国際基督教大学礼拝堂
(住所:東京都三鷹市大沢3-10-2)
(住所:東京都三鷹市大沢3-10-2)
小田急バスの富士重工前停留所で下車。戦前、この辺りは中島飛行機の敷地が広がっていた。同社は旧陸軍の戦闘機「隼」「疾風」等を製造した軍用機メーカーである。小学生時代の私は、これら「傑作戦闘機」のプラモデル(ハセガワの1/72シリーズ)に熱中していたことを「懺悔」しなければならない。戦後、中島飛行機の広大な跡地は富士重工業(スバル)、そして国際基督教大学(ICU)、ルーテル学院大学、東京神学大学となった。今や日本のプロテスタント神学の「聖地」である。
ICUチャペルの沿革をおさらい。「国際基督教大学教会は様々な教派のクリスチャンが共に礼拝を守る超教派(エキュメニカル)の教会です。日曜礼拝には大学教職員や学生の他、卒業生や近隣の方々が日英両語による礼拝を守っています。日本語、もしくは英語で語られる説教にはイヤホンによる同時通訳がつきますので、どなたでもご参加いただけます」(ICU教会公式サイトより)。授業期間中は「チャペル」としての大学礼拝が、日曜は「教会」としての聖日礼拝が捧げられる。
国際基督教大学に着いた。とてつもなく広いキャンパスで、正門から中心地までの距離は「ひと駅歩こう」の体力が必要だ。チャペルの扉を開けると、パイプオルガン(オーストリア・リーガー社製)の音色が響き渡っていた。どうやらオルガニストの演奏練習らしい。堂内の荘厳な雰囲気と相俟って、豊かな祈りの時を過ごすことができた。さて、木々に囲まれたチャペルを出ると、中庭の向こうに古い大学本館(下写真2)が見えた。これが戦前の旧中島飛行機三鷹研究所の建物である。
礼拝堂内観(1954年竣工)
国際基督教大学本館
(戦前の旧中島飛行機三鷹研究所本館)
近所の公園の桜も七分咲きとなってきました。そして、聖週間に入りましたね。どうやら私も聖公会の復活前宵祭(またはカトリックの復活徹夜祭)には参列できそうです。
アントニー・デ・メロ神父の著作は『蛙の祈り』を読んだことがあります。聖週間の“指南書”といえば、私はエドワード・ブジョストフスキ神父(プラド司祭会)が『キリスト教を生きる14のヒント』(女子パウロ会・2009年)に書かれた「十字架上のイエスの(最期の七つの)言葉を思い巡らそう」が黙想の良い助けとなっています。今から約3年前、カトリック浅田教会を訪れた時に(下記URLご参照)、著者のエドワード神父にお会いしたことが懐かしく思い出されます。
(2012年4月15日付記事「カトリック浅田教会」:
http://blog.goo.ne.jp/eutychus/e/33d054d275f279643338d0532ec518bb
20年以上前にお会いされたことがあるのですね。エドワード神父様は本当に快活な方で、「いつも心に太陽を」そのもののお人柄でした。数年前、療養のために帰国されたと聞いています。
この度はICUにお出でになったのですね。私はプロテスタント教会に属する小さき障害者です。私は逆に祈りの大切さを諭されカトリックの方々の大変なお世話になりました。
イエズス会の英隆一朗神父様の病者のためのミサに3回、カルメル会の今泉健神父様の黙想会に2回参加させて頂き祝福を頂戴しました。同時にカトリックの祈りの世界の奥深さを教えられ驚嘆致しました。
カトリックの方からはプロテスタントの特に信徒が30名位の小教会と牧師の必死のお説教などがどう見えるのか大いに関心があります。機会が御座いましたら是非お願いしたいテーマです。
ところで私は「読書百遍義自ず」の手法で学生時代から難解な書籍を読み解いていました。聖書も創世記冒頭から黙示録の最後まで100回読みました。60回くらい目で聖書の波に乗り全体が見通せるようになりました。
80回くらいでこのページをめくると次にどんなことが書いて有るかわかる様になりました。100回で1回の通読時間が24時間を切り徹夜すれば1日で読み切るようになりました。注解書の熟読を下地として通読しました。
百回読むのに2年以上をかけました。通読終了時に確かにはっきりと「あなたは祈りを忘れている。」と声が聞こえて驚きましたが周囲に人はいませんでした。はっと気が付いて今度は祈りの世界を求めFEBCを通じて神父様方に拾って頂いた訳です。
それではこれからも宜しくお願い致します。失礼致します。