夢かよふ

古典文学大好きな国語教師が、日々の悪戦苦闘ぶりと雑感を紹介しています。

服部忠志歌集『童貞抄』

2014-09-28 23:07:30 | 短歌
先日、月次の歌会で結社の本部に行った際に、先生の師である服部忠志の全歌集を借りてきた。
年配の会員の方からは、
「そうね、一度は読んでおいたほうがいいかもね。」
と言われたが、なにぶんにも、15もの歌集を一冊に収めてあるので、なかなか読み進めることができないでいる。

今回はその第一歌集である『童貞抄』(昭和22年2月)について。

服部忠志は、明治42年(1909)岡山県上道郡幡多村沢田(現岡山市沢田)に生まれ、岡山一中を経て、昭和3年(1927)國學院大学高師部に入学。
「釈超空(折口信夫)先生の教えを受けたいといふ世間知らずの子供らしい考へ」(巻末小記)によるものであった。
これより前、忠志は昭和2年(1908)、19歳のときに短歌結社「蒼穹」に入社していたが、昭和4年、岡野直七郎の渋谷の家に寄宿し、直接短歌の指導を受け、作歌に励むようになる。
忠志は「蒼穹」の歌人たちだけでなく、北原白秋や木俣修などとも交流があり、『童貞抄』はそうした環境の中で、忠志が昭和3~6年にわたって(作者20~24歳)詠んだ歌232首を、後に自選して(昭和22年、作者39歳)成った歌集である。

以下、私が読んで印象に残った歌を挙げると、
さし潮のいま満ちわたる沖つべにきらめく魚のはねあがりたり
おほらかに川面に舞へる鳶一羽朝の光に翼をかへす
原なかにおのづとつけるひとすぢの道ながながし森へつづきて
おのづからかすみて遠き山脈のかぎれる空にふたひらの雲
郊外のぬかるみ道にゆきあひて知らぬをとめと瞳(め)をあはせけり
大いなる公孫樹の裸木(らぼく)くろぐろと梢をのべて寒月を掃く
かぜのまに流れて来たる秋蜻蛉翅さへ透けてわがうへに浮く

忠志の歌には、派手な奇をてらったところがなく、地味な印象の歌が多いが、初々しさ、清新さを感じる。
何よりも、20代前半にもかかわらず豊富な語彙があり、端正な言葉遣いをしていることに驚かされる。

忠志自身は、「昭和初頭の思想混乱期に処した僕の貧しい青春歌集」(巻末小記)と書いているが、燻し銀のような渋い味わいの歌々で、若くしてこれだけの作歌の力量を示していることに、昔の人はすごかったのだなあと思ってしまう。