三多摩の鐘

The Bells of San Tama -関東のキリスト教会巡り-

大斎節第2主日の聖餐式

2013年02月27日 | 聖公会の礼拝
正門から望む立教大学モリス館
(住所:東京都豊島区西池袋3-34-1)

2月24日(日)、立教大学チャペルで大斎節第2主日の聖餐式に参列した。昨年の降臨節第2主日以来、私にとって聖公会の礼拝は6回目。福音朗読は、イエスがエルサレムのために嘆かれた場面(ルカ13・31-35)。市原信太郎司祭(立教池袋中学・高校チャプレン)は、「死と復活、昇天に向けて、イエスは『小さい完成』を積み重ね、生涯を成し遂げられた。大斎節中、私たちの生涯も『小さい完成』で成り立っていることを心に留めて過ごしましょう」と話された。

説教の後、「ニケヤ信経」を唱える。「聖霊によっておとめマリヤから肉体を受け、人となり」の言葉、つまり受肉の神秘の個所で、アコライト(侍者)や一部会衆がお辞儀をする。カトリックの『ローマ・ミサ典礼書の総則(暫定版)』275項に、「ニケア・コンスタンチノープル信条」の受肉の神秘が唱えられる個所では、「深く頭を下げる」と明記されているが(注)、それを実際に見たのはこの日の聖公会の聖餐式だった。身体の動作を通して、私も神への畏敬を自覚しよう。

礼拝後、この日もキャンパスを散策した。六大学野球が開幕すると、モリス館前の通称「四丁目」付近で応援団が気勢を上げていたことを思い出す。学ラン集団の雄叫び、ブラスバンドの咆哮。旗手長が掲げる大団旗の冠頭は、何と十字架だった。私はモリス館と対照的なアナクロニズムのショーを目の当たりにして、呆然と立ち尽くしたものである。在学中、神宮球場で観戦することはなかったが、今もたまに勇壮な応援歌「行け立教健児」を口ずさむことがある。


<2013年2月現在、第一学食のカレーライス280円也>

(注):『ローマ・ミサ典礼書の総則(暫定版)』は、カトリック中央協議会のWeb文書館で閲覧可能。

◆聖餐式で歌われた聖歌:
ミサ曲譜3-a(キリエ、サンクトゥス、アニュス・デイ)、入堂聖歌:133「イェスは閉じたる門に立ちて」、129「四十日(よそか)経るまで」、奉献聖歌:365「地にひれふして」、派遣聖歌:427「世界の国と民よ」。(番号は「日本聖公会聖歌集」による)
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四旬節第2主日のミサ

2013年02月25日 | ミサ聖祭
ある晴れた日のカトリック府中教会
(住所:東京都府中市府中町1-40-11)

手にするのも穢らわしいニッポンの週刊誌が、半狂乱のように中国への「開戦熱」を煽っている。戦前ニッポンが軍民一体となって「暴支膺懲(ぼうしようちょう。中国を懲らしめよ)」を叫んで自滅した過ちを繰り返している。それにしても、中国を「三流国家」と罵る「三流週刊誌」の破廉恥には言葉を失う。これらの読者は「暴支膺懲」を喚き散らす愛国心に燃えつつ、巻頭のグラビア・アイドルに萌えているのだろう。ニッポン人の排外的国粋主義は滑稽で物哀しい。

2月24日(日)、府中教会で四旬節第2主日のミサに与った。午前8時、ミサ開祭。福音朗読は、イエスの変容の場面(ルカ9・28b-36)。主任司祭のビッフィ・マウリツィオ神父は、「イエス様が変容されたのは、十字架の受難の後に輝く姿があるということを悟らせるためでした。しかし、ペトロは眼前の輝く別世界に留まりたいと言う。すると、『これに聞け』という神様の声が聞こえた。つまり、正しいことはイエス様が示される道であり、ペトロの想像ではないのです」と話された。

「私たちの信仰生活でも、別世界に留まって自分が救われると信じても意味がない。別世界に逃げるのではなく、イエス様のように社会の中で、社会の仲間と共に、社会に汚されながら、社会を神様が望まれる方向に変える。神様から力をいただいて、人のために働く。今日の福音は、そんなメッセージも込められていると思います」。神父様の言葉が心に強く響いた。私が教会へ通う理由の一つに、牢獄のようなニッポン社会からの「逃避」がないとは言えないからだ。


