらも制作を続けます。
相馬愛蔵・黒光夫妻は,新宿中村屋の創業者夫妻です。碌山美術館に行ったのは,ちょうど新宿区三栄町にある新宿歴史博物館で「新宿中村屋に咲いた文化芸術」を見に行ってから間もない時期でした。
中村屋の創業者である相馬夫妻は,芸術,文化に関心を持ち,明治末から大正期の文化芸術の支援者となったそうで,その元にはいろいろな芸術家が集まったそうで,その中の一人が荻原碌山ということだそうです。新宿歴史博物館でも荻原碌山の作品を見ましたが,碌山美術館では当然のことながら荻原碌山の作品を集中的に見ました。
碌山美術館にももちろん「文覚」という作品がありました。碌山はかなわぬ恋心を,人妻の袈裟御前に横恋慕した文覚上人の作品に委ねたのでしょうか。
黒光をモデルにしたといわれる「女」という作品もありましたし,また「デスペア」という作品も印象的でした。
「デスペア」というのはR.W.ファスビンダーの映画のタイトルにもあります。
この間夏目漱石と美術展に行き,荻原守衛が碌山と名乗ったのは,夏目漱石の小説の「二百十日」の登場人物である「碌さん」にちなんでのことであると初めて知りました。私は安禄山(碌の字が違いますが)にちなんでとったのだと思い込んでおり,なんて趣味が悪いのだろうかと思っておりましたが,ようやく合点がいきました。
安曇野に3泊して近くを廻りました
その時に寄りましたがとても小ぶりな建物だった記憶があります
そして 壁を這う蔦(?)
私たちだけでとても静かに時間が過ぎました
私も安禄山からだとばかり思ってました
確かに関西や東京にあるような大きな美術館と比べると小さな建物ですが,味わいのある建物だったような記憶です。建物が複数ありましたが・・・
立ち寄ったのは,新宿歴史博物館で,中村屋の話を聞いていたからでしたし,彫刻は竹橋等でも見たことはがあるものも多かったですが,安曇野で一番印象に残りました。