短編推理小説の構成について。
松本清張の「一年半待て」は、事件のあらましを前半で描き、後半で事件の真相を描いている。
これは「天城越え」でも同じ構成。
推理小説は「犯人がそう見せかけようとした事件」を探偵が嘘だと見抜き、「事件の真相」を暴くものだから、この構成は有効だ。
読者は最初描かれたとおりの事件の概要を信じ込み、後で種明かしをされるからあっと驚く。
江戸川乱歩や横溝正史の作品、あるいは密室を扱った作品などは事件自体があっと驚かされるもので、その種明かしをされるとさらに驚かされる奇術の様なものだが、清張の作品は違う。
事件自体は夫に愛人が出来たというような週刊誌の片隅に乗るような事件、あのある意味平凡な事件に人間の深い情念がある様なものが多い。
さて「1年半待て」(以下、ネタバレ)
「まず、事件のことを書く」という書き出しで書かれる前半は、須村さと子という女性が夫を殺した顛末が描かれる。
働かない夫。さと子は保険の外交で夫を養っている。
酔って暴力をふるう夫。
愛人ができた夫。相手はさと子の学生時代の友人で小さな飲み屋をしている女。
そんな夫の暴力に耐えられず、ついにさと子が夫を殺害してしまったこと。
さと子のことは週刊誌などにも取り上げられ、弁護士で女性評論家の後押しもあって、執行猶予がついたこと。
清張は事件の顛末をただ書くだけではメリハリがないと考えたのか、「それからの出来事は供述書を見た方が早い」という一文で、供述書で描写している。この方法は文章表現のテクニックとして覚えておきたい。
そして後半。
さと子を弁護した評論家・高森たき子の所にひとりの男がやって来る。
男は岡島久男。
ダムで働いていて、さと子の保険の勧誘を受けていた男。
そしてさと子が好意を寄せていた男。
さと子の好意に対して岡島も満更でなかった様だったが、岡島はさと子の夫殺しに至る行動で不審な点をたき子に話していていく。
それは次のようなもの。
さと子は夫を拒み、性交渉をさせなかったこと。(結果、他に女を作った)
夫に愛人ができたのなら、ましてそれが知り合いであるのなら、普通愛人の所に乗り込むのではないか?ということ。
あるいは、さと子が「一年半待ってくれ」と岡島に言ったこと。
それは岡島の想像で組み立てたことであったが、さと子の不審な行動自体がさと子の偽装、嘘を物語っている。
そしてラストを切れ味よく締めるのは、短編小説の醍醐味。
岡島は次のようなせりふと文章でラストを締める。
「さと子さんの計算は、そこまで行き届いていたようです。ただ。ただ、たったひとつの違算は、一年半待たせた相手が逃げたということです」と、いい終わると、頭を下げて(彼は)部屋を出て行った。
★追記
文章は、前半のさと子の事件のあらましは客観描写で(供述書もあり)、
後半は岡島の来訪を受けた高森たき子の主観で描かれている。
前半はさと子の主観ではなく、客観描写で描かれているため、さと子の実際の犯罪が読者には見えてこないという仕掛けだ。
松本清張には、こうした主観を変えることで推理小説を形作ってしまう手法が多い。
松本清張の「一年半待て」は、事件のあらましを前半で描き、後半で事件の真相を描いている。
これは「天城越え」でも同じ構成。
推理小説は「犯人がそう見せかけようとした事件」を探偵が嘘だと見抜き、「事件の真相」を暴くものだから、この構成は有効だ。
読者は最初描かれたとおりの事件の概要を信じ込み、後で種明かしをされるからあっと驚く。
江戸川乱歩や横溝正史の作品、あるいは密室を扱った作品などは事件自体があっと驚かされるもので、その種明かしをされるとさらに驚かされる奇術の様なものだが、清張の作品は違う。
事件自体は夫に愛人が出来たというような週刊誌の片隅に乗るような事件、あのある意味平凡な事件に人間の深い情念がある様なものが多い。
さて「1年半待て」(以下、ネタバレ)
「まず、事件のことを書く」という書き出しで書かれる前半は、須村さと子という女性が夫を殺した顛末が描かれる。
働かない夫。さと子は保険の外交で夫を養っている。
酔って暴力をふるう夫。
愛人ができた夫。相手はさと子の学生時代の友人で小さな飲み屋をしている女。
そんな夫の暴力に耐えられず、ついにさと子が夫を殺害してしまったこと。
さと子のことは週刊誌などにも取り上げられ、弁護士で女性評論家の後押しもあって、執行猶予がついたこと。
清張は事件の顛末をただ書くだけではメリハリがないと考えたのか、「それからの出来事は供述書を見た方が早い」という一文で、供述書で描写している。この方法は文章表現のテクニックとして覚えておきたい。
そして後半。
さと子を弁護した評論家・高森たき子の所にひとりの男がやって来る。
男は岡島久男。
ダムで働いていて、さと子の保険の勧誘を受けていた男。
そしてさと子が好意を寄せていた男。
さと子の好意に対して岡島も満更でなかった様だったが、岡島はさと子の夫殺しに至る行動で不審な点をたき子に話していていく。
それは次のようなもの。
さと子は夫を拒み、性交渉をさせなかったこと。(結果、他に女を作った)
夫に愛人ができたのなら、ましてそれが知り合いであるのなら、普通愛人の所に乗り込むのではないか?ということ。
あるいは、さと子が「一年半待ってくれ」と岡島に言ったこと。
それは岡島の想像で組み立てたことであったが、さと子の不審な行動自体がさと子の偽装、嘘を物語っている。
そしてラストを切れ味よく締めるのは、短編小説の醍醐味。
岡島は次のようなせりふと文章でラストを締める。
「さと子さんの計算は、そこまで行き届いていたようです。ただ。ただ、たったひとつの違算は、一年半待たせた相手が逃げたということです」と、いい終わると、頭を下げて(彼は)部屋を出て行った。
★追記
文章は、前半のさと子の事件のあらましは客観描写で(供述書もあり)、
後半は岡島の来訪を受けた高森たき子の主観で描かれている。
前半はさと子の主観ではなく、客観描写で描かれているため、さと子の実際の犯罪が読者には見えてこないという仕掛けだ。
松本清張には、こうした主観を変えることで推理小説を形作ってしまう手法が多い。