カトリック府中教会聖堂
(聖堂後方を見る。入口の左に泣き部屋、右に告解室)

◆この日のミサ中の主な歌:
ミサ曲4(典礼聖歌215-217)、入祭:典礼聖歌311「神を求めよ」、奉納:典礼聖歌171「わたしたちは神の民」、拝領:典礼聖歌46「神の注がれる目は」、閉祭:典礼聖歌397「すべての国よ神をたたえ」。

<付記>
この日、「感謝の賛歌」の直後、マウリツィオ神父が会衆に一言話された。「ミサの中で教皇ベネディクト16世のお名前が読まれるのは、今日の主日が最後です。皆さん、どうか教皇様のためにお祈りください」。私も万感の思いで奉献文に耳を澄ませた。「わたしたちの教父ベネディクト16世・・・」。
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大斎節第1主日の聖餐式

2013年02月21日 | 聖公会の礼拝
東京都選定歴史的建造物の立教大学モリス館
(住所:東京都豊島区西池袋3-34-1)

2月17日(日)、立教大学チャペルで大斎節第1主日の聖餐式に参列した。昨年の降臨節第2主日以来、私にとって聖公会の礼拝は5回目。午前10時、振り香炉と行列用十字架を先頭に、司祭団が厳かに入堂。福音朗読はカトリックの四旬節第1主日と同じ個所(ルカ4・1-13)。佐藤忠男主教(立教学院チャプレン長)は、「大斎節中は禁欲の我慢比べの時ではなく、イエス様の私たちに対する豊かな愛を知り、教会が感謝と喜びに満たされる時です」と話された。

奉献聖歌「イェスきみ イェスきみ」を歌う。作詞は米国の女性詩人ファニー・クロスビー(注)。生後間もなく失明したが、生涯に6千を超える詩を書いた。代表作の聖歌「あなうれし わが身も(Blessed Assurance)」は、映画「プレイス・イン・ザ・ハート」(1984年)や「バウンティフルへの旅」(1985年)を通してご存じの方も多いと思う。1997年、日本基督教団が『讃美歌21』を刊行した時、クロスビーの詩は一篇も再録されなかったから、聖公会の礼拝で歌えるとは思わなかった。

礼拝後、この日もキャンパスを散策した。モリス館の東隣りに、1960年竣工の図書館新館がある。「新館」とは言っても、私の学生時代は既に旧館のように古ぼけていた。設計は東京カテドラルなどを手がけた丹下建三氏。この「新館」は正真正銘の旧館(下写真)と繋がっており、私はそこの大正時代の雰囲気が漂う閲覧室で本を読むのが好きだった。昨年秋、大規模な新図書館の開館によって、懐かしい旧・新館のコンビは図書館としての長い使命を終えた。


1918年竣工の立教大学図書館旧館

(注):Fanny Crosby(1820-1915年)。2006年版『日本聖公会聖歌集』はクロスビー作詞の聖歌を3篇収録(128「イェスきみ イェスきみ」、518「きよき岸辺に」、535「あなうれし わが身も」)。

◆聖餐式で歌われた聖歌:
ミサ曲譜3-a(キリエ、サンクトゥス、アニュス・デイ)、入堂聖歌:129「四十日(よそか)経るまで」、130「霊に送られ」、奉献聖歌:128「イェスきみ イェスきみ」、派遣聖歌:131「荒野に送られ」。(番号は「日本聖公会聖歌集」による)

◆主な参考文献など:
・「聖歌のしらべ 古今聖歌集作曲者略解」 佐藤裕著(聖公会出版・1987年)
・「賛美歌・聖歌ものがたり 疲れしこころをなぐさむる愛よ」 大塚野百合著(創元社・1995年)
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四旬節第1主日のミサ

2013年02月19日 | ミサ聖祭
カトリック立川教会の大十字架
(住所:東京都立川市錦町2-8-10)

2月16日(土)、立川教会で四旬節第1主日のミサに与った。教皇様の退位宣言を受けての四旬節である。教皇庁のロンバルディ報道官によれば、「教皇の健康状態は良好。ベネディクト16世が教皇職を辞任したのは、病気のためではなく、高齢による衰えのため」という(カトリック中央協議会公式サイトより)。2月28日、教皇様は「カステル・ガンドルフォ(ローマ教皇の離宮がある街)に移り、継続中の仕事を終えた後に、バチカン内の隠棲修道院に居住」される。

