平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

「岬にて」 小松左京~この場所は「自分が宇宙の微塵に過ぎないこと」を感じさせてくれる

2023年06月03日 | 小説
 シャドウ群島──
 そこは宇宙に近い場所。人が年をとり、消えていくために来る場所だ。

 そこには中国人、西洋人、ベトナム人などの老人がいる。
 彼らは宇宙を感じるために麻薬を嗜んでいる。
 阿片を吸い、酔生夢死の状態を愉しんでいる。

 彼らはやって来た青年に人類と麻薬(植物性アルカロイド)の歴史を語る。

・酒、煙草、茶、コーヒーなどの嗜好品
・香辛料の軽い中毒症状や習慣性。香辛料を求めて世界を巡ったヨーロッパ人の渇仰。
・農業を始めたとされる中国の伝説の皇帝・炎帝(神農氏)。
 炎帝は山野のありとあらゆる植物を食べて、薬になる何百種類という植物を見つけた。
・日本の奈良に当麻寺(たいまでら)でつくられている陀羅尼助という腹薬。
・神社の神符の中に入っている大麻。
・バラモン教の覚醒剤を使った秘術。
・アメリカのインディアンのきのこ。

 これらから老人たちは青年にこんなことを語る。

「われわれの時代は、理性を過大評価しているのかもしれんな」
「吸い込んだだけで、恍惚となる香りがあることを思うと、これから先は〝古代の知恵〟である、フェロモンや向精神薬のことを、もっと考えなきゃいけないだろう。
 ──人類の幸福のために……」


 死を間近にした老人たちは宇宙を感じるために、宇宙に一番近いこの島に住み、麻薬を嗜んでいる。

「ここにすわって、風と波と、日と月と星にむかっていれば、濁った地上、汚れた人間社会よりずっと宇宙がよく見え、身近に感じられる。
 ……宇宙と、その時の流れが自分の中を貫いていくのが感じられ、自分が宇宙の微塵のひとつに過ぎず、しかも微塵であってなお宇宙の一員として宇宙と同じ変化を生きていることが感じられる……」


「問題となるのは、その中に自分が含まれ、自分の中を貫いて流れていくことを感じさせる宇宙だ。
 人間が、ずっと古代から……まだ文明を築きあげぬころから、野獣や鳥たちと一緒に感じていた、あの宇宙だ……。
 生まれ、生き、人生をきずいた上で、さらにその先に年をとって死んでいくには、宇宙の一番よく見える所で、毎日それを眺め、呼吸しなくてはならん。
 幸福な死に方というものは、次第次第に、地上の存在を消して行き、透明になって宇宙の中へ消えていくことだ……」

 ………………………………………………………

 人は死んで「宇宙の塵」となる。
 というより、人に限らず、地上のあらゆる生物がこの真理の中で生きている。

 ただ、人には理性があり、文明があり、果てしない欲望があるので、この「真理」が見えにくい。
 特に若者は生命力にあふれ、欲望がいっぱいで、人生の時間もあるので、この真理が見えにくい。
 文明社会に住む老人は年をとっても欲望に囚われ、この真理に触れることなく死んでいく。

 小松左京の「岬にて」は、すぐれた「哲学」「人生論」「文明論」「宗教論」である。
 1960年代のベトナム反戦運動の若者やヒッピーたちはLSDを吸い、宇宙を感じようとした。
 それは近代の否定。文明社会の否定。
 古代の思想に学ぶこと。
 おそらく小松左京はここから着想を得て、この作品を書いたのだろう。

 理性の上に築き上げられた文明社会は生きづらい。
 生きづらい所か、愚かな戦争までやっている。
 宇宙を感じて、もっと自然に生きていこう。

 改めて、このメッセージを噛みしめたい。

コメント (7)
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