10時前に店へ。ビデオプロジェクターの映写ランプの寿命が来た様子なので、業者の人に交換にきて貰う。ランプの交換なんて自分でも出来ると言いたいところだが、プロジェクターが天井から吊るしてある為、かなりの難作業。とても不器用な58歳の「老人」には出来そうにない。12時半からの『ハナミズキの有る家』のリハの前に、演出助手のKと朝昼兼用の食事。コーンスープに、ソーセージ、スクランブルエッグ、フルーツトマト、アスパラの盛り合わせ、ブルザンチーズとクラッカーに珈琲なんてホテル風。リハはなかなかうまくいかない。素人演出家の限界か?それでも何とかめげずに終了後、Kと音響プランを練って、T氏と打合せ。劇団ギルドの主催者であり、演出家でもあるT氏に音響を手伝って貰うなんて申し訳ない気持になるが、そこはずうずうしく色々注文を出す。快く協力してくれるT氏に感謝。店は打合せ終了後そのままお客さんになってくれたTさんとK、JR東日本のNさんたち、演出家のSちゃん、広尾時代から不思議な女の魅力をふりまく某酒造メーカーのNさんたち、近所の美人姉妹AさんとNさん、昨日に引き続きの来店で、今日で28歳の誕生日を迎えた信託銀行勤務のUさん、フランスから帰国中のH堂のFさん、近所の不良老人Nさん、最近常連になった美容師のKさんたちなどで、週明けの割りにはまぁまぁの賑わい。2時過ぎ、明日行われる70人のパーティ(多分実質的な貸し切り状態)の準備をして帰ろうとした時、音響設備が目茶苦茶になっていることに気づいて愕然となる。昨日イベントをした人間が、原状復帰せずに帰ったのをチェックしてなかったのだ。それにしてもひどい。配線がとんでもないことになっていて、とても素人じゃ元に戻せそうにない。使用料の思い違いがあったからって、仕返しでもしてるつもりなのかと言いたくなる。専門家を呼ぶといくら位かかるんだろ?ビデオプロジェクターのランプ交換に5万弱かかったと云うのに、また音響設備での出費だ。つくづく機械オンチの自分が嫌になる。
今日のイベント『チフリンバンド』の担当者A君の顔がスペース使用料を払う時になって青ざめたのがよく分かった。そりゃ4万5千円だと思っていたものが、9万5千円だと言われたのだから当然と言えば当然だ。どうしてこんな錯誤が起きてしまったのか?ウチのスペースの使用料設定は、週末日祭日は基本料金二万円に入場者一人につき1000円(ドリンク別)と云う計算でされる。つまり入場者が50人の場合は、7万円となる。そこに主催者の希望でドリンクをつけるとなると、お一人様500円が加算される。その計算で行くと今日の場合合計95000円となる。それは契約書にも書いてある。ところが、A君は基本料金に加算されるのは人数分のドリンク代だけだと勘違いしたようだ。事情を説明し、契約書を確認して貰ったら、こっちの請求通り料金を払ってくれた。ところが問題はそれからだ。普通、イベントが終ったら何らかの挨拶をして行くのが常識だと思うのに、料金問題が割り切れなかったのだろう、こっちには何の挨拶もなしに帰ってしまったのだ。気持は分かる。同情もする。でも、こっちは詐欺をした訳ではないし、脅した訳でもない。それなのにこんな後味の悪い終り方はないんじゃないか?え、A君?
