三多摩の鐘

The Bells of San Tama -関東のキリスト教会巡り-

主の降誕(日中のミサ)

2012年12月31日 | ミサ聖祭
ミサ当日のカトリック麻布教会
(住所:東京都港区西麻布3-21-6)

12月25日(火)、麻布教会で主の降誕の日中のミサに与った。かつて、御降誕の大祝日は真夜中のミサ、暁(あかつき)のミサ、日中のミサと計3回行われた。戦前の実話だが、メイラン神父は埼玉の入間宮寺教会で真夜中のミサを捧げた後、厳冬の夜道を歩き続け(!)、東京の八王子教会で暁のミサ、さらに泉町教会で日中のミサを捧げたという。しかも、当時は御降誕の大祝日の前日は大斎を守る日だった。「鋼鉄」と謳われたメイラン師の面影が偲ばれる。

寒風吹き荒ぶ六本木を歩いて、麻布教会に到着。午前9時30分、ミサ開祭。入祭の歌「しずけき」を歌う。私の近くで小さな女の子が「しーずけきー、まーよなかー」と元気よく歌っている。十字架を先頭に司祭と侍者が厳かに入堂。そして、私にとっては久々の歌唱ミサが始まった。「栄光の賛歌」の時、鉄パイプが突然落下したような物音に驚く。何とそれは鐘楼の鐘が打ち鳴らされていたのだ。福音朗読は、「初めに言(ことば)があった」で始まるヨハネ福音書(ヨハネ1・1-18)。

主任司祭の稲川圭三神父は、「イエス様はお生まれになる前から永遠に存在していたことを、学者の方々は『キリストの先在(せんざい)』と呼んでいます。天地創造の前から神と共におられ、神であられたイエス様が人となり、私たちのうちに宿ってくださる。これがクリスマスの神秘です」と話された。私は昨年の八王子教会での夜半ミサを思い出しながら、懐かしい稲川神父の言葉に聞き入っていた。主の御降誕、おめでとうございます。全世界に平和が訪れますように。


カトリック麻布教会聖堂
“ Hodie Christus natus est(今日、キリスト生まれぬ) ”

◆この日のミサ中の主な歌:
ミサ曲1(典礼聖歌203-206)、入祭:カトリック聖歌111「しずけき」、奉納:カトリック聖歌655「ああベトレヘムよ」、拝領:カトリック聖歌653「まきびと」、カトリック聖歌113「きたれ友よ」、カトリック聖歌121「あめのみつかいの」、閉祭:カトリック聖歌654「もろびとこぞりて」。

◆主な参考文献など:
・「追憶の樹蔭・メイラン神父の面影」 聖ベルナデッタ会編(中央出版社・1955年)
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主の降誕(夜半のミサ)

2012年12月29日 | ミサ聖祭
ある晴れた日のカトリック高幡教会
(住所:東京都日野市程久保4-7-14)

12月24日(月)、高幡教会で主の降誕の夜半ミサに与った。厳寒のイブの夜、自宅から最寄り駅へ向かうと、讃美歌の歌声が聞こえてきた。駅前で地元のプロテスタント教会(ホーリネス教団)の聖歌隊が歌っている。讃美歌は「神の御子は今宵しも」、カトリックでは「きたれ友よ(アデステ)」のタイトルでお馴染みだ。聖歌隊員はコーヒーの無料サービスも提供し(!)、道行く人たちが喉を温めていた。「ずいぶん宣教熱心だなあ」と驚きつつ、私は改札口へ急いだ。

京王線の多摩動物公園駅で下車。暗闇に包まれた多摩丘陵がお出迎え。主の天使が告げた羊飼いたちのように、私は「いそぎゆきて拝まずや」と夜道を進んだ。午後7時、ミサ開祭。聖堂内は超満員である。幻想的なキャンドル・サービスの中、「きよしこのよる」を歌う。十字架を先頭に司祭と侍者が入堂し、祭壇前の「馬小屋」に幼子イエスの御像が置かれた。「栄光の賛歌」の間、侍者の子どもたちが鳴らし続ける鈴とハンドベルの音が御降誕の喜びに花を添えた。

