Zooey's Diary

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フリーメイソンとの関連性?「魔笛」

2016年01月29日 | 劇、オペラ、コンサート


新国立劇場で観る「魔笛」は2回目です。
モーツアルトの最後のオペラといわれるこの作品は、何度観ても楽しい。
森や神殿を舞台にした、愛と冒険のファンタジー。
指揮はロベルト・パーテルノストロ、演出はミヒャエル・ハンペ。



今回のパンフレットの中で興味深かったのは、
この作品の中にはフリーメイソンの思想が至る所に隠れているのを読み取る必要がある、
という岡田暁生氏の解説。
彼の説によれば、モーツアルトだけでなく、ゲーテやシラーやヴォルテールなど、
18世紀後半の啓蒙思想家の殆どが、フリーメイソンの関係者であったのだそうです。
「魔笛」に頻出する「3」という数字ー3人の侍女、3人の童子、3つの試練、3つの和音等は
フリーメイソンにおいては重要な象徴的な意味を持っていたこと、
ザラストロのモデルは、ウィーンのフリーメイソンの指導者ボルンという人物だったといわれること、
タミーノが受ける試練は、フリーメイソンの入信儀式をそのまま再現したと思われること、
その他「魔笛」とフリーメイソンの直接的関係は、枚挙にいとまがないのだそうです。



そう思って見ると、あの舞台上の、非日常的な儀式の様子に納得できるような気がします。
タミーノとパパゲーノに何故与えられるのか分からない、様々な試練にも。
そんなことを考えるまでもなく、夜の女王のコロラトゥーラによる超絶技巧アリア、
パパゲーノの「おいらは鳥刺し」やパパゲーナとの二重奏「パ・パ・パ」などは
本当に楽しいのですが。

短い動画ですが、こちらでその様子が少しわかります。

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「消えた声が、その名を呼ぶ」

2016年01月27日 | 映画


1915年第一次世界大戦中、オスマントルコ帝国でアルメニア人の大虐殺が起こる。
鍛冶屋として平和に暮らしていたアルメニア人ナザレットはある日突然、
砂漠に連行され、強制労働に従事させられる。
その後、仲間は皆殺されたが、彼は声を失くすもののかろうじて一命を取りとめる。
終戦後、生き別れた娘たちを探して、レバノン、キューバ、アメリカと
途方もない旅に出る…



虐殺されたアルメニア人は100万人とも150万人とも言われるが
はっきりしていないようです。
何しろ、トルコ政府は未だに公式に認めていないのですから。
トルコ系ドイツ人であるファティ・アキン監督にとっても
母国の恥部を認めるのは、勇気が要ったことでしょう。



てっきり硬派の社会派映画だと思って見始めたこの作品、
前半は確かにそうで、残虐なシーンが続きます。
戦争という状況の下、虐殺、強奪、強制連行、レイプが起こるのはいずこも同じ。
イスラム教であるトルコ帝国の中で、アルメニア人というのはキリスト教であったのですね。
少数民族、少数信徒が苛められるのも、いつの時代にもお約束。
しかし後半は「母を訪ねて三千里」のようになってしまって、やや拍子抜け。
それでも娘たちを探して、灼熱の砂漠を歩き、海を越え、遠いキューバや
アメリカにまでも旅に出る、声を持たないナザレットの姿には胸を打たれます。
アルメニアの民謡のような歌の調べの、なんと哀切なこと。
最近話題になっている、アレッポのオリーブオイル石鹸が
結構重要な役どころを持った小物として出てきたのにも驚きました。

「消えた声が、その名を呼ぶ」 http://bitters.co.jp/kietakoe/
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寒波襲来

2016年01月24日 | 社会


この週末に寒波襲来、また雪が降るといいうので覚悟していたのですが
今回は首都圏は空振りに終わってやれやれ。
今日は風は冷たいけれど、こちら見事な晴天でした。
しかし、北陸や西日本では予報通り積雪、
九州でも雪が降ったと大騒ぎになっているようです。
そしてアメリカ東部でも大雪で大変なことになっているのですって。
ワシントンの他、11の州が非常事態を宣言、交通はほぼ麻痺状態、
ニューヨーク市は23日午後から道路の通行禁止だそうです。
これはブロンクスに住むFBの友人の写真。
凄いなあ…



そうしたらこんな写真もFBに。
ミネソタ州ツィン・シティでは、水に濡れたジーンズを外に出して
凍らせるのが流行っているのですって。
こんな状況も遊びの材料にしちゃうって
面白いというか、たくましいというか。

