三多摩の鐘

The Bells of San Tama -関東のキリスト教会巡り-

続・東方正教会の徹夜祷

2013年07月31日 | 東方正教会
日本正教会 東京復活大聖堂教会
(住所:東京都千代田区神田駿河台4-1-3)

7月27日(土)、正教会の東京復活大聖堂(通称ニコライ堂)で徹夜祷(主日前晩祷)に参祷した。主日や祭日の前夜に行われる徹夜祷(晩祷)とは、時課の晩課・早課・一時課を組み合わせ、翌日の聖体礼儀に備える奉神礼のこと。今月13日に続き、私にとって正教会の晩祷は2回目。聖堂内は照明が消え、献燈台の蝋燭の火だけが輝く神秘的な世界となった。ランパード(燈明)に照らされたイコンに、やや愁いを含んだ表情の生神女(しょうしんじょ。聖母のこと)が浮かび上がっている。

「君や祝讃せよ」。午後6時、徹夜祷の開始を告げる輔祭(助祭)の高誦と共に、ダニイル府主教と司祭が厳かに入堂。晩課の冒頭で歌う「首誦聖詠(起端の聖詠。歌詞は詩編104に基づく)」が流れると、聖堂内を香炉で清める全堂炉儀が行われた。乳香の特徴的な香りが漂う。大連祷の後に歌う「カフィズマ」は「坐誦経」とも呼ばれる。正教会の祈りの基本姿勢は起立だが、この歌の後は座ることを許されたので、「坐誦経」という名称になった。「アリルイヤ(アレルヤ)」の声が響き渡る。

「生神女讃詞」が歌われた後、第二部の早課となる。ここでも連祷と誦経(しょうけい)が繰り返されたが、早課の中心は福音経の読みである。この日は外国人司祭が(ロシア語で?)誦読された。その後、信徒たちはカトリックの拝領行列のように並び、台上に置かれた福音経とイコンに接吻、司祭から祝福を受けた。突然、大きな雷鳴が轟いた。ちょうど聖堂内は蝋燭だけが灯っていたが(停電に非ず)、モイセイ(モーセ)が十戒を授かったシナイ山もかくや、と思われる徹夜祷になった。


暮れなずむ空と大聖堂
“ 我等日の没(い)りに至り晩(くれ)の光を見て・・・ ”

<付記>
前回と同じく、この日も私は徹夜祷の式順を見失い、早課の途中(福音後のカノン辺り)で「迷子」になってしまった。機会があれば、入口受付の聖堂奉仕会の方々にお尋ねしてみよう。なお、この日の徹夜祷は約1時間55分を要した(午後8時頃に終了。実際に「徹夜」はしません)。

◆主な参考文献など:
・「ギリシア正教入門」 高井寿雄著(教文館・1980年改版)
・「ギリシャ正教」 高橋保行著(講談社学術文庫・1980年)
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聖オルバン教会(日本聖公会)

2013年07月27日 | 聖公会の教会
日本聖公会 聖オルバン教会
(住所:東京都港区芝公園3-6-25)

地下鉄日比谷線の神谷町駅で下車。飯倉交差点を左に曲がると、目の前に天を衝くような東京タワーがあらわれた。ちなみに、私は「東京人」でありながら、一度も東京タワーの展望台に昇ったことがない。その電波塔の「お膝元」に、日本聖公会東京教区の主教座聖堂である聖アンデレ教会がある。その隣りに仲良く並ぶ木造の礼拝堂が、聖オルバン教会(日本聖公会)だ。教会堂名の聖オルバン(St.Alban:?-209年?)は、イングランド最初の殉教者として知られている。

聖オルバン教会の礼拝堂に入る。天井に幾組もの丸太が交差する意匠が圧巻だ。「1879年以来この地において、英国国教会の伝統に則った英語によるキリスト教の礼拝が行われてきました。そして1954年に、現在のような聖公会の会衆が形成され、1956年には、当時の東京教区主教、蒔田誠師父によって礼拝堂が聖別されました。建物は、日本に長らく暮らした著名なチェコ系アメリカ人の建築家、アントニン・レイモンド(注)によって設計されました」(教会案内書より)。

「聖オルバン教会は日本聖公会の東京教区に33ある教会と9つの礼拝堂の中で、唯一英語を話す会衆から成る教会で、礼拝は全て英語で行われます。信徒は日本を含む世界各国から集まっており、クリスチャンの方は教派に関係なく、どなたでも当教会の礼拝や諸活動に参加していただけます」(前掲書)。聖オルバン教会の午前10時30分の聖餐式は歌ミサ(Sung Eucharist)によるという。機会があれば、私も外国人会衆と共に神を賛美したい。「♪Angels, help us to adore Him...」。