福音朗読は、主イエス御降誕の場面(ルカ2・1-14)。主任司祭の高木健次神父は、「私たちは救い主が幼子の姿でお生まれになったことをお祝いします。神様の救いは始まっています。その与えられた救いを育む恵みを願いましょう」と話された。この日は全会衆に「献堂30周年記念誌」(注)が配布された。私にとっては何よりのクリスマス・プレゼントである。謹んで主の御降誕のお慶びを申し上げます。「つきぬいのちを与うるために、いまぞ生れし君をたたえよ!」


カトリック高幡教会の「馬小屋」
“ Der Heiland ist gekommen(救い主は来られた)! ”

◆この日のミサ中の主な歌:
ミサ曲2(典礼聖歌208-210)、入祭:讃美歌109「きよしこのよる」、洗礼式:典礼聖歌343「諸聖人の連願」、奉納:カトリック聖歌113「きたれ友よ」、拝領:カトリック聖歌653「まきびと」、カトリック聖歌121「あめのみつかいの」、カトリック聖歌655「ああベトレヘムよ」、閉祭:カトリック聖歌654「もろびとこぞりて」。(この日はミサ中に洗礼式と転会式があった)

(注):教会報「あゆみ」の特集号(全74頁)。今年は高幡教会の現聖堂が献堂されて30周年を迎えた。
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プロテスタント教会のクリスマス

2012年12月27日 | プロテスタント
演奏会当日の明治学院記念館
(住所:東京都港区白金台1-2-37)

待降節第4主日の前日(12/22)、明治学院大学グリークラブの第64回定期演奏会に行った。場所は白金キャンパスのチャペル、ヴォーリズ設計の礼拝堂である。待降節にちなんだプログラムは、バッハの宗教音楽など。島崎藤村作詞の「明治学院校歌」を聴けたのは幸甚であった。この演奏会のチケットは、私が南三鷹教会(日本基督教団)の主日礼拝に初めて参列した時に、親切な信徒のご婦人からいただいたもの。その御礼を兼ねて、再び三鷹を訪ねることにした。

12月23日(日)、南三鷹教会のクリスマス礼拝に参列した。プロテスタントのクリスマスは24日夜半の「燭火礼拝」が頂点となるが、その直前の主日に「クリスマス礼拝」を行う教会が多いようだ(燭火礼拝に参加できない信徒のためだろう)。プロテスタント系の高校時代、私たちもクリスマス礼拝を厳かに守った。この日だけは、ムサクルシイ男子校が華やかになるのだ(笑)。さて、私は礼拝堂の玄関でご婦人にお会いすることができ、御礼に演奏会のパンフレットを差し上げた。

午前10時20分、礼拝はオルガンの厳かな奏楽で始まった。この日の説教は、聖書朗読(マタイ1・18-23)に基づく「神は我々と共に」という主題。吉岡喜人牧師は、「神は世の救いを待ち望む民に、主イエスを遣わされた。恐れを喜びへ変えてくださる方が来られた。そのことを祝うのがクリスマスです」と話された。説教と祈りの後、讃美歌「天なる神には」を歌う。19世紀のキャロルだが、舟歌のような優しい調べである。「♪主イェスを平和の君とあがめ、あまねく世の民高く歌わん」。


宵闇の明治学院(白金キャンパス)
“ Nun komm, der heiden Heiland! ”

◆礼拝式で歌われた讃美歌:
讃詠:25「父・子・聖霊に」、讃103「牧人ひつじを」、讃109「きよしこのよる」、讃114「天なる神には」、洗礼式:67「貴きイェスよ」、聖餐:81「主の食卓を囲み」、頌栄:26「父・子・聖霊の」。(番号は「讃美歌21」による。なお、讃が付く番号は「讃美歌・讃美歌第二編」による)

<付記>
この日は礼拝中に洗礼式があった。新受洗者は「母親のお腹にいた頃から教会に通っていた」という中学生の少年。プロテスタントは聖人への崇敬を認めないので、「諸聖人の連祷」や「洗礼名の授与」などは行わない。牧師の滴礼(受洗志願者の頭に水を振りかける)によって洗礼が授けられる。
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待降節第4主日のミサ

2012年12月25日 | ミサ聖祭
カトリック立川教会の聖家族像
(住所:東京都立川市錦町2-8-10)