アメリカで寒波襲来→ジーンズを立てて遊ぶ人が急増中
http://www.huffingtonpost.jp/2016/01/23/frozen-pants_us_n_9058138.html
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「誰もどこにも行けない」

2016年01月22日 | 社会
今週の月曜日の大雪では、首都圏の電車の運行状況はボロボロだったようです。
我家の夫や息子も大変な目に遭ったみたい。
大幅な間引き運転のお蔭で、普段は都心の勤務先まで40分ほどの距離なのに
その日は駅で待たされ、ホームで待たされ、車両の中で待たされ、
3時間位かかったのだそうです。
毎回雪が降るたびにこの騒ぎなので、なんとかならないかと思っていたのですが…



その後、FBで見たこの写真。
ロンドンの駅に貼られた、駅員による書き込みらしい。
「誰もどこにも行けない。
 電車は止まってる。
 家に帰ってパンやジャムでも作って食べてて。以上」
いやいや、これはないでしょう!?
でも確かにイギリスでも他の国でも
電車はしょっちゅう止まったり、遅れたり、突然行き先を変えたりしたなあ…



そしてこんな写真も。
「Maps Of Tokyo That'll Make Your City Seem Insignificant」
東京のこの地図を見たら、あなたの都市が情けなく見えるでしょうって。
いや、確かに。
この張り巡らされた複雑怪奇な路線図は凄い!
そしてこれらがちゃんと機能しているなんて(普段から多少の遅延はあるにしても)
奇跡のようなことです。

大雪の日くらいは仕方ないと思うことにしましょう。


イギリス地下鉄のストライキで見つけた、ユーモア溢れる駅員の書き込み
http://www.cafeglobe.com/2014/02/036138strike.html

16 Maps Of Tokyo That’ll Make Your City Seem Insignificant
http://www.buzzfeed.com/simoncrerar/tokyo-is-a-mega-city#.dwYjv0Ldq0
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「太郎を眠らせ、太郎の屋根に」

2016年01月18日 | 社会


昨夜から、天気予報は未明に雪が降ると大騒ぎしていたのですが
夜のうちに雨が降り出してしまったし、そんなに本気にしていなかったのです。
7時前に起きたら、バルコニーが真っ白!
手すりの花もすっぽり雪を被っている。
しまった、軒下に下ろしておくべきだった…
雪に覆われたバルコニー、とても綺麗なのですが、まだ暗くて写真も撮れない状態。
電車が大幅に遅れているというので
夫も息子もいつもより随分早くに出て行きました。
ご苦労様なことです。
テレビのニュースで、電車が間引き運転をして、乗り切れない人々が
長蛇の列を作っている様子が。
ニューヨーク在住のSNSの友人が、こんな日NYだったら誰も出社しないよと。

上の写真は、8時過ぎのもの。
明るくなりましたが、その後激しい雨となり、雪も随分溶けました。
手すりの花の上の雪は、もう殆どなくなっています。
タロウが出たがってソワソワしていますが、しかしこの雨では…
こちらはベッドルームのバルコニーの写真。
やはりテーブルと椅子の上にはごっそりと雪が。



三好達治の詩を思い出しました。
「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降り積む
 次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪降り積む」

今日は蟄居して、読書でもしましょう。
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「犬になっちゃう子もいます。ワンって…」

2016年01月17日 | 社会

パフィン(この写真はWikipedeiaから)

昨日取り上げた「ラオスにいったい何があるというんですか?」の中の、
アイスランド紀行のうちに、心に残った部分がありました。
そこにはパフィンという鳥がいるのだそうです。
人口30万人のアイスランドに、なんと600万羽のパフィンがいるのですと。
面白いのは、その子離れの仕方。

”パフィンの親は、子供をある程度育ててしまうと、「あとはもう自分でやってね」
という感じで、さっさと海に飛び立ってしまう。
あとにはまだ世間がよくわかっていない子供たちだけが取り残される。
子供たちはある朝目が覚めると、自分が親に見放されていることに気づく。
もう誰も餌を運んで来てはくれない。
しばらくの間は「ご飯まだかなあ」とじっと待ってるのだが、いつまでたっても
親は戻って来ないし、お腹はどんどん減って来るし、切羽詰まって巣穴から出てきて、
本能の導くままに羽を動かして、海に出て行って、自分で餌をとることになる。
うまく餌を取れなかった子パフィンはそのまま死んでいく。(中略)
人間だとこうはいかないですね。
親に捨てられたりすると、たとえうまく生き延びても、それがトラウマになって、
あとの人生に差し支えたりするだろう。”

