三多摩の鐘

The Bells of San Tama -関東のキリスト教会巡り-

年間第17主日のミサ

2012年07月30日 | ミサ聖祭
年間第17主日を迎えたカトリック麻布教会
(住所:東京都港区西麻布3-21-6)

連日のように腹立たしい出来事が続く。大津市のいじめ自殺、神奈川県警の集団セクハラ。学校や警察の態度は、鬼畜としか思えない。大阪では不倫市長の人権弾圧条例が可決。山口県知事選は「原発と基地との共存共栄」を企む元官僚が当選。某共和国が民主化することはあっても、日本の「保守王国」と呼ばれる地域は変わらない。そして、マスコミは五輪一色で「がんばれ!日本」を連呼。原発事故は収束せず、空と大地、海を汚染しているのに。

7月29日(日)、麻布教会で年間第17主日のミサに与った。今年4月、麻布へ異動された稲川圭三神父司式のミサは、私にとって八王子教会での復活節第2主日以来である。多摩の山里から約1時間半、やはり麻布は遠かった。聖堂に入ると、稲川神父が「お元気ですか?暑いですねぇ」と声を掛けてくださった。私のような者を覚えておられたので、ちょっと感激。午前9時30分、ミサ開祭。福音朗読は、イエスが五千人に食べ物を与えられた場面(ヨハネ6・1-15)。

稲川神父は、「イエス様はパンを与えて群衆を満腹させたのではなく、ご自分の死と復活を通して、私たちに永遠という命を受け継がせたいと考えておられた。永遠の命に至る『まことの食べ物』(ヨハネ6・55)を食べさせたかった。それは、愛し合うということでしか、受け継ぐことができないものです」。久々の歌唱ミサ、そして示唆に富むお説教。私は多くの恵みに満たされたので、ミサ後は騒々しい六本木を経由せず、渋谷駅行きの都バスで帰途に就いた。


カトリック麻布教会の小聖堂

◆この日のミサ中の主な歌:
ミサ曲2(典礼聖歌207-210)、入祭:典礼聖歌133「主をたたえよう」、奉納:典礼聖歌61「神は残された 不思議なわざの記念を」、拝領:典礼聖歌156「めぐみのパン」、閉祭:典礼聖歌392「週の初め」。この日のミサでは、幼児洗礼式も行なわれた。

<お知らせ>
本日(7/30)より、gooブログが「PC版ブログ記事面の表示変更」を実施しました。「ブラウザによる表示の違いを少なくし、見やすさを向上するため」ということで、文字が大きくなったのは良いのですが、字間が詰め過ぎで、やや窮屈に見えます。FC2ブログかココログに引っ越したい今日この頃です。
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感謝のミサ

2012年07月28日 | ミサ聖祭
上智大学クルトゥルハイム
(住所:東京都千代田区紀尾井町7-1)

昨年、私は札の辻を巡礼した後、そこから歩いて「母校」へ寄った。失意の学生時代だったが、2つだけ得るものがあった。レールモントフの『現代の英雄』を知った「ロシア文学」、そしてクラウス・リーゼンフーバー先生の「キリスト教概論」である。ともに一般教養的な科目だが、大学の講義に幻滅していた私に、ようやく学ぶ喜びをもたらした。バブル経済が崩壊しても、相変わらず軽佻浮薄な校風のなかで、当時の私が真理を求めていたのは興味深い(笑)。

戦前に建てられた校舎の2階、その123番教室で、リーゼンフーバー先生の「キリスト教概論」の講義を受けた。ドイツの神学者そのものの先生は、静かな口調で理論的に話されていた。私は毎回のように出席して、熱心にノートをとった。試験の評価は「A」を頂戴し、私の惨めな成績書における数少ない輝く星となった。一昨年、私は聖イグナチオ教会を訪れた時に、リーゼンフーバー先生が「神父」であり、入門講座などを担当されていることを知って驚いた。