今まで深くつきあってきた周りの人間が、何だかみんな俺から遠ざかっていくような思いにとらわれている。現実にはいなくなった訳ではなく、傍にみんないる。でも、俺と接する体の面積がどんどん少なくなっていくような、そんな感じ。だからか、お昼に店に鍵を開けに行った後、誰かとご飯を食べたくなって、Yを強引に呼び出す。俺のあまりの強引さに「何があったの?」と心配げに飛んできてくれたYだったが、「誰かとご飯食べたかっただけ」と云うと、「もう私だって忙しいんだから」とハンバーグを食べると早々に帰ってしまう。呼ばなければよかった。却って人恋しさが増した。部屋に戻り、秋からの芝居の企画書作り。でも、やたら眠い。人恋しさと眠気は真反対な欲望みたいだけど、とにかく眠い。だから再び店に出るまでの五時間あまり、PCに向かうのとベッドで惰眠を貪る時間が半々。それでも何とか企画書だけは仕上げて店へ。イベント以外のお客さんは看護婦のRさんたち、近所の美人姉妹のAさんとNさん、名古屋本社への転勤が決まったCテレビのKさんたちの三組だけ。人恋しい欲望は解消できず。店が終った後、Lちゃんと久しぶりに飲もうと思ったけど、Lちゃんは売約済。ますます人恋しさは募り、部屋に帰ってPCで女の人が俺に向かって妖しい表情を浮かべて誘うサイトを見る。
今日のイベントの為に店へ鍵を開けに行った後、1時から秋に始める予定の「お伽草紙シリーズ・第一回舌切り雀」の本読みを西沢利明さんと共演するこばやしあきこさんと事務所兼の俺の部屋で。うまく行くと、とんでもなくミステリアスな世界が作れそうな予感。六時半に麻布の美容室で月に一度のカミキリ。髪を洗って貰ったり、切って貰っている間、眠ってしまう。まだ疲れが取れない。一度帰宅。九時半に店に出るまで、Kと長電話。男と女の間は、パターンがあるようでないから、その関係が変化する度に新たな対応が迫られる。Kとは新しい関係を作りたい。そんな結論を出した為か、店に出てみれば、今日で二回目の来店となるRちゃんのロリ顔の癖して小生意気そうな顔から目が離せなくなる。Lちゃんに「桃井さんのタイプでしょ?」と聞かれ、「うん」とつい頷いてしまった俺は馬鹿。他にお客さんはマネージャーのMさん、法律事務所勤務のNさん、美人姉妹のAさん、J子さん、映画カメラマンのYさん、D通の若手社員O君が高校の同窓生I君たちと、映画評論家のAさんたち、同じく映画評論家でB省の官僚でもあるTさんたち。二時過ぎO君たちとラーメンを一緒に食べにいこうとしたが、最後まで残ったMさんとLちゃんの将来について話す内、気づいたら五時近くになっていて、空腹は残ったゆで卵で癒す。
CS放送の番組収録にスペースをレンタルしているので12時に店へ出向いた後、買い物して帰宅。無性にニンニクとかニラとかレバーとか食べたくなって、当然の如くレバニラ炒め(俺はそこにキムチを加える)を作る。他に納豆、塩辛、スクランブルエッグ、大根のサラダ、油揚げの味噌汁。やることが一杯あるのだけど、机の上は見ない振りして、先日貰った『映画監督小林政広の日記』を読みながらソファにひっくり返る。一見すると頼りなさそうな感じがする男なのに、その芯の強さ、映画へのクレージーぶりを知って、彼への評価が変わる。疲れと満腹感から一時間程うたたね。八時に麻布十番でお客さんの一人で、業界で知る人ぞ知る化粧品会社の取締役であり、エステシャンでもあるMちゃんに会って、ウチの店の活性化についての意見を聞く。年商何十億もの会社をまだ若干33歳の彼女が支えていると思うと、その意見は重みが違って来る。二人でビール十本。一万円弱の出費は決して高くない。そのままMちゃんと一緒に店へ。今日も店は暇。常連のNさんを若い女性三人が相手している。何だかとても不健康な光景だ。早急にMちゃんのプランを実行に移さなくてはと決意。他にお客さんは近所の美人姉妹の姉Aさん、中古車販売会社のSさん、通りがかりに入ってきた元SMクラブの女王、Fさんと彼女に呼び出された広告会社社長Mさん、大阪の女性プロデューサーTさんと彼女に呼び出された大手音楽出版社のTさんだけ。二時過ぎシャッターを降ろして帰ろうとしたら、Lちゃんが親切っぽく「足、痛くない?」と聞いて来る。フーン、俺の体のこと心配してくれているのかと一瞬感激しそうになったが、「雨も降ってるしさ、自転車じゃ帰れないもんね」と云うLちゃんの甘えるような顔に、狙いはタクシーだと分かってガッカリする。「お前さ、歩いてたった十何分の距離にタクシー使うようじゃ、お金がいくらあっても……」といいかけた時にはLちゃんはもう道の真ん中に飛び出してタクシーを止めていた。
