Zooey's Diary

何処に行っても何をしても人生は楽しんだもの勝ち。Zooeyの部屋にようこそ!

分解バラバラ事件

2023年10月30日 | 社会
(岐阜都ホテルのロビー)

人が一人亡くなると、その事後整理が大変です。
私の場合、地元の兄が大方してくれるのでありがたいとはいえ、家の整理はまだ手付かずだし。
この週末も、用があって帰省しました。
新幹線に乗ると、8年間毎月帰省したことが思い出されて、やっぱり悲しい。
ワガママな母でしたが、私が帰れば喜んでくれましたから。

ついでに、日曜日に高校の同窓会に出席しました。
創立150周年記念祝賀の全体同窓会で、老いも若きも岐阜都ホテルに大集結。
一学年上の夫は、用があって欠席。
出席者名簿によると、10人ずつの丸テーブルが78卓だから、それだけでも780人!
参加者最高齢は昭和20年卒の男性、ええと96歳か。
知事、副知事、市長、教育長、その辺りが卒業生として勢揃い。
上段は往年の応援団、下段は私の同級生ですが、どちらも男性ばっかり。
厳しい受験校で、何もいい思い出がなかった暗黒の3年間でした。



この着物はマンションから持って行きました。
着物一式揃えると結構な量となり、小型のキャリーケース(機内持ち込みサイズ)がほぼ一杯になります。
極力荷物を減らしたいので、草履とバッグは、実家にある私の古いものを使うことにしました。
若い頃に一、二度使っただけのセット、見た目にはとても綺麗。



ところが…
タクシーで会場のホテルに着いた途端に、草履の片方の底が剥がれた!
慌ててフロントで接着剤を借りましたが、どうにもくっつかず、歩きにくいことこの上ない。
しかもパーティの終わり頃にトイレに立ったら、なんとバッグも分解したのでした。
こんな状態では二次会にはとっても行けず、一次会だけですごすごと退散。



教訓。
古い草履とバッグは使ってはいけません。


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「私はモーリーン・カーニー」

2023年10月26日 | 映画

フランスの原子力会社の労働組合代表が国家的スキャンダルに巻き込まれていく姿を、実話を基に描いた社会派ドラマ。
世界最大の原子力企業アレバ社の民主労働組合代表を務めるモーリーン・カーニー(イザベル・ユペール)は、中国とのハイリスクな極秘取引を知り、会社の未来と従業員の雇用を守るため内部告発をする。
やがてモーリーンは性的暴力を受けるが、権力側は彼女の自作自演だと自白を強要する。被害者から容疑者となって厳しく追及される彼女は、一度は権力に屈服しかけるが…



映画の紹介サイトによっては、モーリーンはレイプされたとありますが、正確には違います。
彼女は、下腹部にナイフで「A」の文字を刻まれ、脚を大きく開いて縛り付けられ、局部にナイフの柄を突っ込まれたのです。
しかしそれとても、尊厳を大きく傷つけられたには違いない。
どれだけの屈辱であったことか。
そうした肉体的暴力と、それをよってたかって自作自演だと決めつける精神的暴力。
モーリーンはどうやって6年間の長きにわたって政府の閣僚や企業のトップを相手に闘い続け、無罪を勝ち取ることができたのか?



これが実話だということが信じられません。
モーリーンが襲われたのは2012年12月。
まだ10年前に、フランスでこんな恐ろしいことが起きていたなんて。
原題の「La Syndicaliste」は労組員という意味らしいが、これを「私はモーリーン・カーニー」とした人も凄い。
監督ジャン・ポール・サロメ。

「私はモーリーン・カーニー」公式HP

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過ぎたるは

2023年10月25日 | 社会

「今年のハロウィーンは渋谷に来ないでください」と渋谷区長が呼び掛けているのをニュースで見て、今年の渋谷は強気だなと驚きました。
渋谷駅には、こんな巨大な看板が出現していました。

この「渋」の字のフォントが凄い。
右下の点が四つある部分にボチャの顔があり、上から赤字で「バツ印」。
誰がこんなの考えたのだろう?
この奇妙な風体のオジサンは、私がスマホで看板を撮ろうとしたら、こっちを向いてポーズしてくれました。



それはともかく、少し前までハロウィーンの経済効果が凄いと前向きだったのに。
何事も過ぎたるは猶及ばざるが如しということか。
仮装してワイワイ集まって楽しむ分には、問題はないのにね。
飲酒して暴れる人がいるから問題である訳で、いっそ全域路上飲酒禁止にしてしまえばいいのに。
海外では、公共の場では飲酒禁止の国が多いようだと、旅行する度に感じていました。