以前、アホウドリも同じような子離れをするという話を何かで読んだことがあります。
こうした鳥類は、そういう子離れの仕方が普通なのかしら?
動物だからと言ってしまえばそれだけだけど、人間ではとてもこうは行かないだろうなあ…

最近朝日新聞で、子どもの虐待についての記事を連載していましたが
親に虐待された子は、記憶が飛んだり、別の人格になってしまったりすることがあるのだそうです。
つらい経験を切り離すためで、解離性障害と呼ばれるのだと。
「犬になっちゃう子もいます。ワンって…」
という、心療内科の医師の言葉が。
虐待を受けて育った子供が、自分の子供を虐待するという虐待の連鎖が
何代にもわたって続くこともあると。
そういった子供たちを引き取って愛情たっぷりに育てようとしても
言葉もまだ話せないような幼児が、新しい絨毯の上にオシッコをしたりという嫌がらせを
散々繰り返すこともあるのだそうです。
それは養親の愛情を確かめようとしているのだと。

ネグレクト(育児放棄)も虐待の一種です。
親に捨てられるって、そんなつらいことないよねえ…
パフィンの親はある程度子供を育て上げたから飛び立ってしまうのだろうけど、
人間は、そうであっても、とてもこんな簡単にはいかないでしょうね。
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「ラオスにいったい何があるというんですか?」

2016年01月16日 | 


私は「遠い太鼓」や「雨天炎天」などの、春樹の紀行文が好きなのです。
久しぶりのこの新作、楽しみにしていました。
ボストン、アイスランド、ミコノス島、NY、フィンランド、ラオス、トスカナ、熊本などを巡る、
幾つかの雑誌に書かれたものを集めたという紀行文集です。
丁度私が去年行ったばかりのミコノス島やNY(しかもヴィレッジ・ヴァンガード!)が
出て来るなんて、これは嬉しい。

一つ残念だったのは、この旅のうちの殆どはカメラマン同行で行ったらしいのに
写真がとても少ないこと。
しかもその少ない写真のうちの何枚かは、著者のポートレート。
例えば、ラオスの紀行文の中で
”僕はルアンプラアバンの街でいろんなものを目にした。
寺院の薄暗い伽藍に無数に並んだ古びた仏像や、羅漢像や、高名な僧侶の像や、
その他わけのわからない様々なフィギュアの中から、自分が個人的に気に入ったものを
見つけ出すのは、ずいぶん興味深い作業だった。”
という文の横にあるのは、ラオスのホテルのポーチで読書する著者の写真。
ポーチの白い壁と藤の椅子と著者が映っているだけ。
ルアンプラアバンの街並み、寺院の伽藍や仏像の写真なんて一枚もない。
ギリシャ編に関しては、3枚のうち3枚までに著者が映っている。
いや、作家ってやっぱり自己愛が強いのかしらん…?



タイトルの「ラオスにいったい何があるというんですか?」というのは
著者がラオスに行く途中に、中継地のハノイで、あるヴェトナム人から発せられた質問であるらしい。
ヴェトナムにない、一体何がラオスにあるというんですか?と。

(その質問に対して)
”僕は今のところ、まだ明確な答えを持たない。
僕がラオスから持ち帰ったものといえば、ささやかな土産物の他には、いくつかの光景の記憶だけだ。
でもその風景には匂いがあり、音があり、肌触りがある。
そこには特別な光があり、特別な風が吹いている。(中略)
 それらの風景が具体的に何かの役に立つことになるのか、ならないのか、それはまだわからない。
結局のところたいした役には立たないまま、ただの思い出として終わってしまうのかもしれない。
しかしそもそも、それが旅というものではないか。
それが人生というものではないか。”

ここは綺麗にまとめられすぎているような気がしますが
全体に力を抜いて書かれたような感じの、ゆるくて楽しい紀行文集です。

「ラオスにいったい何があるというんですか?」 http://tinyurl.com/h3kmupw
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イタリア映画雑感

2016年01月14日 | 映画
一昨日、イタリア人の友人の東京観光に付き合いました。
ニューヨーク在住のAl(アル・男性)とボローニャ在住のその母上Lili。
明治神宮、竹下通り(100円ショップがある!)などを歩き、原宿でランチ、
その後浜離宮から隅田川クルーズに乗って浅草へと考えていましたが
お天気が悪かったので、六本木ヒルズを散歩、虎屋カフェでお茶。
この親子、イタリア人だけあって、とにかく喋る!
あちこち沢山行くよりも、快適な所をブラブラしながらお喋りを楽しむ方がよいようで
私も楽で助かりました。
私はイタリア語なんてまるで分からないのですが、Alは英語が流暢。
色々なことを話して、そうだ、私はイタリア映画も観ているのだったと思い、
その話をしようとしたのですが…

