同じ作家の小説でも読みやすいものと読みにくいものがある。この間まで難解な文章で且つ独特な世界を描き出してきた中村文則の小説を「掏摸」から始まって「銃」「去年の冬、きみと別れ」「何もかも憂鬱な夜に」と、そんなに早く読んだら勿体ないと思う程までに味わってきたのに、先週から読み始めた「世界の果てに」は何故か読みづらい。短編集と云うこともあって言葉が研ぎ澄まされすぎているのだろうか?特に表題にもなっている「世界の果て」は一回に三頁以上読み続けることが出来なくて、遂に五日でギブアップ。ひょっとしてあまりこの作家に夢中になりすぎて飽きてしまったのかと思ったけど、代わりに手にした「悪と仮面のルール」は面白くてすぐさま虜になって湯船の中の30分足らずで約70頁。どうなっているんだろう?午後は録画してあった「おとなのけんか」(ロマンポランスキー監督)を見る。俺たち世代にはポランスキーはいつも難解な映画を撮ると云う印象があったのだけど、この映画に関しては(なのか?最近はなのか?)とても分かりやすく、それでいて子供の喧嘩という日常的な事件が大きな問題に発展していく過程を、四人の会話劇だけで成り立たせている傑作。確か封切りの時はポランスキーと云うだけで見るのを忌避してしまった記憶があるけど、こうして見ることが出来てホントよかった。今日夜は母を交えて表で食事する予定になっていたけど、母が風邪気味だったので中止。部屋で一人、タマネギとミニトマトを一杯トッピングしたピザを焼いて食べる。肉や肴はあったのにピザですませてしまったのは俺も具合が悪いのか?そう言えば、朝昼兼用でサバを焼いて湯豆腐を作って食べていたのに、途中でご飯が辛くなって生卵をかけて飲み込んでしまった。変な咳はずっと続いているし、いやな感じ。
多くの場合日記は翌日書くのだから「今日の思い出」というより「昨日の思い出」だ‥‥と云うことでアトランダムに昨日を思い出すと、しばらくぶりに手紙を書いたこと。と云っても、先日女流画家のTさんの個展に出向いたことへの礼状への返信なんだけど、彼女の礼状が見事な筆だった為に自虐的に下手な字で返信したくなって、それも原稿用紙で書いて送るなんて、昔の「作家」みたいなことをわざとしてしまった。続いての「思い出」は、しばらく休んでいるポルトガル語のM先生からクリスマスカードが贈られてきていたので、お礼状を書こうとしたのに「ポルトガル語力」が弱っているのでカードに添えられている先生の文章の意味が分からない。と云うことはポルトガル語でお礼状を書くことが出来ない。M先生、ごめんなさい。時間をかけて年賀状を書きます。続く「思い出」はNHKでリアルタイムに見た女優佳那晃子と放送作家源高志夫妻の「甲斐性なしと静かなる女優」という闘病ドキュメント。二人の過去が華やかだった故に現在の窮状がより強く浮かび上がって番組としては成功だろうけど、取材対象でもある放送作家源高志は画面に映る自分の姿をどんな気持で見るのだろうか?他にも母とドライカレーとミネストローネで老老ランチしたこと、録画してあった「みなさん、さようなら」(中村義洋監督)をとても面白く見たこと、以前から気になっていた近所のラーメン屋に入って食べてみたらとんでもなく旨かったことなど「思い出」は数々ありますが、何といってもTOP OF「昨日の思い出」は、深夜部屋の隅にある書斎机に座ってキャプテンモルガンTATTOOを飲みながら数年前の映画雑誌の頁を捲りだしたら、雑誌の内容はどうでもいいのに、ただ意味なくそうしていることが心地よくて、時間を忘れてしまったこと。そして、いつしか居眠りをしてしまってしばらくして飛び起きたのに、ベッドに行こうとはせず、そのままそれまでのどうでもいい行為を続けて、気がついたら夜が明けそうになっていたこと。ウム、それに「思い出」は尽きるでしょう。お前は何の為にそんな意味のないことを続けていたのか?ひょっとして意味のない「思い出」を作りたかったのか?