フッと旅に出たくなった。その途端、あ、疲れているんだなと思った。旅嫌いの俺が旅をしたくなるなんて、疲れている証拠なのだ。女優Kと打合せで珈琲店に入ったら、ひどく甘い物が食べたくなって、ケーキをオーダーしていた。甘い物が苦手な俺がケーキを自分から求めるなんて、疲れている証拠だ。おまけにその店は全店禁煙の店だと云うことを知ってて入った。いつもなら全店禁煙の店なんて絶対入らないのに、煙草を吸いたいとは思わなかったのだ。体調に何か変化が起きている。2時過ぎ、一人残ったお客さんの相手をLちゃんに任せて、控室で事務処理をしていたら、いつの間にか眠っていて、気がついたら3時半を過ぎていた。居眠りするにも限度がある。椅子に座ったまま一時間半の居眠りなんて、今まで体験したことがない。確実に限界が近づきつつある。そんな俺が経営する店にはお客さんも寄りつきたくないのか、六月に入ってからと云うもの、イベントが続いて売上だけは平均点を超えているのだけど、イベントがない日はお客さんが十人以下と云う日が殆どで、その売上だけを取ってみると、約4万円!そんなとんでもない数字を知って尚更疲れが倍加する。先月まで毎日の様にきていた某氏を実質上の出入り禁止にした影響か?でも、調べてみれば彼が来ないことでの減収は一日平均1万円程だし、それよりは彼が来ないことで他のお客さんが戻ってきてくれるのではないかとの期待の方が大きい。彼が店に来ていることで、どれだけのお客さんが店から遠のいてしまったか?もう少し早く処置をすればよかったと思うが、もう後の祭りだ。本当に店をやっていくのって難しい。そうため息をつくと、疲れが更に倍加してしまった。やっぱり旅にでよう。旅先で甘い物を食べて、ゆっくり寝よう。
夕べ寝たのは4時過ぎだったのに、Hに朝御飯をご馳走する約束をしていたので7時に起きて、鰺の干物、紫蘇入り玉子焼き、くずし豆腐、かいわれ大根とにんじんの和風サラダ、納豆、塩辛、しじみの味噌汁などを用意。Hが8時にきて、9時にバイト先に出かけるまでのたった一時間。朝御飯を一緒に食べるだけ。それだけで、何とも幸せな気分になれる俺って、やっぱり異常者だ。Hを見送った後、珈琲を飲みながらラジオでクラッシックを聞きつつ朝刊に目を通す。このゆったりとした時の流れもたまらなく好きだ。こっちの俺は正常者だ。12時に店へ。『ハナミズキの有る家』のリハが休憩を挟んで4時半まで。終った後、待っていて貰ったNさんから次回作の台本を受け取り、共演する予定の女優Kと打合せ。太宰治の『伽噺草紙』を原作にした一風変わった朗読劇。一読する。とても面白い。何とか上演まで持っていきたい。店は九時過ぎにJ子ちゃんがお友達と来るまで暇。Jちゃんは久しぶりの来店。この間来た時はカレが出来たと嬉しそうに喋っていたもんだから、この日記でも彼女の恋愛がうまくいかない様に「祈って」いたんだけど、俺の祈りが通じたのか、もう駄目になったとの報告。ヒヒヒ、よかった。近い内に俺の朝御飯を食べにおいでよ、J子ちゃん。他にお客さんはH堂のSさんが大手芸能プロダクションの美人社長秘書Sさんと、映画監督のHがプロデューサーのN、スクリプターのAさんと来店、他は映画カメラマンのYさんと女優Kだけ。12時過ぎにKを残して皆帰ってしまったので、これ幸いと秋からのNさんの芝居についての打合せタイムに移行。それが一段落した時に、普段は女優Kの女っぽさを毛嫌いしているLちゃんが、何故かお喋りに加わってきて、三人で恋愛論を三時過ぎまで。七時起きの俺は流石に眠たい。帰宅後、眠ろうとしたところに別れたばかりのKから電話。芝居の話の続きをさせられる。眠たさに耐えて応対。携帯の電池が運良く切れてくれたからよかったものの、もう窓の外は真っ白だぜ、K。
痛風の痛みがまだ完全に引かないところにもってきて、夕べから腰痛が加わる。歩くのが億劫、精神状態も最悪なのに、今日もお昼前から『ハナミズキの有る家』のリハーサルに出かける。イベントスペースは昨日のライブのままだったもんだから、足を引きずりながら腰の痛みを堪えながら椅子や机を移動してリハの準備を終えるのに何十分もかかってしまう。リハそのものの、こっちの精神状態がよくないことも手伝って不満足。一人芝居の難しさにぶつかりつつある気がする。五時過ぎ一旦帰宅して、Sと食事。ビールを飲んだこともあって睡魔に襲われ、二時間程眠る。疲れている。起きたくない。今日は十時からワールドカップの日本オーストラリア戦があるし、どうせ店は閑古鳥が鳴いている筈と勝手に決め込んで、ダラダラ過ごす。その嫌な予感は当たっていて、十時過ぎに店に出てみると、お客さんは近所の美人姉妹のAさんとSさん、それにマネージャーのSさんたちの合計五人だけ。厨房の整理整頓をすることで二時過ぎまで。タッパーウェアの本体とフタがバラバラになっていて、それをちゃんとするのに時間を取られてしまったけど、女の子が三人カウンターにいるのに、どうしてこの俺がそんなことをしなくてはいけないのかと段々腹がたってくる。足や腰も痛いけど、精神状態が一番痛い。