7月28日(土)、上智大学のクルトゥルハイム聖堂で、リーゼンフーバー神父が司式される「感謝のミサ」(注)に与った。階段を上がると、2階の香部屋の前に神父様がおられた。「むかし、講義を履修していた者です」と申し上げると、「うれしいですネ、ようこそ」と歓迎してくださった。午後2時、ミサ開祭。神父様は、やはり静かな口調で話されたので、説教が聞き取れなかったのが残念。だが、私には万感胸に迫るミサとなった。次回は前から3列目に座ろう。


四谷キャンパスの上智大学1号館
<私は上智の卒業生ではありません。念のため>

(注):「感謝のミサ」は、主にリーゼンフーバー神父が担当される入門講座や理解講座などの受講者を対象に案内されている。きょうのミサ中には、入門式と洗礼志願式も行なわれた。

◆この日のミサ中の主な歌:
ミサ曲(あわれみ:典礼聖歌207、感謝:典礼聖歌216、平和:読誦)、入祭:典礼聖歌167「わがこころ喜びに」、奉納:典礼聖歌388「ガリラヤの風かおる丘で」、閉祭:典礼聖歌390「キリストのように考え」。福音朗読はマタイ13・24-30。
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カトリック藤が丘教会

2012年07月26日 | 神奈川のカトリック教会
カトリック藤が丘教会(教会堂名:聖ヨハネ・マリア・ビアンネ)
創立:1971年 ◇ 住所:神奈川県横浜市青葉区柿の木台1-2

東急田園都市線の藤が丘駅で下車。鷺沼教会の記事でも触れたが、私は川崎市宮前区に住んでいたことがあるので、久しぶりに訪れた田園都市沿線の風景が懐かしい。起伏に富んだ丘陵地に、カラフルな住宅やマンションが密集している。坂道を登り切ったところで、藤が丘教会に到着。大聖堂のような広い空間に驚く。祭壇正面の右側には、立派なパイプオルガンも据えられている。聖堂の天井が高いから、オルガンの音色も豊かに響くに違いない。

カトリック藤が丘教会の沿革をおさらい。1971年10月、「ケベック外国宣教会によって建立され、その落成、祝別式が行なわれたが、この教会はケベック外国宣教会によって宣教・司牧されている地区における3番目の小教区(注)でもある。東京、横浜、川崎の都市に勤める人々のベッド・タウンとして大きな団地を控える地区でもある。団地布教の一環として、今後の日本の都市布教のあり方を試行するものである」(「横浜教区設立50周年記念誌」より)。

オシャレな東急田園都市沿線にも、昭和レトロな団地がある。元団地っ子の私は、公団たまプラーザ団地を訪ねた。駅から徒歩数分、子どもの頃の原風景が現れた。整然と並ぶ直方体の住棟、広い芝生や公園など、旧住宅公団特有の世界である。だが、羊かん型住棟の中には、私が住んでいた団地より、間取りが多いタイプもあって、東急沿線ならではの高級感が漂う(?)。私と同世代の団地っ子も、ここから藤が丘教会へ通っていたのかもしれない。


現聖堂献堂:1997年


3階から聖堂を見おろす

(注):他の2教会は、溝ノ口教会(川崎市高津区)、百合ヶ丘教会(川崎市麻生区)。

◆主な参考文献など:
「横浜教区設立50周年記念誌」 横浜教区設立50周年記念誌編集委員会編(カトリック横浜司教区・1988年)

<付記>
今回で「横浜の私鉄沿線のカトリック教会巡り」を終え、来月は「横浜市営地下鉄沿線のカトリック教会巡り」を不定期連載いたします。中和田教会から、原宿教会(戸塚)を経て、港南教会までを訪ねます。
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年間第16主日のミサ

2012年07月24日 | ミサ聖祭
ある晴れた日のカトリック高幡教会
(住所:東京都日野市程久保4-7-14)

戦争中毒の国・アメリカが世界に誇る最新鋭の欠陥軍用機「オスプレイ」。墜落事故が相次ぎ、アメリカ本国でも住民の反対運動で低空飛行訓練が半年延期されている。しかし、日本国民の生命・財産よりも「宗主国さまのご機嫌が第一」、我らの野田佳彦首相は在日米軍のオスプレイ配備を強引に推し進めようとしている。実に美しい「日米同盟の深化」である。「災いだ、むなしいものを手綱として、罪を車の綱として、咎を引き寄せる者は」(イザヤ5・18)。

