プロメテウスの政治経済コラム

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「マスコミが権力のウソを見抜けない本当のワケ」  権力機構に組み込まれた組織ジャーナリズム

2012-10-07 22:20:23 | 政治経済

台風が接近するなか、9月30日、「『マスコミが権力のウソを見抜けない本当のワケ』―報道はなぜ『当局』に弱いのか―」と題する講演会が神戸であった。講演者の高田昌幸さんは、北海道新聞という営利企業のなかで、「北海道警の裏金問題取材」班代表として、警察権力の組織犯罪を暴き、新聞協会賞、JCJ大賞、菊池寛賞、新聞労連ジャーナリスト大賞などを受賞した人である。

日本の組織ジャーナリズムの劣化が言われて久しいが、とりわけ3・11以後の原発報道は、ただ当局のプレスリーリースを受け身的にあるいは翼賛的に報道するだけで、その調査力、取材力の劣化は目を覆うばかりであった。結果的に権力のウソを垂れ流し、人びとに生命の危険や健康にかかわる重大情報を伝えることができなかった。高田さんが、このような現代マスコミの病理をどのように解明されるか―皆さんの期待の大きさは、台風という悪天候のなかで、105名もの聴衆が結集したことに示された。

 

「ジャーナリズムに求められる最大の機能は『権力監視』である」、「メディアのトップや幹部が権力と癒着し、あるいは権力そのものを志向すれば、それはジャーナリズムの衰退を招かざるをえない」とは、よく言われることである。しかし、実際はどうか。日本の大手マスコミは、権力と癒着し、あるいは権力の広報機関に成り下がっているのが、現実ではないか。権力を監視する役割のはずが、権力の補完物と化しているのはなぜか。

「マスコミが権力のウソを見抜けない本当のワケ」は何か。

高田さんは、「メディア問題は結局、組織問題であると私は思っています。記者個人の能力や意識を存分に生かす組織をどうつくるか。そこに尽きるわけですが、日本のメディアは極めて組織が官僚化しており、このままで進めば、おそらく記者個々人は窒息してしまうでしょう」と言う。
現場の取材記者は、権力機構に対応するように編成された会社の組織に配置され、権力組織の各部署単位の記者クラブ担当となる。中央省庁・国会・政党・警察・経団連・商工会・証券取引所・自冶体など統治・支配機構の要所に配属され、それが与えられた仕事となるので記者個人の能力や意欲にかかわりなく、それらの機構から流れてくる情報が大きく報道され、それ以外のところでおきる事態に対応することができない。安定した雇用と高い給与を保証され、日本社会の統治機構の担い手とばかり接触していると、社会の変化や新しい事態にたいする感性も鈍くなり、体制側の思考に同化される。心ある記者が独自取材をしても、デスクや整理部がなかなか紙面を割いてくれない。

 

支配権力は、一見「中立」であるかのように見えるマスコミを通して情報を管理し、操作し、文字通り「社会の空気」としての「世論」を作り出していく。資本主義の現代社会では、経済的権力者が、普通選挙権をもつ大衆を政治的に統治するためには、マスコミを通じたイデオロギー操作が欠かせない。日常の生活上の不満が、経済的権力者の政治支配を揺るがさないような(投票先が労働者階級の政党に向かわないような)、「大衆感情」や「社会的な空気」「社会的なムード」を形成することが必須となる。

最近のその最もわかりやすい事例は、「消費税大増税」である。政治戦線で民自公の大連立が組まれ、大手マスコミは、こぞって増税推進の大合唱で国民の洗脳に努めた。

 

経済的権力者は、政治家、官僚、御用学者などの買収と並んで、マスコミの買収に努める。政府の官房機密費が代々、報道各社の政治担当記者たちに流れていることは、公然の秘密である。会社組織として、丸ごと支配機構に組み込まれた組織ジャーナリズムの今の状況をどう変えていくか。既成のシステムそのままでの変革はおそらく不可能であろう。志と能力、取材力のある記者を結集した新しいメディア組織が必要ではないか。そして、その課題は、より大きな革新統一戦線の結集のなかでこそ実現できるのではないか―いろいろと考えさせられる、内容の濃い高田講演であった。


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