衆院選から1週間が経った。まさにワイマール共和国の崩壊が現実のものとなった。有権者の多数を占める(と思われる)テレビ中毒者の絶大な支持を受けて、安倍晋三と自民党は「世界で最も品性下劣な国づくり」を始めるだろう。早速、安倍は原発の新設・増設を行う可能性に言及。だが、それは原発死守を容認した「国民の厳粛な信託によるもの」だ。自分たちの子や孫が犠牲にならない限り、退嬰(たいえい)的なテレビ中毒者は目先の快楽に耽っているだろう。

12月23日(日)、立川教会で待降節第4主日のミサに与った。聖堂に入ると、アドヴェントのローソクも4本目が灯っていた。午前8時、ミサ開祭。福音朗読は、マリアのエリサベト訪問の場面(ルカ1・39-45)。主任司祭のチェレスティーノ・カヴァニャ神父は、「アヴェ・マリアの祈りは、教会が大切に守ってきた祈りです。そこにはマリアとエリサベトが理解を超えた状況(受胎告知、高齢出産)にもかかわらず、神を信頼して全てを委ねたことが表されています」と話された。

「苦しみの中にあっても、私たちは神を信頼しましょう。必ず救いが訪れます。クリスマスを祝うのは、人生の闇に光が照らされ、救われるということなのです」。ミサ後、チェレスティーノ神父は祭壇脇のプレゼピオに、幼子イエスの御像を置かれた。まさに救い主誕生の瞬間だ。帰宅後、私はレーゲンスブルク大聖堂の少年聖歌隊が歌うクリスマスCDを聴いた。指揮はゲオルク・ラッツィンガー師、教皇ベネディクト16世の兄上である。いよいよ、明日は御降誕前夜ミサだ。


カトリック立川教会の「馬小屋」
“ いまぞ救いは来ぬ 地のよき人らに・・・ ”

◆この日のミサ中の主な歌:
ミサ曲は読誦(待降節中、栄光の賛歌は唱えない)。入祭:典礼聖歌301「天よ露をしたたらせ」、奉納・拝領:オルガン奏楽、閉祭:カトリック聖歌103「あわれみの神」。

◆参考CD:
・「レーゲンスブルク大聖堂少年合唱団のクリスマス」 ゲオルク・ラツィンガー指揮(BMG:BVCD-5042)
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聖心女子大学クリスマス・ミサ

2012年12月23日 | ミサ聖祭
クリスマス・ミサ当日の聖心女子大学
(住所:東京都渋谷区広尾4-3-1)

12月20日(木)、聖心女子大学聖堂でクリスマス・ミサに与った。カトリック系の聖心女子大では毎週木曜日に学生ミサが行われ、「どなたでもご参加いただけます」(聖心女子大サイト)。この日、私は都心に所用があり、ひと足早いクリスマスとなった。さて、「女子大へ忍びこむ怪しい男」と思われないために、万全を期して警備室に入構の許可を求めた。「どちらへご用ですか」。「あの、おみどうの御ミサへ」。わざと“カトリック用語”を駆使して、好印象を得ようと必死な私。

午後12時15分、ミサ開祭。入祭の歌「きたれ友よ(アデステ)」を歌う。スチーブ・マックイーンらが主演した映画「大脱走」(1963年・米国)の中で、連合軍の捕虜たちがこの歌を合唱していた場面をご存じの方もあるだろう。この日、上智大学から来られたという司式司祭(お名前を失念しました)は、「東京は光に満ちあふれています。欧州での研究生活が長かった私は、今もこの明るさに戸惑っています。あの光は私たちを照らし、私たちの心を導くものでしょうか」と話された。

「本当の光とは、このミサでお祝いする一人の幼子。私たちが世を明るくしようとしても、本当の救いは得られない。今日その救いが与えられたのです」。以前、私はベルリンの壁崩壊後の東欧を、バックパッカーの貧乏旅行で訪れたが、東京のような電飾都市はなかった。ニッポンは大震災後の節電ファシズムもどこへやら、再び光の洪水に溺れている。退廃的なテレビ中毒者が先の衆院選で原発死守を容認したのも、「むべなるかな」と思う。私は「光よりの光」を求めよう。


聖心女子大学聖堂

◆この日のミサ中の主な歌:
ミサ曲は読誦。入祭:カトリック聖歌113「きたれ友よ(アデステ)」、奉納:カトリック聖歌121「あめのみつかいの」、拝領:カトリック聖歌111「しずけき」、閉祭:カトリック聖歌654「もろびとこぞりて」。
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