昔仕事でお世話になったことがあったが、もう三十年近くもお会いしてないその方の葬式には、いかなかった。その三十年近くの間にその方がとても有名人になっていたので、俺程度の人間が葬式の末席を汚す必要もないだろうと思ってしまったからだ。でも、一昨日改装された近所の本屋の一隅でその方の新刊が平積みされてあるのが目に入り、一万円の香典を包むより543円の文庫本を買う方が、その方も喜んでくれるのではないかと手にとった。久世光彦さんの『飲食男女』(おんじきなんにょ)を俺はそんな訳あいで買い求め、何気なく読み始めたのだけど、『ぼくは、女の人のもう一つの唇が物を言うのを聞いたことがある』という冒頭から引きつけられてしまった。目がどんどん先を追う。とまらない。ページがどんどん進む。やばい。勿体ない。こんないい文章を速読してどうするんだ?と気づいた時には、もう半分を過ぎようとしていた。ギュッギュッと読む速度にブレーキをかける。それでもスピードが緩まないので、仕方なく数頁前に戻って、味わいを再び確かめるように読み続ける。昨日は朝五時まで、そして今日のイベントのマチネ公演が終るのを待つ間、俺はこの本から離れることが出来なかった。ごめんなさい、久世さん。あなたがこんな素敵な小説家だとは知りませんでした。あなたが小説家として活躍していた時、俺はちょうど店を始めた頃で、小説と云うものを読む習慣をなくしていたので、あなたの凄さを知ることが出来なかったのです。それが今となってはとても残念でたまりません。でも、こうした形でも、たった543円出しただけで、あなたの凄さを知ることが出来て助かりました。謹んでご冥福をお祈りいたします。店は昼間は米国人俳優マイケルの一人芝居『CAVEMAN』、夜は映画『バッシング』の小林政広監督プロデュースによるフォークライブの二本立て。特に後者は監督自らが歌う唄が『バッシング』のエンディングに流れていると知ってびっくりしたが、小林監督はこの業界に入る前は歌手だったと聞いて納得する。当時のフォーク仲間、NやPたちと楽しそうに歌う監督の姿がうらやましく見えた。
夕べ「今部屋?」とメールを送った5人の女の子から今朝になって「今ウチ」とか「友達と一緒」なんて返信メールが届いている。それぞれに再返信している内に、その中の一人Hとご飯を食べることになる。Hのリクエストは以前食べさせたことのある「チベット蕎麦」。ゆで上がりの蕎麦にごま油をアツアツに熱してかける。ただそれだけの料理。味付けは醤油をチラッと。ネギ、オクラ、三つ葉、みょうが、鰹節を混ぜ合わせて食べる。美味そうに食べてくれるHの顔を見ているだけで幸せな気分になってしまうなんてホント俺って母親。七時前にHと別れて店へ。今日は母親業が続く。先週トラブルを起こした劇団の女優の一人、Nが俺の台本で芝居をしたいと訪ねて来る。あの日、芝居が終った後、何かを一緒にやりたいねと喋ったことは喋ったけど、社交辞令だと思っていたし、本当に接触して来るとは思わなかった。でも、その熱意と行動力が好きだ。何かを渇望するようなNの顔に母性愛を感じてしまう。幸いお客さんが少なかったこともあって、五時間以上もNと芝居談義。秋に公演することをめざして動くことにする。店が終った後はLちゃんの相談に乗る。この数日、少女の頭の中は自分の将来について色々な考えが行ったり来たりしていて、日によって考えが変わり、その度ごとに話に付き合わされる為、少々食傷気味だったが、15歳の時からつきあっているLちゃんこそ、「母親業」をそう簡単に投げ出す訳にはいかない。いい機会だと思って、本当の母親っぽく嫌われるのを覚悟でギリギリの話をする。結果として店から巣立つことになろうと、とにかくLちゃんには幸せな人生を送って貰わないと俺が今まで「育てて」きた意味がなくなるのだ。ここまで書いてきて、俺って無理して自分を母親業に追い込んでいないかと思い出す。けど、部屋に帰れば一人。昨日買い求めた久世光彦さんの「飲食男女」(おんじきなんにょ)を読んでいる内に、そこに繰り広げられるエロスの世界に耽溺していき、いつの間にか朝を迎えたところを見ると、母親業だけでは満足しきれない部分が俺にはまだまだ残っている。いやらしいことをしたい。それは母親業と矛盾するのか?いや、根っこは同じなのか?