
ウィーンを訪ねた時、ベルヴェデーレ宮殿のクリムトの「接吻」に圧倒されました。
豪壮なバロック様式の白亜の宮殿の中で、その絵は燦然と輝いていました。
ただもう大きく、眩しく、美しい!
そのクリムトの別の名画「黄金のアデーレ」の所有権を巡る、実話に基づいた物語。
アメリカに住む82歳のマリア・アルトマン(ヘレン・ミレン)は、第2次大戦中にナチスに奪われた
クリムト作の叔母アデーレの肖像画を、オーストリア政府から返還すべく裁判を起こす。
新米弁護士ランディ(ライアン・レイノルズ)は、その絵の評価額が1億ドル以上と知って話に乗るが…

最初はお金目当で引き受けたランディですが、祖父がユダヤ人の高名な作曲家だったということもあり、
次第に正義感に目覚め、弁護士事務所の職を辞してまで、
一国の政府との闘いという無謀な挑戦にのめり込んでいく。
裕福なユダヤ人の家に生まれ、贅沢に育ったマリアは、ナチスにすべてを奪われて苦労したとはいえ、
やはり頑固で我儘な老女で、短気を起こしてはランディとぶつかり合う。

彼らに協力してくれるオーストリアの記者のフベルトゥス、何処かで見た顔だと思ったら
「ラッシュ・プライドと友情」のニキ役のダニエル・ブリュールだったのですね。
あまりにも無償で助けてくれるのは、何か裏があるのかと勘ぐってしまったのですが
その彼の秘密が、後半に明かされます。
マリアが生まれ育った邸宅の調度品の素晴らしいことといったら。
そのサロンではクリムト、マーラー、フロイトなどが交流を深め、
マリアの父は、ストラディバリウスのチェロを弾いて楽しんでいた。
上流階級の娘として何不自由のない暮らしをしていたマリアですが
戦争が始まると、ナチスに何もかもを奪われることになる。

法廷の闘争シーンを挟んで過去と現在、ウィーンとアメリカ、
時間と場所が自在に飛び交います。
マリアが失ったのは、家や絵画や宝石だけではなかった。
名誉、愛する家族、ナチスに屈したという意味では祖国さえも。
そして、戦争と共に展開される普通の市民の狂気。
ウィーンの市民は熱狂的にナチスを迎え入れ、彼らに進んで協力し、
路上でユダヤ人を辱め、密告し、嘲笑う。
戦争映画を観る度に思うことですが、一番恐ろしいのは
爆弾や銃撃ではなく、隣人のこうした裏切りなのだと。
ヘレン・ミレンの演技と、凛とした存在感が素晴らしい。
アメリカに命からがら逃げ出したマリアのその後の60年間の人生がどんなものであったか
その辺りも観たいところでしたが
2時間という時間枠では無理だったのでしょう。
見応えがある映画でした。
「黄金のアデーレ」 http://golden.gaga.ne.jp/