7月22日(日)、高幡教会で年間第16主日のミサに与った。5分前になると、聖堂横の鐘が鳴る。午前9時、ミサ開祭。入祭のあいさつで、主任司祭の高木健次神父は、「今日の典礼色は緑ですが、白に変わっています。本日、高幡教会で奉仕されたメルセス会のシスターが、終生誓願式を迎えるからです」と話された。終生誓願を立てるには、約10年を要すると聞く。「シスターの奉献生活を通して、教会や私たちに豊かな実りをもたらしますよう祈りましょう」。

福音朗読は、派遣された弟子たちが、イエスのもとに戻ってきた場面(マルコ6・30-34)。高木神父はイエスが言われた「しばらく休むがよい」(マルコ6・31)という言葉に注目された。「神が天地創造の7日目に休まれたように、聖書で『休む』ということは特別な意味があります。この世界が完成する時、神は安心して休まれ、その休みに私たちも共に与るように招かれているのです」。心身ともに休ませない国・ニッポン。ささやかな憩いが与えられますように。


<カトリック高幡教会遠景>

◆この日のミサ中の主な歌:
ミサ曲1(典礼聖歌203-206)、入祭:典礼聖歌173「わたしたちは神の民」、奉納:典礼聖歌144「谷川の水を求めて」、拝領:典礼聖歌391「ごらんよ空の鳥」、閉祭:カトリック聖歌13「主こそわがほまれよ」。
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「神さまのまなざしを生きる」

2012年07月22日 | 本を読む
ある晴れた日のカトリック八王子教会
(住所:東京都八王子市本町16-3)

稲川圭三神父が麻布教会へ異動されてから、約3ヶ月が経った。「キリストを信じるすべての者よ・・・」。八王子教会で「復活の続唱」を先唱された稲川神父の歌声が、今も私の耳に残っている。一昨年、私は精神的な苦しみから教会へ通うようになったが、八王子教会で初めての主日ミサに与って以来、稲川神父の説教に強く惹かれた。毎回の朗読箇所から、埋もれた宝のような「神さまが共にいてくださる神秘」に光を当て、福音を宣べ伝えられていた。

ある朝ミサの時であった。その頃、私は聖体拝領になると、自席に留まっていた。それは神の御前に立つという畏れ(注)と、未信者は席で待つべきものという幼少時の記憶によるものである。その日も私は席にいた。すると、聖体拝領を終えられた信徒の方から、「神父様が、どうぞ祝福をお受けくださいと仰っていますよ。せっかくお見えになったんだからって」との伝言をいただいた。 私は徴税人ザアカイのように歓喜すると共に、自分の頑なな態度を恥じた。

麻布教会へ異動される直前、稲川神父の説教集「神さまが共におられる神秘」に続き、「神さまのまなざしを生きる」が出版された。稲川神父の説教は「原稿なし」のため、信徒の方が録音を文字に起こすことを望み、それが書籍化されたもの。私は本書を読むたびに、稲川神父が説教を自ら手話で同時通訳されたり、土曜の主日ミサで子どもたちと一緒に歌われていた姿が甦る。「神さまは共におられます。わたしと共におられ、あなたと共におられます」。


<カトリック八王子教会聖堂>

(注):プロテスタント系の高校時代、神は私にとって厳父のような存在であり、聖書は絶対の戒律として読んだ。学校側の「やや偏った」宗教教育の影響だろう。先月、私は武蔵豊岡教会(日本基督教団)の主日礼拝に参列して、プロテスタントの敬虔な祈りを初めて知った。

◆主な参考文献など:
「神さまが共におられる神秘」 稲川圭三著(雑賀編集工房・2012年)四六判・178頁。説教17編を収録。
「神さまのまなざしを生きる」 稲川圭三著(雑賀編集工房・2012年)A5判・298頁。説教70編を収録。
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