荒井善則展覧会情報

旭川と長野を中心に、作品活動をしています。その中で、展覧会情報をお送りします。

展覧会情報「アートに見るアートのかたち」展

2013年08月31日 | 日記


「アートに見るアートのかたち」シャガールから草間彌生、初音ミクまで
2013年4月26日(金)~9月1日(日) a.m.10:00~p.m.10:00
森美術館 WWW.MORI.ART.MUSEUM
東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53F. Tel.03-6406-6101

ロダン、ブランクーシー、デミアン・ハースト、ダリなどの絵画やや彫刻、写真や動画の映像が会場を埋める。

愛の形-見える愛、見えない愛、いろいろな愛があり、人それぞれの感じる愛がある。

そして、人それぞれに表現する愛は様々。

夏休みが終わる直近、会場には愛を見詰める若い女性の観客らで賑わう。

普段の美術展には無い雰囲気は、語り合う人々の声、愛の結晶の子どもの泣く声や叫び声、生活の延長が会場から漂って来る。

これも愛ゆえ、早々に会場をあとにした。

ちょっ蔵おいらい館

2013年08月30日 | 日記


長野市立博物館・屋外展示の礎石

都市計画道路整備事業の道路拡幅から移動させた江戸時代の商家を、長野市立博物館付属

施設として活用する市民ギャラリー。

「ちょっ蔵おいらい館」は、「ちょっと いらして下さい」、とうい方言をネーミング

した。

長野市立博物館には、故夏目隆一氏が寄贈した、全国の土人形約7000点がコレクション

されている。

今回の展示は、長野県中野市の中野土人形をはじめ青森、京都、宮崎各地の「かわいい」

をテーマに、江戸時代の蔵に約50点が色鮮やかに並ぶ。

380-0831 長野市東町165-3  9月1日まで。a.m.9:00~p.m. 5:00
Tel.&Fax.026-235-0100
門前商家 ちょっ蔵おいらい館

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2013年08月29日 | 日記



個展やグループ展の搬入搬出・展示は、作品制作の一環のこともありほとんどを

自分自身で行う。

7月3日から8月28日まで、中野市の「アートミュージアム まど」での個展が終わる。

「アートミュージアム まど」は、NPO法人として展覧会を主催するギャラリー、

主宰する金井さんは、油彩を中心とするコレクターとして個性ある作品を収蔵し、

いろいろな企画展を開催する。

旭川と長野を頻繁に往復する中で知り合い、荒井善則の個展を開催していただいた。

約2ヶ月近い展覧会開催は、私にとって始めての経験であり、故郷からの応援として

勇気をもらった。

その展覧会が楽日を迎え、2時間で搬出作業が終わった。

このまま作品を旭川に戻すと、アトリエ空間はすっぽりと埋まる。

さりとて長野の仕事場に置くと、身動きが取れない。

ゴミ焼却場行きでは、費用を掛け、手間を掛けた作品故、もったいない。

「どうすりゃいいのよ、このわたし、夢は夜ひらく」まで、次の出番を待つしかない。

帰りしな、小布施の穴観音の湯につかり汗と疲れを取り、気分が回復した頃、別便で作品が届き、

現実に戻った。

あの言葉

2013年08月28日 | 日記


朝から連発していた「暑い、暑い、暑ーい」が、この数日すっかり身を潜めるようになって来た。

天気が良く、風が爽やかになり気持ちが落ち着いて来た。

一番嬉しい事は、寝汗の量が減り朝まで直行することかも知れない。

朝晩の風は、寒いとさえ感じる。

ブドウの実が少し黄色くなり、ナイヤガラ特有の風味も漂うようになった。

今朝の草取りの後、一粒を口に入れた。

甘い。アマーーイまでは行かなくとも、その柔らかな甘さは感動的。

この暑さと太陽から、増々色付きが良くなり甘さが増す。

9月の長野滞在時は、ブドウの収穫を堪能出来そうな予感。

台風予報の中で、ブドウやリンゴの被害に注意、とあっては、心配で帰るに帰られない。

丹波島橋

2013年08月27日 | 日記

戸倉・北国街道筋:220年前の旧作酒屋(現そばや)

川中島は、犀川と千曲川の要所を巡り、上杉謙信と武田信玄の古戦場があった場所である。

その昔、各所には船の渡しがあり、旅人はそれらを利用していた。

大きな川にもかかわらず、丹波島橋は犀川を渡る唯一大きな橋だった。

戦後かけられたアーチ型の橋は姿を消し、常夜灯だけが往時を偲ばせている。

久しぶりに、この丹波島の橋を渡り篠ノ井駅まで川中島白桃を買いに行って来た。

白桃は今が旬、大きく香りが良くて味が良い。

バスや父親の自転車の後ろの座席に揺られ、母の実家に行くには丹波島橋を渡らなければならなかった。

母の実家は桃生産農家で、子供の頃は従兄弟がいつも届けてくれ、夏のフルーツの王様として味わった。

川一つで桃とリンゴの生産地が分かれていて、丹波島の橋がその分岐点のような存在、我が家にはリンゴ

の木が植えられていた。

今では、リンゴも桃の生産も、北上を続けている。