カボチャのケーキ、ハロウィーン版@100本のスプーン二子玉川店。
可愛いけれど、友人が頼んだ栗のミルフィーユの方が美味しかった…

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スープカレー、ポルトガルのお菓子

2023年10月23日 | グルメ

神田に出かけたのは久しぶりでした。
遥か昔の学生時代には、古本屋街を良くうろついたものですが。
神田と言ったらカレーでしょ!ということで検索し、評判の良いスープカレーの店に行くことに。
現地に着いて、笑ってしまいました。


スープカレーの「鴻(オードリー)」、その左にはカレーグランプリで優勝したという「MAJI」、その右には昔からある「エチオピア」と、カレー屋が3軒並んでいる!(上の写真)
これで商売が成り立つというのが凄い。
レトロな喫茶店といった内装の「鴻」では、スープ、具材、辛さをメニューから選びます。
スープは、豚骨ベースの「黒」とチキンベースの「赤」の2種からのチョイスとなり、夫は「黒」で和牛ハンバーグの具、私は「赤」で骨付きチキンの具を。
スープになんとも深みがあって美味しい。
骨付きチキンは多少食べにくいが、スプーンでホロリと崩れるほどに煮込んでありました。
白い飲み物の名前は「オッシー」、ラッシーの鴻版だそうです。
ちなみに「鴻(オードリー)」という名前は、店主がオードリー・ヘップバーンの大フアンであるからなのですって。



展示会のある神田スクエアを目指して歩いていたら、靖国通りからちょっと引っ込んだところに「ポルトガルのお菓子」という看板を発見。
珍しいと思って入ってみたら、中に数人が並んでいて、ショーウインドゥの中はほぼ空っぽ。
聞いてみたら、名物のエッグタルトは1ヶ月先まで予約でいっぱいなのですって。
他のお菓子もほぼ売り切れ、かろうじて少し残っていた「焼きリンゴ」を頂きました。



帰宅して開けてみたら、太いシナモン棒がそのまま入っていて、シナモンの香りタップリ。
ジューシーでリンゴの美味しさが濃縮されているようですが、ちょっと単調かな。
750円と焼きリンゴ一個にしてはいいお値段なのだから、生クリームなど付けて欲しかったような気も。
「ドース・イスピーガ」という店名は、甘いトウモロコシの穂という意味なのですって。
それにしてもポルトガル菓子店って、代々木八幡にもありますが、そこもかなり不便なのです。
エッグタルトなどの素朴な味が好きなのですが、もっと便利な所に作ってくれればいいのにねえ。
ロンドンでもかなり外れた所にあるポルトガル菓子店を、はるばる訪ねた覚えがあります。

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機能と笑いと下剋上

2023年10月22日 | 社会

数年前に長男が開発した「下剋上鮎」のパッケージが、「Takeo Paper Show2023」展に取り上げられたというので、その案内状が届きました。長男夫婦はまだシンガポールにいるので、代わりに夫と観てきました。



入場チケットは無料ではあるが、予約するには会員になり、職種など色々書き込んで、しかも30分毎の日時指定と結構面倒。
神田スクエアという高層ビルの中に、その会場はありました。
あんな面倒な手続きを経てどんな人が見に来るのだろうと思っていましたが、凄い人混みで入口には行列が。
広告関係の人が多いのかしらん?
「PACKAGING―機能と笑い」展は、パッケージという営みを異なる二つの視点から見つめ直す試みであると。
機能的であり、なおかつ笑いを誘うという古今東西のパッケージがそこには集められ、中々面白い。



「下剋上鮎」が展示されてる周りを、若い人たちが取り囲んで笑っていました。
この箱は、「日本パッケージデザイン大賞2021」で菓子部門の銅賞を受賞もしているのです。
そしてこのお菓子を、忘れた頃にSNSで誰かが取り上げてくれてまたブームになったりして、ずっと生産が追い付いてないらしい。



長男にとってはもう何年も前のことで、今はとっくに違うことに取り組んでいるというのに、ありがたい限りです。
彼が大手広告代理店を勝手に辞めて起業した時には心配したものですが、製品プロデューサーとして業績を伸ばしているようでホッとしています。

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「われ去りしとも 美は朽ちず」

2023年10月19日 | 


世界中の有名絵画一千点を原寸大の陶板で再現した、世界で類を見ない大塚国際美術館。
その陶板制作の現場担当者、版権取得に関する交渉話、美術館建設に関する話を、関係者への取材に基づいて描いたアート小説。


2019年に大塚国際美術館に行きました。
入ってすぐに、システィーナ礼拝堂の天井画に、ただもう感動しました。
本場にも行ったことがありますが、そこはもう世界中から押し寄せた観光客に溢れ、スリの心配もあり、とてもゆっくり鑑賞なんてできなかったのです。
それが大塚では、心置きなく鑑賞することができる。
そのスケールの大きさ、陶板レプリカの美しさに感動するとともに、これだけのものを創り出すにはどれだけの苦労があったことだろうと思ったものです。
その創設プロジェクトの舞台裏を描いた小説というのだから、これは読まずにはいられない。