まず、原題が分からない。
ええと、ボローニャが舞台の数年前の映画で、十代の娘が精神を病んで級友を殺して、
などと説明しても中々通じない。
なので、近年私が観て印象的だったイタリア映画をリストアップしてみることにしました。
今度逢う時、このブログを見せりゃいいと。
ちなみに上の作品は、日本名は「「ボローニャの夕暮れ」ですが
原題は「IL PAPA DI GIOVANNA」(ジョヴァンナのパパ)というようです。
下記の作品には、イタリアを舞台にしたという他の国の作品も含まれています。


「イタリアは呼んでいる」原題" the trip to Itly"
一番新しい、去年の作品。イギリス人男性二人が喋くりながらイタリアをミニクーパーで
旅行するというそれだけの話ですが、景色が綺麗で料理が美味しそう。


「ある愛へと続く旅」"Venuto Al Mond"
サラエボの民族浄化を絡めたこの話は、実に壮絶で感動的なものでした。


「ムッソリーニ愛の勝利を」"Vincere"
独裁者ムッソリーニにこんな残酷な逸話があったなんて。


「ジュリエットからの手紙」"Letters to Juliet"
ヴェローナを舞台にしたラブコメ。素敵に歳を重ねたヴァネッサ・レードクローブが優雅でした。


「ボローニャの夕暮れ」”Il Papa Di Giovanna"
精神を病んだ娘と、彼女を見守る父親の愛情、そして母親との葛藤。


「ミルコのひかり」"Rosso come il cieloh"
視力を亡くした少年の苦しみと闘い、これがイタリアの障害者教育の改革につながったという
実話に基づく物語。


海の上のピアニスト"The Legend of 1900"
「ニュー・シネマ・パラダイス」のジュゼッペ・トルナトーレ監督 (Giuseppe Tornatore)。
大きな船の中で生まれ育ったという男の、荒唐無稽だが非常に哀しく美しい物語。


「マレーナ」" Malena"
これもジュゼッペ・トルナーレ。モニカ・ベルッチの美しさに息を呑みました。


「眺めのいい部屋」"a room with a viwew" 
E.M.フォースター原作、ジェームズ・アイヴォリー監督のイギリス映画、大好きな作品です。

他にも「ニュー・シネマ・パラダイス」「ゴッドファーザー」など色々あるのですが
古い作品を持ち出したらキリがないので、この辺で。
他にも面白いものがあったら、お教えください。


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愛するとは相手に関心を持つということ

2016年01月10日 | 社会
またまた「悩みのるつぼ」に笑ってしまいました。
自分に夫が関心を持ってくれないのが寂しいと訴える妻。

”夫との会話が続かず、悩んでいます。
私が彼に質問したり、好きそうな話題をふったりすれば続きますが、
彼から私のことを逆質問したり、話題を提供したりすることが全くありません。
私の気持ちや行動や人生に対して全然興味を持っていないのです。
妻としては「寂しい」の一言です。彼は家事も育児も手伝ってくれるイクメンですが、
イクメンでなくてもいいから、「君はどう思う?」と聞いてほしいとさえ思います。”
抜粋するとこんな感じ。

それに対する上野千鶴子女史の回答が痛快。
”愛するったぁ、相手に関心を持つってぇことよ。
要するにあなたは愛されていないのです。
その現実をまず認めましょう。
夫がまめなイクメンであるだけでなく、暮らしの安心と安定を供給してくれれば、
それ以上「関心」まで期待するのは過剰な要求というもの。
そもそもひとりの異性から、生活の安心、安定から、関心や愛情、知的刺激から性的満足まで
何もかも調達できると思う方が間違いです。
夫から調達できないものはよそに求めましょう。家庭を壊す気持ちがなければほどほどに。
女友だちも承認を供給してくれます。
夫に対する期待水準をぐんと切り下げて、結婚生活を継続なさることでしょう。
相手が置物か壁紙だと思えば、気にせずにすみます。”

この相談者が50代とはしかし、驚きました。
20代、30代というならまだしも。
しかも「イクメンじゃなくてもいいから」なんて、なんと罰当たりなことを。
一人で育児することの厳しさをご存知ないのじゃないかしら?
そして”女友だちも承認を供給”って、面白い言い方だなあ。
こんな使い方があるとは。
日本語の使い方を一つ、学ばせて頂きました。



