三多摩の鐘

The Bells of San Tama -関東のキリスト教会巡り-

日本福音ルーテル市川教会

2013年11月28日 | プロテスタント
日本福音ルーテル市川教会
(住所:千葉県市川市市川4-1-5)

11月17日(日)、日本福音ルーテル市川教会で聖霊降臨後第26主日の礼拝に参列した。東京からJR総武線に乗り、江戸川の鉄橋を越えると、そこは我が故郷の千葉県である。京葉瓦斯のガスタンク、国府台(こうのだい)の丘陵など、懐かしい風景がお出迎え。JR市川駅で下車、国府台に向かって歩く。かつて、この台地上に旧陸軍野砲兵連隊の兵舎や練兵場などがあったという。戦前は殷々(いんいん)たる砲声が轟いていたのだろうか。現在、軍隊の跡地は文教地区となっている。

日本福音ルーテル市川教会に着いた。真間川(ままがわ)のほとりにたたずむ瀟洒(しょうしゃ)な会堂は、名匠ヴォーリズ(注)の設計であり、国の登録有形文化財に指定されている。午前10時、礼拝はスカルラッティ作曲の気高い前奏で始まった。「罪の告白」の後、ミサ曲(!)の「キリエ」と「グロリア」が歌われたことに驚く。さらに、牧師と会衆との応唱が歌による場面さえもあった。神奈川の日吉教会でも感じたことだが、ルーテルの礼拝にはカトリック的な「遺構」が残されているようだ。

この日の説教題は「生きている者の神」(ルカ20・27-40)。中島康文牧師は「復活とは不死ではなく、神様が新たな命をくださること。イエスの復活を信じるとは、その命を信じるということです」と話された。説教の後、讃美歌「主なるイェスはわが喜び」を歌う。この厳かな調べはクリューガー(大斎節第3主日の記事参照)の作曲で、バッハのモテットにも登場するコラールである。先日の「クワイア・フェスティバル」に於いて、ルーテル学院大学聖歌隊による見事なアカペラが思い出された。


礼拝堂内観(1955年竣工)


礼拝堂外観(国登録有形文化財)

(注):ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(William Merrell Vories:1880-1964年)。アメリカ出身の建築家。日本に於けるプロテスタント教会の礼拝堂を多数設計(明治学院礼拝堂、日本基督教団・武蔵豊岡教会など)。その傍ら、メンソレータム(メンターム)でおなじみの近江兄弟社を創立。

◆礼拝で歌われた讃美歌:
前奏:「羊飼いの歌」(スカルラッティ)、始めの歌:151「人の目には」、みことばの歌:313「主はへりくだりて」、感謝の歌:322「主なるイェスはわが喜び」、終わりの歌:395「十字架を負いつつ」、アーメン三唱、後奏:「後奏曲ト長調」(ヘンデル)。(番号は日本福音ルーテル教会編「教会讃美歌」による)

◆主な参考文献・CDなど:
・「千葉県の戦争遺跡をあるく」 千葉県歴史教育者協議会編(国書刊行会・2004年)
・CD「J・S・バッハ:モテット集」 合唱:レーゲンスブルク大聖堂少年聖歌隊(Archiv:F20A-20069)
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立教チャペル「歌による夕の祈り」

2013年11月24日 | 聖公会の礼拝
「夕の祈り」当日の立教大学モリス館
(住所:東京都豊島区西池袋3-34-1)

11月15日(金)、立教大学チャペル(日本聖公会)で「歌による夕の祈り」に参列した。「立教の一日は礼拝で始まる」という。毎朝、チャペルでは「早朝聖餐式」が行われ(夏休み等を除く)、さらに授業期間中は「始業の祈り」と「金曜礼拝」が続く。とくに第2・第3金曜日は「歌による夕の祈り」と銘打ち、聖歌隊の歌声と共に、聖書のみ言葉を味わい、チャプレンの説教を聞き、敬虔な祈りを捧げている。この日、私は池袋に所用があったので、その「唱詠晩祷」の機会に恵まれた。

チャペル内は主日礼拝に匹敵するほどの会衆が集まっており、そのほとんどが学生たちであった。午後5時30分、行列用十字架を先頭に、司祭と聖歌隊が厳かに入堂。主日聖餐式の場合、聖歌隊は2階のバルコニーで奉唱するのだが、この日は聖卓を中心に左右に分かれ、向かい合うような配置であった。この聖歌隊と共に、礼拝は歌によって進行する。懺悔(ここで跪く)と赦しの祈りの後、司祭と会衆の応唱、詩編、主の祈りが「礼拝式文用曲譜」に基づいて歌われた。

