たそがれ時のつれづれに

人生のたそがれ時を迎えて折々の記を・・思うままに

慶事がつづいた

2013年01月14日 | 日記

慶事が続いた。日曜日13日はわが市では成人式だった。前半、後半と2回やるらしい。
二度寝していたら孫が起こしにきた。車でアッシーかと思ったら、成人式で和装したので見て・・と起こされた。

写真に撮ってやるよと、パジャマ姿で外に出てカメラ二台で写真を撮った。一台は修理したカメラで、一台は直すより買ったほうが安いと店員に勧められて買ったカメラだ。修理したのは平成17年に40,300円もしたキャノンデジカメIXY55だ。捨てるに忍びなくまた1万円で修理した。これを孫に記念にあげるよと言った。彼女のスマホでも撮った。スタジオ写真は撮ったのかと聞いたら、もう撮ってきたと言った。

朝5時半頃起きてブログをアップした頃、ガサガサ外へ出る音がしたのは、美容院へ行く為だったのだ。昔部下に奥さんが美容院を経営していて、運転手をやって手伝うといった。7万円も貰えると喜んでいたことを思い出した。女の子の成人式は10万を下らないだろう。

でも一生に一度の儀式なので慶事である。
この子の2歳児から数年間、亡妻は保育園に幼児保育に預けられた時、お迎えに慣れぬ運転の車で行った。時にはバスで迎えに行った。バスは満員で幼児を抱っこして家まで立ち乗車もあると愚痴った。高校生の乗客でも席を譲ってくれないと。
当時家内はもう乳がんの脊椎転移で腰が痛かったということになるが、それがまだ分らなかった時代だ。生きていたら今日の成人式をどんなにか喜んだだろうと思った。

その前の日は、亡妻の実家の甥、二男が東京から生まれた子を見せに帰省した。昨年の正月に彼女を連れてきて、東京の義妹も娘を連れて帰省し一家は大賑わいだったらしい。
祖母は甥等をホテルへ泊めたといって喜んでいた。それらしい結婚式もしたのか、しなかったのか、8月にはもう娘が生まれたと可愛い写真を見せてもらっていた。
嫁さんとも初のお目見えで、見せてもらいに到着時間を聞いて少しのお祝いを持って行った。
赤ちゃんは元気な子で誰の膝にも乗って、足をグイグイと踏ん張った。一時もじっとしていない。顔立ちも東京っ子らしく、しゃっきりしている。赤ちゃんを膝に抱っこするのも久し振りで、なんともいえない感動的な感触だった。

嫁さんは北海道旭川市の出身とか、 はきはきと人見知りせず、いい嫁さんだった。都内北区にマンションも買ったという。実家が少し援助したのか。
東京都に北区なんてあったかな、環状線では駒沢から乗換えだと言った。甥はIT企業に勤め帰宅は9時頃だという。通勤は片道1時間、都心通勤なら当たり前の恵まれた距離だろう。
わずか一晩で帰るらしいが、北海道の父母はまだ赤ちゃんを見ていないらしい。春過ぎたら連休頃に見せに行くといいと勧めた。
この甥坊も中学生の時、母が若くしてがんで逝った。母子愛に恵まれなかったのだ。生きていたらどんなに今日の慶事を喜んだか。

若い子が希望を持って生きられる国に、育児や出産が過負荷にならない国に、是非政治は頑張ってほしいと願う日だった。