(悩みのるつぼ)私の心に関心ない夫
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12147877.html?rm=150

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「誓いーチェチェンの戦火を生きたひとりの医師の物語」

2016年01月09日 | 


チェチェン紛争をテーマにした映画「あの日の声を探して」を観た後、
ハッサン・バイエフ著の「誓いーチェチェンの戦火を生きたひとりの医師の物語」を読みました。
米原万理が「チェチェンのブラックジャック」と称しているというバイエフの本、
500ページ余の分厚い単行本なのですが、いや面白い。
夢中で読んでしまいました。

チェチェンが何処にあるのかも私は正しく知らなかった。
黒海とカスピ海の間、ロシアと中東を隔てるコーカサス山脈にある、小さな国なのだそうです。
そこでイスラム教であるが故に、16世紀イワン雷帝の時代からロシアに迫害され続けていた。
ハッサン・バイエフはそこで1963年に生まれました。

彼の数奇な生涯を簡単に表すと
虚弱体質で病気に次ぐ病気→柔道と出合い、ソヴィエトチャンピオンに→医学の道へ→
モスクワで美容整形外科医として大成功→戦時下のチェチェンに戻り、多くの負傷者を治療する→
ロシア人医師の捕虜逃亡を助処刑寸前に→重いPTSDでモスクワの精神病院に入院→
メッカ巡礼→第二次チェチェン戦争で再び砲火の下、負傷者の治療に奔走、ミサイルの直撃もくらう→
ロシア、チェチェン双方から命を狙われ、アメリカに亡命→人権活動家として表彰され、
世界にチェチェンの現状を訴える一方、医学復帰を目指す(←イマココ)

淡々と書いてある自伝なのですが、その内容が凄まじい。
ほんの一部分をご紹介すると
”毎日、何十人もの負傷者がアタギに運ばれてきた。
大腸や小腸をはじめ、肝臓や腎臓や生殖器がまるでひき肉のように潰されていた。
どれもこれも殺傷性の高い破砕性爆弾によるものだった。”
そんな戦火下において彼は
”サワークリームで患部を洗浄し、家庭の縫い糸を消毒して傷口を縫い、
暗がりの中で患者の足を切断し、大工が使う鋸を使って頭蓋骨を開き脳外科手術をし、
27時間飲まず食わずで手術を行って気絶すると、看護婦が病院の外で雪で顔をこすって起こし、
多い時は3日で70数件の手術を行った”というのです。

民家を破壊し、徹底的に略奪し、女を強姦し、男を殺すか連れて行く様は映画でも観た通り。
半死の重症を負った女は、力なく著者に言う。
”「あいつらは私たちの目の前で娘を犯しました。
シャマーノフ将軍が部下の兵士に言っていました、
『やれ、やれ、お前たちの好きなようにやれ』と」”

かの有名なヒポテラクスの誓い通り、兵士も市民も関係なく、チェチェン人とロシア人の区別もなく
治療を施した著者は、チェチェンの急進派からもロシアからも命を狙われ、何度も殺されかけ、
やむなく2000年にアメリカに亡命します。
それにも大変なドラマがあったのですが…

しかしその後も、チェチェンに住む甥のアリがロシア軍が連行される。
随分後になってアリがした話によると
”深さ4メートルの、手足も満足に伸ばせない井戸のような堅穴に放り込まれていた。
連中は毎日、日によっては一日に二度も三度も、アリを穴から引き上げて、散々殴りつけた。
股間を突かれることもあるし、腰を殴られることもあれば、顎をやられることもあった。
アリを「外科医の椅子」に座らせ、両手を背中に廻して手錠をかけ、水を入れたプラスチックの
ボトルで殴った。指や耳、唇や性器に針金をつけて、電気ショックをかけた。
そしてその後は、指の爪の間に針をさしこむのだった”
アリは穴の中に39日入れられて拷問され、著者がアメリカから二千ドルを送ってようやく
釈放されたのだそうです。

いやもう、紹介するにもキリがない。
まだ近年に、こんなことがあったのかと只々驚くばかり。
(そして今も、このようなことが世界の何処かで起り続けている)
そういえば2013年のボストン・マラソンのテロはチェチェン人の兄弟が犯人だった。
あの時はなんて酷いことをと思い、今もその気持ちは変わらないのですが、
こんな複雑な背景があったのだとは…

「誓いーチェチェンの戦火を生きたひとりの医師の物語」 http://tinyurl.com/z8c8nu2
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