プロメテウスの政治経済コラム

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橋下知事の「地方分権」論  霞ヶ関と戦う知事の実像  問われる「府民力」

2009-07-25 21:11:15 | 政治経済
長野県軽井沢町での日本経団連の夏季フォーラムに講師として招かれていた大阪府の橋下徹知事が、「地方分権」の推進や、国と地方の関係見直しなどの持論を述べ、永田町や霞が関批判を展開。返す刀で経団連についても「国会議員や政党に振り向いてもらうには、ペーパーを出して『認めてもらう』のではなく、『認めさせる』やり方に変えなくてはならない」、次期衆院選で要求が実現するか否かは「財界が政党に対してどれだけ圧力をかけられるのかにかかっている」とハッパをかけた(「毎日」7月24日21時13分配信)。
「若くて、元気で、イケメン」の橋下知事に対する大阪庶民の評価は高い。なぜ、橋下知事のようなタレントが流行るのか、二宮厚美・神戸大教授は、その背景の一つに大阪の「吉本文化」を挙げている(二宮厚美「野蛮な新自由主義的分権化路線――適合する橋下知事のキャラクター」(『季論21』2009.7 第5号)。
世の中が変わる節目を迎えている今、大阪府民の「府民力」が問われている

 橋下知事は今年3月、大阪府庁のWTC移転問題で躓き、然しもの橋下人気にも翳りが見え初めていた。大阪府民の人気を再び挽回したのが、国直轄事業の地方負担金を「奴隷制度」とののしり、「負担金はぼったくりバーの請求書」となじったことである。教育委員会を「クソ」呼ばわりしたのと同じく、品格のないことばをあえて選んで、霞ヶ関に挑んでみせた。このタレント知事特有のパフォーマンスにマスコミが飛びついた。「若くて、元気があって、指導力がありますナー」―これが、大阪府民の大方の評価である。

橋下知事は、テレビ・タレントとして成功した経歴が示すように、周りが何を求めているかを素早く察知し、その要請に打算で応える嗅覚と適応能力にたけたところがある。今回の解散総選挙を巡る自民党の騒動では、国政転身に意欲を見せる東国原知事とともに、「地方分権」を掲げてマスコミに突出して露出した。いま支配階級は、破綻の危機にある新自由主義「構造改革」の建て直しに必死である。二宮教授は、新自由主義の破綻の取り繕いのためには、当面の日本に限っていえば、二つの関門を無事突破できるかどうかにかかっているという。一つは消費税増税による財源対策、いま一つは「福祉国家の分権的解体」作戦である。

 これらの対策・作戦には共産党を先頭とする国民的抵抗の壁が予想される。橋下知事は、新自由主義の行く手を阻む国民的抵抗の壁にハンマーをふるうには、格好のタレントである。彼は「人生、万事競争次第」、「この世は、万事カネ次第」の人生観の持ち主である。橋本流分権化の狙いは、彼自身が表明しているように「道州制型分権化」である。橋本流分権化とは、地域住民が主体となる地方自治の拡充とは縁も所縁もない、憲法にもとづく戦後福祉国家の分権的解体路線にほかならない。

橋下知事の目指す方向は、「大阪維新プログラム」によく表れている。彼は「維新プログラム」に関する記者会見で、「僕はどういう思いで大阪維新プログラム案をとりまとめたのかといいますと、一言でいえば道州制、国からの税財源の委譲を求める、これに尽きます」と説明している。「大阪維新」とは、「道州制プラス分権化」構想の一環ということだ。
「道州制プラス分権化」構想とは、国の仕事を外交・軍事・司法などに限定し、「地方分権」の名で社会保障や福祉などの行政サービスは基礎自治体(市町村レベル)に押しつけ、道州を財界・大企業のための開発政策や産業政策の道具に変えてしまおうというものである

 橋下知事は、「維新プログラム」で財政再建をたてに、教育・福祉・文化・女性分野に厳しい予算削減をつきつけた。しかし、「小さな政府」のイデオロギーに慣らされた住民は、教育・福祉・医療等における行政と自らの生活とのつながりにおいて政治家を評価・判断することを見失った。現実生活における「脱政治化」の代わりに、テレビで頻繁に活躍するタレントのワイドショー政治に関心を寄せた
弱い者をよってたかって笑いとばす「いじめ笑い」を基調とした「吉本文化」の風潮は、「強い者が勝つ、勝った者が正しい。弱い者は従え、従わない者は切る」という橋下知事によく似合う。橋下人気の基盤は、住民の社会的閉塞感からくるやりきれない気分を、だれか身近なヒトの所為に託したい庶民感情の鬱屈に支えられている。それに意図的に便乗し煽りまくっているのが吉本興業の圧倒的影響下におかれている大阪のマスメディアである。

 大阪府民は、かつて社会党、共産党が協力して革新統一候補黒田了一氏を擁立したとき、当選確実といわれた現職の佐藤義詮候補を破って「黒田当選」を果たした実績がある。黒田氏は、「私を当選させたのは、天の声、地の声、民の声」と語ったものである。黒田氏は、社会党が統一戦線から脱落し、三期目の選挙で僅差で敗れたが、黒田さんの思い出は今も大阪の旧い世代に残っている。「黒田トラウマ」は、関西財界にとっていまも大きな重しとなっている。それは黒田さんを選んだ大阪の「府民力」への怯えでもある。政治の転換が具体的日程にのぼり始めたいま、大阪府民の「府民力」が問われている。

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