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夢かよふ

古典文学大好きな国語教師が、日々の悪戦苦闘ぶりと雑感を紹介しています。

蒼太の包丁 38巻

2013-07-09 23:19:20 | 『蒼太の包丁』
『蒼太の包丁』の最新刊が出たので読んでみた。以前(4/27)取り上げた「旭川編」(37巻)の続き。
耐震検査と補強工事のため休業していた、銀座の老舗料亭「富み久」が営業を再開。
旭川での経験が若き板長・蒼太を成長させ、料理や器選びにそれが反映されるが、一方で「富み久」の経営者である若女将・さつきとの微妙な齟齬も、次第に明らかになってくる。


お正月が過ぎた頃、さつきの提案で、板場に新しく追い回し(下働きをする見習い)を入れることになる。
今の人数でも仕事は回せるが、さつきは以前から蒼太が人の使い方が下手で、板長が率先して雑用したりすることを歯がゆく思っており、弟子を育てさせることで、板長としての自覚を育てさせようとしたのだ。


旭川で市役所観光課の大西から採用を勧められ、面接までした乙部は、その後連絡がないことから、さつきは料理専門学校の卒業見込み生を体験で預かる手はずを整える。ところが、そこに突然、旭川から乙部が上京し、この店で修業させてくださいと頼み込む。乙部は、臨時で働いていた旭山動物園の飼育係の任期が切れ、仕事を求めてやって来たのだ。


料理はずぶの素人で、修業への覚悟も乏しく、周囲に次々と迷惑をかける乙部。蒼太は、自分自身が板長として未熟であることを自覚するゆえに、初めてとなる弟子を教えきれるのか思い悩む。
そこで相談に行った、尊敬するレスリング・ジムの経営者・若月コーチから、「次に繋ぐ責任」ということを諭され、採用を決意する。しかし、就職気分でやって来た乙部が、和食の世界の厳しい修業やしきたりに簡単になじめるわけもなく…。


さて、雅美推しの私が、この38巻でいちばん印象に残ったのは、第6話「雅美のバレンタイン」・第7話「あちこちのチョコレート」。
雅美は「富み久」の男性スタッフにチョコレートをプレゼントしようとして、「あしたかカフェ」の女主人からチョコ・トリュフの作り方を教わる。雅美と仲のよい千鶴(「富み久」の得意客の娘)も、心に慕う先輩・啓一にチョコを贈るため、雅美と一緒に教わる。ところが、その話を聞いたさつきが、「さては、啓一くんに勝負チョコ…、とかっ?」とからかったことから、千鶴はふさぎこんでしまう。
蒼太が千鶴を励ましに行き、千鶴は元気を取り戻すが、手作りチョコは間に合わなくなってしまう。すると、それを知った雅美が、「わたし、手作りの持ってきてるからあげるわ。」


雅美の愛情のこもったチョコ・トリュフは人手にわたり、蒼太に渡すことはかなわなかった。
しかし、雅美はその日、仕事からひとり帰る道すがら、
(わたしは…蒼太さんのそばにいられるだけでいい!)
と心に言い聞かせる。

…なんていいコなんだ! それにしても、この期(ご)に及んで蒼太がまださつきを好きでいるのが信じられん。まるで、姉と弟のような感じなのに…。
読み終えたばかりだが、『蒼太の包丁』の次号が待ち遠しい。

蒼太の包丁 旭川編

2013-04-27 23:08:42 | 『蒼太の包丁』
以前(2/24)、『漫画サンデー』に連載されていた「蒼太の包丁」の最終回の話題を何気なく取り上げたところ、それから二ヶ月経った今でも、ちょくちょく読んでくださる方がいるようである。私自身、通読したわけでもなく、さほど熱心な読者というわけでもないのに、長い期間にわたって記事を閲覧していただけるというのは、それだけの人気作だったということなのだろう。連載終了後、しばらく遠ざかっていたが、先日刊行された「蒼太の包丁」37巻を遅ればせながら読んでみた。

この37巻は「旭川編」としてまとめられており、単行本帯に俳優・津川雅彦(旭川観光大使)の、「『旭川』を知るにこれほど素晴らしいガイドブックはない」というコメントが寄せられている。