炊きたてのご飯を母と俺それぞれのタッパーウェアに詰めて、真ん中に開けた穴に生卵を入れ、蓋を閉めて十数分、湯気で卵が固まるかと思ったけど、駄目。仕方なく電子レンジで温めてみたら今度は卵がカチカチになってしまって、味もそっけもない。でも、リカバリーしようとそこに刻み海苔やカツオ節など散りばめて、老老ランチのお弁当。おかずは白ワインにつけた豚肉とトマトのニンニクソティ、焼き鮭、深谷ネギと油揚げの味噌汁。テレビで今日から封切りの「永遠の0」(山崎貴監督)の宣伝をしていて、そのVFXが急に見たくなり、母も誘って夕方から品川プリンスシネマで見る。日頃色々な映画で使われるVFXには慣れている俺にしてみても、この映画のVFX技術は秀でているように思えたけど、それよりも物語の構成がうまく出来ているのか、最後に近づくにつれ滂沱の涙で、みっともないったらありゃしない。それに引き換え、同時期に青春時代を送った母は俺よりも感情移入して大変じゃないかと思ったけど、後で聞いてみたら物語や人間模様より東宝の特撮物しか知らない母にとってみたらVFX技術の方に関心があったみたいで、終わった後で、あのシーンはどうやって撮ったのか?と質問の連続。昔の東宝の特撮ものしか知らない母にとっては驚きの連続だったみたいだ。母と別れて一人帰宅。ステーキを焼いてビール。録画してあった「太陽の罠」の最終回、終戦時の北朝鮮における在留邦人を扱ったETV特集「忘れられた引揚者」など見ている内に、今日リアルタイムで見るつもりでいた同じくETV特集「認知症と闘う映画監督 森崎東」を見過ごしてしまった。再放送を待つ。
一昨年の暮れに妻に逃げられた後も、それが予想された出来事だったにも関わらず、自分が置かれた状況にどう対処して行っていいのか分からず、しばらくの間ぼんやりした日々を過ごした覚えがあるけど、今回も店をクローズするまではこれ以上借金が嵩むより一日でも早くスッキリして次のステップに向いたいと思っていたのに、それから一カ月、スッキリしたことはスッキリしたけど、色々状況が変わってしまったこともあってその場に立ち止まったまま、次のステップには一ミリも動かず、毎日毎日ぼんやりとした日々を過ごしている。ぶっちゃっけて言えば動きたくないのだ。日一日と怠惰になっていくのが分かる。一昨日の日記で女性とワイン一本で五時間以上も過ごしたことを書いたけど、彼女との関係がどうのこうのと云う問題よりは自分が怠惰なだけなのだ。今の俺には人生を作っていく能力が欠如しているのだ。今日も母と老老ランチ(イカとじゃがいもの煮つけ、豚の角煮のサラダ、ひじきご飯、かき揚げの味噌汁)をした後、部屋に戻ると、録画しておいて昨日途中で放棄した「モンスターズクラブ」(豊田利晃監督)をダラダラと見て、夕方からは「世界の果て」(中村文則)を読み、お腹が空くと月見そばを作って食べ、11時には四時間半に及ぶ長編「ミステリーズ 運命のリスボン」(ラウル・ルイス監督)に挑戦(して二時間でダウンしたけど)するなんて、ただただ受け身の生活を送ってしまった。眠たくて眠たくてたまらない。妙な咳が続いてとまらない。痛風の発作もしばらくぶりに出た。病院へ行かなくちゃと思う。その前に店をクローズしたら睡眠時無呼吸症候群の検査入院と白内障の手術もしなくてはと思っていたのに、そっちもまだだ。そんなちょっと厭世的年の暮れに、十数万円の著作権使用料の振込は生きる希望。。、