礼拝堂内観(1956年竣工)

(注):Antonin Raymond(1888-1976年)。教会建築の代表作にカトリック目黒教会聖堂カトリック豊島教会聖堂、日本聖公会・東京聖十字教会礼拝堂立教学院聖パウロ礼拝堂(埼玉)など。
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さようなら、カトリック喜多見教会

2013年07月23日 | ミサ聖祭
カトリック喜多見教会の聖母像
(住所:東京都世田谷区喜多見9-7-10)

カトリック喜多見教会が今月で閉鎖されることになった。その理由を『東京教区ニュース』は、次のように伝えている。「長年に亘って、礼拝会よりお借りしてきていた喜多見教会の聖堂が閉鎖され、喜多見教会共同体は、成城教会共同体と統合することになりました。このたびの決定は、2011年に起こった東日本大震災の後に、喜多見教会聖堂の所有者である礼拝会が行った耐震検査の結果に端を発し、様々な可能性を探った上で出した苦渋の結論です」(2013年3月号より)。

7月21日(日)、喜多見教会で年間第16主日のミサに与った。この日が喜多見教会に於ける「最終ミサ」であった。午前10時のミサは岡田武夫大司教の主司式で混雑が予想されたから、私は午前7時30分のミサに参列した。主任司祭の安次嶺晴実(あじみね・はるみ)神父による司式である。私にとって喜多見教会でのミサは昨年5月の聖霊降臨の主日以来。スリッパに履き替え、温かみのある板張りの廊下を歩き、聖堂へ。福音朗読は「マルタとマリア」の場面(ルカ10・38-42)。

安次嶺神父は「喜多見共同体としての最終の主日です。これまでのお導きに感謝すると同時に、これからも主と共に歩み続けましょう」と話された。閉祭の歌は典礼聖歌403「友よ聞こう」。主任司祭による最後のミサが終わった。涙ぐむ女性の姿もあった。2010年に当ブログを開設してから、「教会閉鎖」という出来事は初めてである。特に喜多見教会は世田谷方面へ行く度に、途中下車して立ち寄ったものだ。この日、小田急沿線の「旅する教会」は、85年の長い歴史に幕を閉じた。


2012年、待降節中の喜多見教会聖堂


さようなら、カトリック喜多見教会

<付記>
この日は参院選があった。「天皇制・人権抑圧・富国強兵に基づく『改憲』、及び全原発の再稼働を直ちに実施せよ。そのためなら、我々は子や孫の命を犠牲にすることも厭わない」。結局、これがニッポン人の民意だ。惨憺たる衆愚政治に言葉を失う。だだ、「改憲」はニッポンの軍国主義を嫌悪する「外圧」によって頓挫するかもしれない。一方、原発はニッポン自滅のカタストロフとなる。「その時」が近づいても、愚かなニッポン人はテレビにしがみつき、ただヘラヘラと笑っているだけ。
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聖霊降臨後第8主日の聖餐式

2013年07月19日 | 聖公会の礼拝
日本聖公会 目白聖公会
(住所:東京都新宿区下落合3-19-4)

先月、私は目白聖公会(日本聖公会)から次のようなお誘いの葉書をいただいた。「目白聖公会では、当教会を訪ねてくださった方々、また結婚式を挙げられた方々をお招きして、オープンチャーチを開催いたします。ご一緒に礼拝を捧げ、また礼拝後に昼食を共にし、親睦を深めたいと思っております。どうぞお気軽にお越しください。牧師ならびに信徒一同、心よりお待ちしております」。あの美しい聖堂に惹かれ、私も再訪を考えていた。決して「昼食」に釣られたわけではない(笑)。

7月14日(日)、目白聖公会で聖霊降臨後第8主日の聖餐式に参列した。午前10時30分、行列用十字架を先頭に、司祭と奉仕者が厳かに入堂。参入聖歌「とこしえの父は」を歌う。作曲は英国人のダイクス(John Bacchus Dykes:1823-1876年)。この気高い調べの聖歌は、米国大統領の国葬が行われた場面で耳にされた方も多いと思う(近年では、レーガン元大統領の葬儀で演奏された)。なお、ダイクスの代表作「聖なる 聖なる」については、今年5月の三位一体主日の記事で触れた。

福音朗読はイエスのたとえ話「善きサマリア人」(ルカ10・25-37)。鈴木裕二司祭は「米国などでは『善きサマリア人の法』という法律があり、善意の人による救護活動を促進しています。そこには愛に基づき行動するというイエスの教えがあります」と話された。キリスト教圏の欧米とは対照的に、弱者を「自己責任!」と罵ってきた愚かなニッポン人が、「善きサマリア人」を受け入れるだろうか。悲観的な私の心に派遣聖歌の調べが響く。「♪勇気をもて 愛のわざを 隣人(となりびと)に」。


