桃井章の待ち待ち日記

店に訪れる珍客、賓客、酔客…の人物描写を
桃井章の身辺雑記と共にアップします。

2012・3・8

2012年03月09日 | Weblog
映画プロデューサーのMさんかメールをチェックしていてポツリと「神波史男さんが亡くなったよ」と呟いたのを聞いた途端、俺は言葉もなく40年近くも前の世界に引き戻された。あれは俺が脚本家としてデビューしたばかりのことだ。酒場で知り合って以後二三回酒席を一緒にさせていただいただけの俺に、ある日神波さんから映画を書かないかという電話がかかってきたのだ。何でも長い間ある監督とその作品に取りかかっているのだけど、うまくいかないので自分は下りるから君が後をやってくれというのだ。当時「さそり」などの名作を執筆されて第一線の脚本家だった神波さんの紹介ということで、プロデューサーや監督も新人脚本家だった俺は起用せざるをえなく、俺は生意気にも神波さんが書かれた脚本を無視してゼロから書き直すことにしたのだが、そんな俺に神波さんから小包が届いた。中には神波さんがその作品に関わった一年の間に取材したノートや執筆資料や関係書籍がぎっしり詰まっていた。当時まだ業界に疎かった俺はそんなことは当然のことかと思ったが、後になって自分が降りた作品の資料なんか後を引き継ぐ脚本家に意地でも渡したくないと思うのが自然だと他の脚本家から聞いて、神波さんがいかに大きな人間かを思い知ることになった。俺は背後で神波さんの無言の応援を受けてその作品の執筆に向かったが、神波さんが頓挫したような企画を新人脚本家の俺がすんなり書ける筈がない。結局は監督と揉めたとか、あまりに稚拙すぎて俺もおろされたのかもう定かではないが、その作品は日の目を見ることはなかった。でも、俺はその仕事で作品を完成させる以上の宝を手にしたことになる。以後、俺はどんなに偉くなっても後輩の脚本家を裏切ったりはせず、何かトラブルが起きたらその後輩の味方になろうと誓ったのだ。残念ながら俺は偉い脚本家になれなかったから後輩を裏切ったり味方になることもできなかったが、神波さんから受けた薫陶は四十年経っても忘れられない出来事だ。その神波さん亡くなった。本当ならもっともっとショックを受けてもいいのに案外と冷静でいられたのは、その日が近い内に来ることを何処かで意識していたからだろう。というのは神波さんは「映画芸術」という雑誌に「流れモノ列伝ぼうふら脚本家の映画私記」という一種自叙伝めいたエッセイを連載されていたのに、今発売中の冬号で突然最終回になり、冒頭に俺たちに「グッバイ」とでも言っているような神波さんの写真が載っていたからだ。そのラストメッセージの中に去年の暮れに尿閉塞を起こして病院に運ばれた時に脾臓にガンが見つかり全摘出したとある。確か神波さんは60代にも胃ガンの手術をした筈だ。それでも神波さんは飲んだ。飲んで飲んでしみじみ荒れた。そんな神波さんに俺ができる唯一の恩返しは、幽霊になってウチの店で飲んでてくれという招待状か?いや、昨日きた霊感の強い女性編集者のMさんが誰も見えないのに誰か男の人がスーッと入ってきてカウンターにに坐ったと言っていたけど、ひょっとしてあれは神波さんじゃなかったのか?俺が招待状をだす前に淋しくなってコレドにきたのではないか?いいよ、ウチの店でよかったらどんどんきてくれ。あなたが親しかった藤田敏八監督や脚本家の鈴木尚之さんの霊も時々現われるし、一緒に昔みたいに飲んで行ってくれ。神波史男さん、四日多臓器不全で死去。享年78才。代表作に「火宅の人」「さそり」「野獣刑事」「華の乱」など。ご冥福をお祈りしますコレドのホームページのアドレスイベントスペースの使用要項などご参照ください。
[3月の予定]3/10(土)パーティ 3/15(木)パーティ、3/16(金)乃木坂de575  3/22(木)パーティ 3/23(金)~25(日)演劇集団AutoFocus公演  3/28(水)~29(木)グリーンフラッシュ公演
「4月の予定」4/6(金)~8(日)藤尾京子作演出作品  4/17(火)公演予定あり 4/20(金)乃木坂de575 4/24(火)朗読イベント  4/28(土)~29(日)マサコルト公演