蒼太が板長として働く銀座「富み久」が、耐震検査と補強工事を行うことになったため、若女将のさつきが従業員全員に二週間の休暇を与えることにし、蒼太が旭川へ旅立つところから、この話は始まる。


(マンサンコミックス「蒼太の包丁」第37巻。以下同じ)
蒼太がまず向かったのは、「上野ファーム」。日本屈指のガーデニングが楽しめる場所で、TVドラマ『風のガーデン』(2008)のロケ地にもなった場所だそうだ。蒼太が園内にある射的山から、市内の様子を眺めていると、オーナーの上野砂由紀さん(ガーデニングの第一人者らしい)が不意に現れ、旭川一帯はアイヌ語で「カムイ・ミンタラ」、神々が遊ぶ庭と呼ばれることを教えてくれる。

蒼太は旭川で神々に導かれるように、様々な人々や料理、食材などとの出会いを果たすが、その中には実名の人物(旭山動物園の前園長なども出てくる)や店や場所も多く登場する。
蒼太は北海道・静内の出身だが、旭川はよく知らないため、同郷会のツテで市役所観光課の大西が色々と案内をしてくれることになる。


蒼太は初め大西から、居酒屋「独酌 三四郎」を手伝いながら旭川に滞在してはどうかと勧められる。だが、その翌日、昼食で大西に案内された和食料亭「花まる亭」の料理と、店主の料理人としての姿勢に蒼太は感じるものがあり、その場でこの店で働き、勉強させてもらえないかと頼み込む。


数日後、「花まる亭」で働いている蒼太の前に、「富み久」で共に働く女性料理人・雅美が現れる。蒼太を慕う雅美は、旭川へ食材探しの旅に出た蒼太の後を追って、自身も北海道の食を知る体験をしようと、稚内から旭川に下って来たのだ。
さらにそこに、蒼太の幼なじみで今は静内にいる純子(一時期、「富み久」の仲居をしていた)、はたまた若女将のさつきも東京からやって来て、旭川での様々な食材や人々との出逢いはますます盛り上がりを増す。


彼らが旭山動物園を訪れる場面も出てくる。普段は勝ち気な純子が意外に恐がりだったり、おとなしそうな雅美がいちばんはしゃいでいたりするのが面白い。この動物園には、私も昨年行ったので、なんだか懐かしい気分になってしまった。


蒼太は旭川での滞在でたくさんの収穫を得、また、旅のもう一つの目的であった人探し(これが「幸せの黄色いハンカチ」のようないい話)もうまくいって、無事に東京に帰っていく。
この「旭川編」で印象に残ったのは、市役所観光課の大西の存在だ。無愛想でとっつきにくい男だが、実は誰よりも旭川を愛し、蒼太の案内も、職場には有休や半休を取ってエスコートしていた。不器用だが誠実で誇り高い大西の生き方が、特に心に残った。

また、雅美推しの私としては、この旅行で雅美が蒼太にとって、しだいにかけがえのない存在になっていくのを、とても嬉しい思いで見た。人探しで悩んでいることを蒼太が打ち明けると、雅美は自分のことのように蒼太と一緒に考え、提案をしたり積極的に行動したりする。蒼太を支えたり、共に喜び合ったりする場面もあり、この旅が後に結ばれる二人にとっての転機になったのかな、というふうに感じた。

この一巻で完結した内容になっているので、「蒼太の包丁」を読むのはまったく初めて、という人でも大丈夫。ぜひ多くの方が手にとって読んでいただければと願う。

蒼太の包丁

2013-02-24 23:30:57 | 『蒼太の包丁』


今、書店に行くと、オヤジ系漫画雑誌の定番『漫画サンデー』の最終号が置いてある。売上部数の低迷から、昨夏より週刊から月2回の発行となっていたが、看板作品の「静かなるドン」(新田たつお)も昨年12月で終了し、廃刊は避けられないと見られていた。

その『マンサン』に連載されていた作品で、「蒼太の包丁」というのがある。北海道・静内出身の北丘蒼太(そうた)という若者が、上京して青春のすべてを日本料理に捧げ、修業に打ち込む物語である。私がよく行く喫茶店にコミックスが置いてあり、読み出したらすっかりハマってしまい、その店にある単行本はすべて読み、時々は『マンサン』でも読んでいた。わりあい人気作であるために、同誌の廃刊後はどこか別の雑誌に移って連載を続けるのではないかと思っていたが、実際は最終号の巻頭カラーで登場し、連載が終結することを知って寂しくなった。