聖堂内観(1929年竣工)

<付記>
「7月の第2日曜日は、日本聖公会総会が定めた『海の主日』です。海で働くすべての人々の福祉と安全のため、また、この人々に奉仕している聖公会およびキリスト教諸教派の海員宣教団体のため、ことに横浜・神戸・苫小牧にあるミッション・トゥ・シーフェアラーズの働きを覚えて祈ります」(目白聖公会『週報』)。この日、前述の「とこしえの父は」が歌われたのはそのためだった。海を通して父・子・聖霊の御業をたたえるこの聖歌は、英米の海軍・海兵隊でも愛唱されている。

◆聖餐式で歌われた聖歌:
ミサ曲(キリエ、大栄光の歌、サンクトゥス、アニュス・デイ)、参入聖歌:342「とこしえの父は」、昇階聖歌:438「主よ命のことばを」、奉献聖歌:505「もちいたまえ 神よ」、陪餐聖歌:489「心を尽くして」、派遣聖歌:413「思いやりの心そなえ」。(番号は「日本聖公会聖歌集」による)

◆主な参考文献・CDなど:
・「聖歌のしらべ 古今聖歌集作曲者略解」 佐藤裕著(聖公会出版・1987年)
・CD「BEST HYMNS 100」 ケンブリッジ・キングス・カレッジ聖歌隊ほか(EMI:0 97563 2)
・CD「錨をあげて」 ランバート指揮/ポーツマス英国海兵隊軍楽隊(Philips:PHCP-20263)
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東方正教会の徹夜祷

2013年07月15日 | 東方正教会
日本正教会 東京復活大聖堂教会
(住所:東京都千代田区神田駿河台4-1-3)

7月13日(土)、正教会の東京復活大聖堂(通称ニコライ堂)で徹夜祷(主日前晩祷)に参祷した。主日や祭日の前夜に行われる徹夜祷(晩祷)とは、時課(注)晩課・早課・一時課を組み合わせ、翌日の聖体礼儀に備える奉神礼のこと。古くは夜を徹しての大儀式だったが、この日のニコライ堂での徹夜祷は約2時間15分ほどであった(実際に徹夜はしない)。なお、ラフマニノフの有名な「晩祷」は、この徹夜祷の典礼音楽であり、ロシア正教聖歌の神髄ともいうべき傑作(と思う)。

「君や祝讃せよ」。まだ日が高い午後6時、徹夜祷の始まりを告げる輔祭(助祭)の高誦と共に、ダニイル府主教、仙台のセラフィム大主教が厳かに入堂。この日は日本正教会の大きな会議(全国公会)が開催されたらしく、聖所内にカミラフカ(円筒型の帽子)を戴く多くの神品(聖職者)の姿を見かけた。天井の照明が落とされ、第一部の晩課が始まった。聖堂内は献燈台の蝋燭の火だけが輝く神秘的な世界になった。連祷と誦経(しょうけい)が繰り返され、聖歌の美しい調べが響き渡る。

セラフィム大主教の司祷(司式)で第二部の早課が始まった(ようである)。ここでも連祷と誦経が繰り返された。「ポリエレイ」という聖歌が流れると、再び聖堂内の灯りがともされ(多油祭)、やがて福音経の誦読となる。私はこの辺から徹夜祷の式順を見失い、「迷子」になってしまった。延々と続く連祷と誦経。「生神女小讃詞(聖母賛歌)」が流れたので、最後の一時課が終わりに近づいてきたらしい。それにしても、荘厳な徹夜祷の「宗教的恍惚感」は筆舌に尽くし難いほどであった。<続く>


夜の大聖堂入口
“ 主は神なり、我等を照らせり・・・ ”

(注):一日を3時間ごとに区分した祈祷の日課(聖務日課)。晩課・晩堂課・夜半課・早課・一時課・三時課・六時課・九時課の8つ。「時課の内容としては、主に聖詠(詩編)を読み、祈祷文を歌ったり読んだりする構成となっています」(日本正教会公式サイトより)。

◆主な参考文献・CDなど:
・「ギリシア正教入門」 高井寿雄著(教文館・1980年改版)
・「ギリシャ正教」 高橋保行著(講談社学術文庫・1980年)
・CD「ラフマニノフ:晩祷」 ミーニン指揮/国立モスクワ合唱団(Arts Core:ATCO-1005)
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