聖書朗読(第二日課)は「善きサマリア人」の場面(ルカ10・25-37)。司式の金大原(キム・デウォン)チャプレンは「律法の専門家は『自分にとっての隣人は誰か』という自己中心的な観点でした。私たちもそのように相手を見ることがありますが、この社会は皆で助け合い、支え合うもの。その繋がりを考えて、具体的な行動に努めましょう」と話された。説教の後、女声聖歌隊とハンドベルによる美しいアンセムを聴く。秋の週末の夕べは、神への豊かな讃美と祈りのひと時となった。


1918年竣工の立教学院諸聖徒礼拝堂
(この日もティッケル社の新パイプオルガンが大活躍)

◆夕の祈りで歌われた聖歌:
入堂聖歌:22「夜明けをもたらす」、聖歌隊奉唱:「マリヤの賛歌」・「シメオンの賛歌」(サムション)、ハンドベルクワイア・アンセム:「ロンドンデリーの歌」(聖歌292)、聖歌隊アンセム:「主よ、我を試み、我を験せ」(ボイス)、退堂聖歌:33「静けき夕べの」。(番号は「日本聖公会聖歌集」による)
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五旬祭後第20主日の聖体礼儀

2013年11月20日 | 東方正教会
日本正教会 東京復活大聖堂教会
(住所:東京都千代田区神田駿河台4-1-3)

11月10日(日)、正教会の東京復活大聖堂教会(通称ニコライ堂)で五旬祭後第20主日の聖体礼儀に参祷した。午前10時、聖体礼儀の開始を告げる鐘と共に、ダニイル府主教と司祭、そして在外ロシア正教会(米国)のキリール大主教が入堂。華やかなミトラ(宝冠)を戴く主教品がそろった光景は壮観だった。この日は在外ロシア正教会の代表団が持参した「クルスクの木の根の生神女イコン(注)も公開された。聖堂内は「霊験あらたかな」イコンを一目見ようとする人々で大混雑。

聖体礼儀はダニイル府主教の司祷(司式)で、在外ロシア正教会のキリール大主教が陪祷された。奇跡のイコンは聖所中央のアナロイ(イコンや祈祷書などを置く台)の上に安置されている(残念ながら、未信者は聖所に入ることができない)。参祷者は聖体礼儀中も増え続け、その熱気は在外ロシア正教会の公式サイト(英語版)が“an enormous gathering”と報じたほどだ。そもそも、イコンとは「絵画」ではなく、「地上と天国との間の窓であり、神の国を写す鏡のようなもの」なのである。

福音経の誦読は、悪霊に取りつかれたゲラサの人が癒される場面(ルカ8・26-39)。山口義人神父は「その人はお供を願ったが、ハリストス(キリスト)はゲラサで神の恵みを証しすることを命じられた。私たちもこれに倣い、神の恵みを証しつつ、力強く歩みましょう」と話された。聖体礼儀後、領聖した信徒には奇跡のイコンの「複製画」が贈られた。それは在外ロシア正教会のヒラリオン府主教が成聖(祝別)されたものという。残念ながら、未信者はこのお恵みに与ることができませんでした。


朝日に輝く東京復活大聖堂
(この日の聖体礼儀の所要時間は約190分)

(注):「1295年、生神女(聖母)誕生祭の日、タタール(モンゴル)の侵攻によって焼野原となったロシアのクルスク郊外の森で、木の根元に落ちている聖像(イコン)を猟師が発見。持ち上げた場所に泉が湧いた。タタール軍は聖像を二つに割ったが、再び一つに合わせると元通りになった。1917年のロシア革命時、安置していた聖堂が爆破されたが、聖像は無傷だった。その後、在外ロシア正教会とともに渡米してからも、聖像は癒しの奇蹟などが相次いだ」(日本正教会HPから要約)。

◆主な参考文献など:
・「ギリシア正教入門」 高井寿雄著(教文館・1980年改版)
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立教大学「クワイア・フェスティバル」

2013年11月16日 | 音楽を聴く
秋の気配が漂う立教大学モリス館
(住所:東京都豊島区西池袋3-34-1)

「立教大学教会音楽研究所(注)では、この秋、『クワイア・フェスティバル』を開催いたします。東京近郊の5つの大学の聖歌隊が一堂に集まり、ともに奉唱する、とても貴重な機会です。僅かですが、一般の方々の聴講席をご用意しました。ぜひ、足をお運びください」(同研究所公式HPより)。参加団体は青山学院大学、桜美林大学、フェリス女学院大学、ルーテル学院大学、そして立教大学の各校聖歌隊。残念ながら、上智や聖心女子など、カトリック系大学は不参加。