蒼太が第二の故郷・東京で、いずれ自分の店を持ちたいと言っていた目標はどうなるのか、また蒼太が伴侶として選ぶ女性は、さつきと雅美のどちらになるのか、ずっと気になっていたので、先日最終話を読んでみた。

ちなみに、蒼太は高校卒業後に上京して、東京でも五本の指に入る名店といわれる銀座「富み久」の親方・富田久五郎に拾われ、修業に励んで一流の料理人としての経験を積んでいる。蒼太は、弟子入りして間もない頃に出会った親方の娘、さつきを恋し続けている。親方夫婦の引退後、さつきは若女将として修業し、「富み久」の経営についても学んでいるが、年下の料理人の蒼太に、好意以上のものも感じている。



一方、雅美は、蒼太が以前、助(すけ=助っ人)として日本橋の老舗料亭「神かわ」に赴いていた折に出会った女性料理人である。雅美は都立葉明高校(相当の進学校という設定)卒業後に料理専門学校で学び、「神かわ」で修業中に蒼太と知り合い、その真摯な姿勢に惹かれるようになる。その後、「神かわ」の親方が後継者不足から自分の代で店を畳むことを決意すると、雅美は蒼太を追うようにして「富み久」に移ってくる。



「蒼太の包丁」は、蒼太の和食修業と四季折々の料理や食材の紹介がメインの話題であるが、周囲の人間模様もよく描かれており、蒼太が好意を寄せるさつき、蒼太を慕う雅美など、恋愛の要素もあって、なかなかに飽きさせない工夫がなされている。蒼太はずっとさつきを思う気持ちが変わらないように見えるのに、雅美はそのことを知っていながらも、
「人の気持ちって、変わることもあると思うから。」
と言い、
「私は、蒼太さんと一緒に仕事が出来れば、それでいい。」
と自分に言い聞かせて、静かに耐えながら、蒼太にとって自分が必要になったときのために、自身修業に打ち込む。



このマンガを読んでいて、だから私は、ずっと雅美を応援していた。蒼太に対しては、今好きなのはさつきかも知れないけど、経営者になるさつきと、従業員とでは立場も違うし、性格も微妙に合わないように思える。雅美のようにおとなしいが芯が強く、下からしっかり支えてくれる女性の方が合うのではないか、と思っていた。

最終話がどうなったか、というと…。
蒼太は結局、北海道の食材を生かした店をこの東京で出したい、という自分の夢を実現させるために、親方に暇を出してもらうことを申し出、銀座の「富み久」(周辺の再開発のため、新店舗になる)を継ぐさつきとは、別の道を歩むことになる。蒼太の店は、大泉学園の住宅街に、「富み久」の建物を移築した形で、「富み久 カムイ」として、北海道の食材にこだわった居酒屋での出発ということになる。ある日、開店祝いにさつきが親方からの祝儀の品を持って「カムイ」を訪れると、店からまず現れたのは雅美だった。…まだ結婚には至らないが、蒼太の夢を支え続ける決意をした彼女の長年の思い(たぶん、知り合って十年近く経っているはず)が報われたことに、いち読者として、この上なく嬉しい気持ちになった。

私は基本的に俗物なので、マンガも大好きで、生徒以上に真剣に読んでいるが、マンガにもやはり良質なのとそうでないのとがあり、前者が少なく後者が非常に多いことを日々痛感している。「蒼太の包丁」は、その数少ない良作の一つであったと思うので(最近の絵柄はあまり好きでなかったが)、話が大団円を迎えたことを喜びつつも、連載終了には寂しさを禁じ得ない。

〔2/25追記〕
昨日の記事では、雅美は岡山県出身と書いたが、今日確認したら、雅美と蒼太が出会った頃には、都立葉明高校を卒業したと書かれていた。回想シーンでは、雅美は高校時代、都内の家から通学していたようであり、友達と話している会話も標準語である。ただし、最近の号では、雅美は岡山に里帰りしたということになっており、何かひっかかりながらも昨日は岡山県出身と書いてしまった。このへんはどうなっているのだろうか?なお後考を俟つ。