もう服用はやめているんだけど、何かの時の為用にとっておいた誘眠剤を飲んで眠ったせいか昨夜は1時前に眠ったのに9時近くまで目を覚ますことがなかった。すごいね、久し振りのマイスリー!だから体調はよかったけど、気分は晴れなくて、母とは今日夕御飯を一緒にすることになっていたので一人で朝昼兼用の食事を食べなくてはいけなかったのだけど、そんな気になれずに街にブラブラ出て、Mホテルの朝食バイキングに入る。でも、駄目。最悪。料理の品数も少ないけど、味が最低。いや、気分が最低だから味も最低に思えてしまったのか?だったらごめん、Mホテルさん。昼に部屋に戻って新しい店をオープンする為の資金計画と経営体質についてもう一度ゼロから考え直す。何から狂いが生れたのか、このままじゃ来年早々のオープンはとても無理だ。夕方、白金のトンカツ屋「D」で母たちと食事。店のことを相談しようと思ったけど、気分が落ち込んでいて愚痴るだけになりそうだったので取りやめて、早々に帰宅。録画してあった「モンスターズクラブ」(豊田利晃監督)を見ようと思ったけど、映画に向っていく元気はなくて、リアルタイムで「ドクターX」(寺田敏雄脚本)」の最終回を見る。その後、気持のモヤモヤを整理したくて、歯科医のSちゃんに電話。今日は特に「いつも妖しい魅力をふりまく」の「肩書」はいらない。そのただのSちゃんは理科系の癖して、いや理科系故なのか俺の文科系的煩悶をスパスパ整理して解答を出してくれる。感謝すると同時に、文科系的煩悶の無意味さを思い知る。深夜NHKの「プロ流儀・独占イチロー4000本への道」の再放送を見る。三割バッターのイチローが4000本のヒットを打つ裏には8000本の凡打と云う失敗と後悔があると云う当然の数字を示されて今更だけどひどく新鮮。そう、それで三割なんだよとSちゃんの理科系的思考と同じものを感じてしまった。
俺みたいに女性関係が多いと‥‥いや、女友達が多いと‥‥ていうか、女性の知り合いが多いと、その一人一人との距離をどうやってとっていいか時々分からなくなる、なんて66才の年金生活者が悩むのは余りにもおこがましいし、へんてこりんだ。でも、相手が自分を「男」として見ているのか、それとも「男友達」なのか、または「先輩的男性」なのか?「父親的存在」なのか?その反対の「母親的存在」なのか?その延長線にある「オンナ友達」なのか?それによって相手に対する自分の立ち位置が変わって来る。でも、それがハッキリすれば相手との距離を取るのは簡単だ。例えばいつも妖しい魅力を振りまく歯科医のSちゃんとは「妖しい魅力」に気づかないふりをして会ってお喋りする。気づいていたら面倒臭くてここまで「オンナ友達」関係が続かなかっただろう。でも、こう云う関係だと決められない女性もいる。今日会った★★さんもそうだ。高層ビルの24階にあるホテルのバーで6時半に会って、それからラストオーダーの12時近くに別れるまでの5時間以上の間、ワイン一本にチーズを取っただけで夜景を眺めながらただお喋りしていた関係はなんだったんだろ?、それも二人の間には共通の話題がないから、夜景の中に映る電車が西武線か山手線かとか、死ぬってことはなにが怖いのかと云うと別れがあるからだなんてたわいない会話を延々と、さすがに途切れたりもするけど、すると今度は肉親の話でリカバリーしたりして続けていただけの関係は、客観的にみるとかなり退屈そうに見えたに違いないが、彼女もトイレに一度たったきりでいてくれたんだから、そんなに苦痛じゃなかった筈といいように解釈してしまうけど、だからと云ってバーからフロントに電話して部屋をキープする勇気はない。天気予報通り雪でも降ってくれば展開はまた違ってきたかも知れないけと、雨は雪にならなかった。。
柄のとれた鍋や焦げがこびりついて取れないフライパンを使う度に、どうして店にあった鍋やフライパンを持ってこなかったのだろうと後悔する。あの時、確かに厨房の始末をTちゃんに任せて、調理器具は全ていらないから捨ててくれと頼んだのだ。だから彼女は捨ててくれた。彼女に咎はない。でも、全部捨てられてガランとした厨房を見たとき、ああっ、あのフライパンは卵専用のフライパンで、水洗いすることなく油で使った後を拭いて大事に大事に使ってきたんだと云うことを思い出す。ああっ、あの鍋はパスタ専用で、買ったら何千円もするんだったと思い出す。