宗教画の専門家、ルネサンス絵画の専門家、著作権関連の専門家など選考委員6名が選定され、会議を重ねる。各自イタリアやフランスに出かけ、各自の目線でそれぞれの章が語られる。6名が皆、その世界で活躍している著名人であるため、例えばイタリアの文化活動省やバチカン美術館長など知己が多く、それがおおいに美術館創設の助けになることになる。
誰をモデルにしたのだろう、何処までが本当のことだろうと気になるところではあります。しかし、簡単なことではないだろうと思ってはいましたが、これほどまでに大変とは。



例えば、絵画には額縁がいる。
それは陶板では無理で、額縁の専門職人に頼むのですが、モナリザの額縁は300万円であったと。
しかももっと大型や複雑な形の額縁となると日本の職人の手に負えず、イタリアやフランスの職人に頼むことになる。このエル・グレコの大祭壇衝立画の複雑な額縁は、なんと1億円を超えたのだそうです。



陶板、額縁の制作も著作権の交渉も大変であったが、もっと難航したのは、日本の役所の手続き。
大塚社長が固執した、故郷の鳴門のその地は国定公園の中にあり、それゆえ建設に煩雑な縛りや手続きが必要となる。地上3階、地下5階という複雑な構造は、瀬戸内の景観を妨げないように、そういう理由があったのですね。
こうして10年以上かかって、敷地総面積6万6千平米、延べ床面積3万平米弱という、巨大なあの美術館は誕生したのです。



この本の最後の、大塚社長の目線の文章を。
”もう何も言うことはない。やがて自分が去り、後ろにいるこの連中も去ったとしても、朽ちることなく残る絵の中の色、色、色たち。そこへ何を言い添える必要があるだろうか。来たれ、美を愛する人々よ。その一生は短くとも、また生まれ来る次なる人々を待ち、名画たちはひそやかに、ほぼ永遠に等しい時間をこの殿堂の中で生き続けることだろう。”
写真は2019年に行った際のものです。

2019年の大塚国際美術館の日記 

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ドリップ式、そしてタロウ

2023年10月18日 | 家庭

先の日記でネルドリップコーヒーのカフェについて書きましたが、私自身はネルドリップ、新婚の頃つかっていたものの、すぐに挫折しました。
ネルを一々洗う面倒に負けて、ペーパー・ドリップ式に変えたのです。
ガラスサーバーの上に陶器のドリッパーとペーパー・フィルターをセットして、レギュラーコーヒーを淹れるというもの。
長らくその方式でやっていましたが、10年位前から一人用のドリップバッグ・コーヒーに変えました。
サーバーもドリッパーも要らない、カップにそのままセットできるので、こんな便利な物はない。



ドリップバッグ・コーヒー、先日ドイツ人のゲストが見て、何だそれは?と驚いていました。
そう言えば以前、友人がアメリカの学会に出た際にホテルでこのコーヒーを淹れたら、他の国の人たちから驚かれたと。
カリフォルニアに住む友人に聞いてみたら、やはりあちらでは普及していないということです。
ちょっとびっくり。


我家に金木犀はありませんが、この時期、バルコニーにまで近所のその香りが漂ってきます。
今年は遅かったねえ!
タロウ、以前は上の写真の椅子からすぐに跳び下りてしまったのに、まったくできなくなりました。
この椅子どころか、ソファからも降りられなくなりました。



そしてコスモス畑のタロウ。

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「天路の旅人」

2023年10月16日 | 

第二次大戦末期、敵国の中国大陸奥地までスパイとして侵入し、終戦後も放浪を続け不法滞在で強制送還されるまでの8年間、チベット、ヒマラヤ、インドネパールを移動し続けた男、西川一三(かずみ)の物語。
日本人であることを隠し、モンゴル生まれのチベット教の僧侶(ラマ僧)、ロブサン・サンボーになりきり、一切日本語は話さず、モンゴル語を操り、徒歩で敵国の奥へ奥へと侵入していく。ついにはヒマラヤを超え、インドに渡り、ネパールから再びインドへ。モンゴル語に加え、チベット語、ヒンドゥー語、ネパール語も習得していく。

大変な人がいたものです。
子供の頃から中国大陸の奥地に憧れ、中学卒業後、満州鉄道に就職。その後、蒙古で国家の為に挺身する若者を養成するという興亜義塾の塾生を経て、日本軍のスパイに。
中国軍に捕まったらいつ殺されるか分からないという恐怖を抱えながら、彼は駱駝に荷物を載せて、内蒙古から歩き出すのです。