午後5時、ミサ開祭。福音朗読は、イエスが悪魔から誘惑を受けられた場面(ルカ4・1-13)。司式の外国人司祭(お名前を失念しました)は、「四旬節中、意識的に行うことが3つあります。まず、祈り。神様を思い出すために、短い簡単な言葉で常に祈りましょう。次に、断食。飲食を節制することは大切ですが、怒りの感情を抑える『怒りの断食』も捧げましょう。そして、施し。身近で苦しんでいる人のために、できる範囲で施しをしましょう。神様も喜ばれます」と話された。

「四旬節は日々の生活をふり返り、反省する時期でもあります。今日の福音の中で、イエス様が悪魔と戦われたように、私たちも聖霊の力によって誘惑に打ち勝つことができます」。神父様のお説教、殊に「怒りの断食のすゝめ」が身に沁みた。何しろ、私ときたら毎日が「怒りの飽食」なのだから。さて、この日は灰の水曜日のミサを欠席した信徒のために「灰の式」が行われ、少量の灰が頭に振りかけられていた。薄汚れた塵のような私も、小さくなって塵に帰る。


カトリック立川教会聖堂

◆この日のミサ中の主な歌:
ミサ曲は読誦。入祭:典礼聖歌117「主は豊かなあがないに満ち」、奉納・拝領:オルガン奏楽、閉祭:カトリック聖歌161「あわれみのみ心よ」。
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聖歌「見よや十字の旗高し」

2013年02月15日 | 聖公会の礼拝
「四丁目」越しに見る立教大学モリス館
(住所:東京都豊島区西池袋3-34-1)

昨年の降臨節第2主日以来、私は立教大学チャペルに足を運ぶようになった。僅か1年の学生生活だったが、キャンパスを散策する度に、あの頃の思い出が次々と甦ってくる。タッカー・ホール(講堂)での入学式も覚えている。「講堂」とは言うが、新入生全員を収容することができず、式典は学部別に分散して行われた。この日、角帽とガウンを召した総長の式辞は忘れたが、閉式の際に歌った古今聖歌300番「見よや十字の旗高し」の調べは強く印象に残った。

作曲者は英国のサリヴァン(Arthur Sullivan:1842-1900年)。脚本家のギルバートと組んだ喜歌劇「軍艦ピナフォア」「ミカド」などが知られている。「見よや十字の旗高し」は1871年の作で、その勇壮な調べによって広く愛唱されるようになった。米国の「マーチ王」と称されるスーザ(注1)の行進曲「力と栄光」や、スーザほど有名ではないが、カーター(注2)の行進曲「ボストン・コマンダリー」に、この聖歌の旋律が採り入れられているから、当時の人気のほどがうかがえよう。

ところが、この聖歌は現行の『日本聖公会聖歌集』と日本基督教団の『讃美歌21』(1997年改訂)から削除されている。「寄らば斬るぞの十字軍」を思わせる好戦的な歌詞が忌避されたのだろうか、例えば2節では「イェスの御旗を掲げなば、あた(敵)はおののき、逃げ隠れ」と歌っている。2006年、日本聖公会が『古今聖歌集』(1959年)を改訂した時、この聖歌は原詩を見直して継承する「救済策」も取られなかった。しかし、私にとっては不滅の「青春聖歌」なのである。


立教大学タッカーホール(講堂)
“ 見よや十字の旗高し 君なるイェスは先立てり ”

(注1):John Philip Sousa(1854-1932年)。代表作「星条旗よ永遠なれ」「雷神」「美中の美」など。
(注2):Thomas M. Carter(1841-1934年)。唯一の代表作「ボストン・コマンダリー」は、米国の名門吹奏楽団ゴールドマン・バンドのCD「The Golden Age of the American March」(New World:80266-2)で聴くことができる。むかし、吹奏楽部員だった私の愛聴盤。

<追記>
聖歌「見よや十字の旗高し(Onward, Christian Soldiers)」の作詞者は、英国聖公会司祭のサバイン・ベアリング=グールド(Sabine Baring-Gould:1834-1924年)。日本語の歌唱は、CD「なつかしの讃美歌 BEST 40」(Pony Canyon:PCCL-00587)で聴くことができる(歌詞は1954年版『讃美歌』379番による)。

◆主な参考文献など:
・「聖歌のしらべ 古今聖歌集作曲者略解」 佐藤裕著(聖公会出版・1987年)
・「聖公会の聖歌 いのちを奏でよ」 宮光著(聖公会出版・2006年)
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