それにあの小さな鍋は‥‥もうやめよう。全て捨ててきたのだ。ワイングラスも水割りグラスも捨てやすい様に全て割って危険物と云うシールを張ってゴミとして出してきたのだ。それなのに、どうしてなんだ?パスタを作る鍋は捨ててきたのに、どうしてパスタを盛りつける大皿を十枚も部屋に運び込んだんだ?ホント、お前のやることはよく分からない。統一性が全くない。おまけにその大皿十枚をしまう場所に困る。大体、この部屋にそんな大皿を十枚も使わなくちゃいけないお客が来るのか?いや、呼ぶつもりか?そんなことはないだろ?だったら何故?‥‥最近お前が行動すること、判断することに矛盾があるんだよ。これって認知症の初期か?大皿が目の前にあるから、柄の取れた鍋がガスレンジにかかっているから、そんなことを思いながら朝食の準備をしてしまった。メニューは豆腐のガーリックステーキのプチトマトソティ添え、卵入り納豆、市販のひじきの煮つけと野沢菜の漬け物、油揚げとネギの味噌汁、それにそれに自家製の塩辛!あまりに美味しくていつもはご飯二杯なのに三杯も食べてしまった。午後は何十年ぶりかに録画しておいた「M★A★S★H」(ロバート・アルトマン監督)を見る。この野戦病院の人物描写はすごい。映画ってこうあるべきだと云うお手本。続いて「あまちゃんロス」をまだひきづっている俺は、春子さんの少女時代を演じた有村架純主演の「リトルマエストラ」を見始めたけど、春子さんの父親役だった蟹江敬三が出演していたので、「あまちゃんロス」が深化してしまったので、途中でやめて母の処へ。今日は近所の和食の店で身内の夕食会。帰り天現寺から白金まで歩いて、更に五反田まで計一時間歩く。認知症の初期だし、この二週間程変な咳が続いているし、いつも妖しい魅力をふりまく歯科医のSちゃんの診断では、土曜日の立ちくらみは「起立性低血圧」ではないかというし、俺の体は微妙に何処かに向っている気がするけど、こうして寒空の中を一時間も歩いていられるのは、まだ終点は先なのか?、部屋に帰ってから「世界の果て」(中村文則)を読みながら眠る。
今日は一歩も外に出なかった。と云うより、朝ベッドで朝刊を読みながら二度寝していたら母から今日は急に用事が出来たと電話があって老老ランチが中止になったことと、喉が痛くて風邪気味だったので、今日は一歩も外に出ないと自分で決めたのだ。だからいつも楽しみにしている朝風呂にも入らなかった。髭も剃らなかった。食事も冷蔵庫を覗いて昨日の織田作カレーの残りにきつねうどんと云う変則組み合わせだ。でも、こう云う時っていつもはやらないことをやりだす。今日俺がやったことはエマールでセーターを手洗いしたこと。下着やシャツは着るのがないと困るので小まめに洗濯機を廻すけど、セーターはついつい億劫になって今年の冬に着たままになっていたのだ。やってみればそれなりの成果?があったし、それなりに満足。他にしたことは食器棚の整理。芝居の収支決算や来て下さった方々へのお礼状やしなくてはいけないことが山積みになっているのに無意味で余計なことしかしたくない。お昼前からテレビの前に座って「サイタマノラッパー」(入江悠監督)、終わったら「何もかも憂鬱な夜に」(中村文則)を読みつつ微睡んで、起きたら録画しておいた「クイズショー」(ロバート・レッドフォード監督)、夕食はピザを焼いて食べて同じく録画してあった「恋人たちの予感」(ロブライナー監督)を見るなんて、風邪気味の人間には最適なWOWOWの日々。誰からも電話メールなく、誰にも電話メールせず。でも、夜中になってさすがに誰かと接触したくて、いつもは午前中から昼にかけて書くこの日記を17日になった途端書き出していたけど、考えてみればコメントを受け付けてないのだから俺の一方的接触。。