最初に貰った軍資金はすぐに底をつき、蒙古では駱夫となり、アラシャンのバロン廟では下男となり、ラマ僧として托鉢をし、チベットのデプン寺では見習い坊主となり、タバコの売人となり、インドの印刷所の職工となる。ヒマラヤを超えてインドに向かった時には足に凍傷を起こして歩けなくなり、なんとインドの物乞いに僅かな食料を分けて貰って命を繋ぐ。
それだけでなく、道なき道を進む彼の旅では、常に死が隣り合わせだった。

蒙古を歩き通して、ようやくチベットに入った辺りの描写。
”ゴルク族のバナクが現れたということは、ようやく無人地帯を脱し、人の住む所に至ったということでもあった。それは「餓死」の恐怖から解放されたということを意味していた。無人地帯では、道を失い、食料が尽きれば、餓死せざるを得なかったからだ。確かに、無人のサルタン公路に埋め込まれた地雷のような危険からは脱することができた。渡河、峠越え、飢え、匪賊の襲撃。だが、人の住む地帯に入ると、新たな問題に直面することになった。ゴルク族による「盗み」と、チベットの役人たちの「貪欲さ」である。”(P268)

こんな具合に次から次へと危険なことばかりで、とても書き切れません。
このくだりは、旅を始めてまだ2年目に入ったところなのですから。
何度も死にかけてまで、こんな大変な旅をどうして続けるのかと言いたくなりますが、彼の当初の目的は敵国の情報収集だったが、日本の敗戦(インドでそのことを知る)と共に、目的は未知の土地を巡る旅に変わっていくのです。
つまりは、旅しないではいられない人であったのか…


(赤線は西川の旅路、殆ど徒歩。点線は強制送還の海路)

”著者史上最長にして、新たな「旅文学」の金字塔”(新潮社のコピー)とされる本作
572ページ、確かに読み応えがあります。

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コーヒーの味

2023年10月15日 | グルメ

最近流れているユニクロのテレビCM、舞台となっているのは私のお気に入りのカフェのひとつ茶亭羽當 です。
渋谷駅にほど近い老舗カフェ、最近では外人観光客もとても多く、この前映画の後に寄ろうとしたら並んでいて入れませんでした。
こんなCM流しちゃったら、益々押し寄せるのでしょうね。


こちらは随分前に、あの「ブルーボトル・コーヒー」の創業者兼CEOのジェームス・フリーマン氏が「日本でもっとも好きなカフェ」として、その名を公言したのだそうです。
なのでコロナ前から外国人客の姿は多かったのですが、最近の多さと言ったら。
カウンターの中でバリスタ氏が、ネル・ドリップで丁寧にコーヒーを淹れてくれるのですが、そのネル・ドリップ方式って世界でも珍しい淹れ方なのだということを最近知りました。



美味しいコーヒーは好きですが、正直言えば、そこまでの味の違いは私には分からない。
コーヒー屋の思い出は、だからその味というよりは、その時誰と一緒だったかとか、その時の精神状態の方に重きが置かれるように思います。
若い頃の、ワクワクしながらコーヒー屋を訪れた日が懐かしいな…
写真は、かつて訪れた時のものです。


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74年の歴史に幕

2023年10月13日 | 社会

「東芝、12月20日上場廃止へ」というニュースの見出しにドキッとしました。
もうずっと前から言われていたことではありますが、ハッキリ日にちを指定されるとやっぱり驚きます。
上場企業としての74年の歴史に幕を下ろすって…

私が子供の頃、日曜日の夕方の「サザエさん」は東芝が独占スポンサーだった。
その夜21時からは、一話完結の東芝日曜劇場なんてものもあった。
25年位前に初めて触ったPCは、東芝ダイナブックだった。
80年代に初めてニューヨークに行った時、タイムズスクエアにTOSHIBAのネオンが大きく輝いていた。
(上は2015年に行った時の写真、小さくなったけれどもかろうじてTOSHIBAの文字が)

日本を代表する優良企業だったのに、どうしてこうなってしまったのか。
いつかまた帰り咲いてくれる日が来ることを願うばかりです。



タロウの散歩道(近頃は時々ドギーカーを使いながら)では、普段なら9月中旬にジンジャーリリーが咲き、下旬に金木犀が咲き出します。
今年はどちらも中々咲かないと思っていたら、最近になってようやく咲き始めました。
いつもよりショボショボの咲き方、暑すぎると花も調子が狂っちゃうのかしらね?
ジンジャーリリー、エスティ・ローダーのプレジャーズ、エルメスのモンスーンの庭といった、私の好きな香水の原料に使われているという、大好きな香りです。

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