11月9日(土)、立教大学チャペル(日本聖公会)で開催された「クワイア・フェスティバル」に行ってきた。少し早めにキャンパスに着いたので、映画『ハリー・ポッター』風の第一学食(下写真)で小休止。私の学生時代、ここのカレーライスは普通盛 210円だった(はず)。塩味が強く、玉ネギがゴムのように硬かった(笑)。そんなことを思い出しながら、チャペルに向かう。午後4時、開会。総勢140人ほどの聖歌隊員が集まった。各校とも演奏時間は約10分、色とりどりの正装で登場。

約1時間半、神の豊かな恵みに満たされたひと時であった。若い人たちの祈りが込められた歌声が素晴らしかった。「合唱コンクール」のように優劣を争う悲壮感もなく、ただ神への讃美と喜びがあった。閉会の部では、スタンフォード(1852-1924年)作曲の気高い聖歌「み栄えを世に告げる」を聖歌隊と聴衆とで合唱。この日、立教大学の金大原(キム・デウォン)チャプレンが「聖歌隊の歌声は、人々を神の愛と御旨に導く」と話されたが、私もその一人であったことは間違いない。


1918年竣工の立教学院諸聖徒礼拝堂
“ 楽(がく)の音(ね)は みな一つ・・・(聖歌305) ”


1918年竣工の立教大学第一学食

(注):立教大学教会音楽研究所は「教会音楽の研究とその普及を目的とし、学内外の教会音楽関係者のためのセミナー、ワークショップ、講演会、レッスンなども企画・運営」する機関で、所長は立教学院教会音楽ディレクターのスコット・ショウ先生(文学部教授)。私の学生時代、この研究所の前身に当たる「立教学院教会音楽学校」は女子寮「ミッチェル館」の近くにあった(と思う)。

◆各校聖歌隊の演奏曲目:
オルガン前奏:プレリュード(デュボワ)、青山学院:洗い清めたまえ(ウェズレー)、シメオンの讃歌(ウィールクス)、桜美林:聖エドワード王のミサ(ヒッギンソン)、フェリス女学院:キリエ(グレゴリオ聖歌)、パニス・アンジェリクス(フランク)、夜明けの光まばゆく(ハリス)、ルーテル学院:主を誉めよ、いざ!(ハスラー)、主なるイエスはわが喜び(バッハ)、祝祷(ルッケン)、立教:マニフィカート2曲(サムション、ラング)、神よ、汝は我が神なり(パーセル)、ジェリコの戦い(黒人霊歌)。全聖歌隊アンセム:主のみ住まいは(ヴォーン・ウィリアムズ)、全聖歌隊・聴衆合唱:ほめ歌え 主に向かい(聖歌304)、み栄えを世に告げる(聖歌305)。
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東京聖テモテ教会「改修感謝礼拝」

2013年11月12日 | 聖公会の礼拝
日本聖公会 東京聖テモテ教会
(住所:東京都文京区弥生1-3-12)

11月3日(日)、東京聖テモテ教会(日本聖公会)で「聖堂及び大屋根耐震改修工事完了」感謝礼拝に参列した。「聖堂の耐震工事は2008年に外回りの排水管から始まり、床下全面コンクリート打ち、床全面改修を行い、2010年に壁の耐震補強工事を終了。今回は屋根の葺き替えと屋根内部、廻廊の構造的な工事も実施。これで聖堂全体の耐震補強工事が完了ということになります。安心安全な聖堂で、これからもお祈りができますことに感謝いたします」(教会報『葡萄園』Vol.83より)。

午後2時、振り香炉と行列用十字架を先頭に、司祭が厳かに入堂。式文に従って、詩編を唱和し、聖歌を歌う。司式司祭が聖堂全体に向かって、聖水と振香で工事完了を祝福した。福音朗読は、イエスのエルサレム入城(マタイ21・5-14)。竹内謙太郎司祭は、「聖堂は単なる建物ではなく、礼拝を支える重要な場、そして私たちの信仰の表現です。東京聖テモテ教会は聖堂の維持を決心し、生き返らせることができました。この祈りが込められた聖堂を大切にしましょう」と話された。

本郷の東大周辺は「祈りが込められた」礼拝堂が多い。夏目漱石『三四郎』ゆかりの本郷中央教会、芥川龍之介の学友に強い影響を与えた弓町本郷教会、地下鉄東大前駅の最寄りに西片町教会、木造礼拝堂の美しい根津教会がある。いずれもプロテスタント教会で、しかも戦前建築の礼拝堂が現存している。この「教会銀座」の一角にある東京聖テモテ教会は、古い町並みの景観と調和しながら、「新しい革袋」に生まれ変わった。これからも「新しいぶどう酒」に満たされますように。


リニューアルされた東京聖テモテ教会聖堂

◆感謝礼拝で歌われた聖歌:
入堂聖歌:420「恵みのみ神よ」、325「み手の中で」、451「千歳の岩よ」、退堂聖歌:316「力の主を」。(番号は「日本聖公会聖歌集」による)
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