昨日、レンタルビデオ屋で一瞬意識を失ってその場に倒れた時、その姿を空中から俯瞰で見てしまった気がして、このままじゃ不味いと咄嗟に倒れている自分の体に意識を無理やり戻して、よろける足でその場から立ち去ったのだけど、これって一種の臨死体験なんだろうか?と我ながら大袈裟だとは思うけど、ちょっと怖いので、今日はトイレで立ち上がる時、風呂の湯船から出る時、ベッドやソファから起きあがる時に一々気にしていた。でも、そんなことを意識するということは、暇だと云う証拠で、店をやりつつ芝居の公演に向けて動き回っていた一カ月前までの忙しさが嘘の様だ。今日も一昨日作ったカキフライを母にも食べてもらおうとバカリャウのコロッケ、ひじきの煮つけ、三食おにぎりと一緒に持って行って老老ランチをした後は、そのまま食卓の椅子に座ったまま二三十分居眠りして、五十分ほどかけて歩いて五反田に帰る。部屋に戻ったら戻ったで、朝風呂の続きの「何もかも憂鬱な夜に」(中村文則)を読み耽り、気づいてみれば夕方。彼の小説はストーリーではないので一字一句目が離せないからかなり疲れる。でも、それが喜びだ。夕食は数日前から食べたくてたまらなくなっていた織田作之助風カレーライス。それにソーセージ盛り合わせでビールを飲みながら録画してあった映画「最強のふたり」(エリック・トレダノ監督)なと見ていると「ひとりぼっちの幸せ」をしみじみ味わう。八時過ぎSさんに呼び出されて麻布十番に。金目鯛の干物を肴に日本酒を二合程。「いい女とふたりきりの幸せ」をしみじみ味わう。でも、このしみじみ感は長続きしないだろう。俺は人生と云う舞台で暴れに暴れまくって終わりを迎えたいのだ。けど、今芝居は台本のどの辺りを演じているんだろ?それは即興劇だから作家にも分からない。
昨日買ったイカを刺身にしようと思ったけど、何となく朝から刺身と云うのもそぐわない気がして、塩辛作りを始めてしまう。ハラワタをに塩を降って臭みを取る間、今日は母は弟夫妻とお墓参りにいく予定で老老ランチは中止だったので、生姜と酒に漬けて一晩置いた牡蠣に熱々にしたニンニクオリーブオイルをかけるだけの一皿にクレソンを添えて、そしてその一皿とは全く趣が違う湯豆腐、卵入り山芋、市販の野沢菜漬け、若布の味噌汁を並べて、一人で朝昼兼用の食事。食べ終わって後片付けした後、塩辛作り。イカのハラワタを絞りだし、酒とみりん、刻んだ昆布と唐辛子、本当は柚子だけどなかったので代用のレモンも刻んで、イカの身も細く切って混ぜ合わせて、後は冷蔵庫で二晩か?ちょっと長いな。美味しく出来上がるまでに食べてなくなってしまわないといいけど、なんて思いながら珈琲をいれて「去年の冬、きみと別れ」(中村文則・著)を読む。昨日のお昼に読み始めたばかりなのに、それから三時間ほどで最後まて読み終わってしまう。そのまま同じ作家の「何もかも憂鬱な夜に」に移りそうになって、やばい、休憩と録画してあった「砂漠でサーモンフィッシング」(ラッセ・ハルストレム監督)の続きと「人生はノー・リターン~僕とオカン、涙の3000マイル」(アン・フレッチャー監督)などを見る。でも、中村文則の小説の方が気になって集中できない。DVDが終わった途端、もういいだろとばかりに「何もかも憂鬱な夜に」を手にとる。一行目「一羽の赤い鳥を飼っていた」というフレーズに、もう俺はこの小説から逃げられないと云う思いを強くする。一体俺の感受性というか神経はどうなっているんだ?八時に現役女子高生の天使Sちゃんとその母親天使のIと新宿で会って天麩羅を食べる。その帰り五反田のビデオレンタル屋で棚の下にあったDVDを探していて立ち上がったらひどい立ちくらみで一瞬意識を失い、倒れたこともあって店員に救急車を呼ばれそうになって慌てて店から飛び出す。と云うのも俺が一番下の棚から取り出しだのは俺が昔脚本を書いたロマンポルノで、疚しくはないけど、裸の女優さんがパッケージになっていることはなっている訳で、だからと云って、いやこれは俺の作品だしと言い訳するのも変で、その場から一刻も早く立ち去るしかなかったのだ。