福島県、和歌山県、宮崎県の知事が談合疑惑で辞任し、更に広島県知事が後援会の政治献金疑惑に包まれている。全国知事会は、3知事辞任を受けて、談合禁止の申し合せをするようだが、それだけでは談合は止まらない。見えない所で、より巧妙にカネが動くだけである。
何故、談合をするのか?
土建屋は高額公共事業を高い見積もりで落札し、浮いたカネを自社の利益とすると共に、キックバックして知事選費用に差し出す。知事選には、数億単位の選挙費用が掛かり、借金を残している知事もいるだろうから、それを返済に回したい。更には、次の選挙資金に取っておく事も考えられる。
要は、知事選にカネが掛り過ぎるのである。これを変えない事には談合は止まらないし、献金疑惑も減らない。小さな面積の県であれば、候補者は選挙期間中に回る事も可能だろうし、事務所設置も減らす事が出来る。だが、北海道や、岩手県の様な面積の大きな県では、地域を隈無く回る事が難しい。
選挙となると、宣伝カーの調達、それに乗る運動員、ウグイス嬢の手配、それらを取り仕切る事務所の設置、事務所の場所代、ポスター費用、運動員達の日当と弁当など、大変なカネが掛かる。支援者を粧って、事務所へ入り浸りになり酒食をたかる不逞の輩もいる。多くの人達は、下請けを沢山抱える土建屋が選挙主体になっている事を知っている。
県民は、どんな人物を知事に選びたいのであろうか。県民税を減らしてくれて、教育に熱心で、交通インフラを充実させ、県の産業振興を図ってくれる人物が良いと言う。今は難しくなったが、政府から補助金を一杯取って来て、県民ホールを作ったり、高速道路や空港充実をやって欲しいと願う人達もいる。
まあ、無い物ねだりの県民期待があるわけで、知事の多くは中央官庁からの落下傘候補となるのもそうした願望の表れなのだろう。自分の県を良く知り、県の持つ歴史を尊重しながら是々非々で政治を行う人材の立候補が望ましいし、その中から県民が選べるようになって欲しい。
県単位の財政規模としては、東京都等の巨大人口を抱える自治体を別として、大凡5000億円ム1億円/年の自治体が多い。県知事は、選挙で選ばれると言っても国会代議士と異なり、行政の最高権力者であるから、財政を如何様にも運営出来る立場にある。まず、この地方財政に対する見識を持つ人物が知事になる必要があろう。
加えて、どの県も只今はその年間財政規模に匹敵する債務を負っている。つまり、7000億円の財政規模である県は、それと同じくらいの借金を抱えているわけだ。県債の形であろうと、第三セクターの形であろうと、負債から来る金利支払いは県財政を相当に圧迫している。それは、1990年前後のバブル景気に乗って団塊の世代達が組織を膨らませた付けでもある。これらに対して、改革展望を持つ知事は殆どいないようである。
旧態依然とした選挙システム(特に名前を売る事)の中で、大金を掛けて知事になった場合、有力政党が応援するか、あるいは余程の資産家で無ければ大きな借金が残る。人格高潔とは程遠く、県民の事をそれほど考えない人物が選ばれると、裏金蓄財により借金地獄から逃れようとし、なおかつ次期の知事選準備を考えるのは当然であろう。
知事選でカネを掛けないようにする事は出来る。それには、県民の抜本的意識改革が必要だ。まず、一切の連呼を禁止し、宣伝カーを廃止する。個別電話勧誘も禁止する。候補者は、県の税金を用いた立会演説会と公開討論会に臨んで、自己主張を行う。その回数は10回以上とし、NHK及び地方民放はこれを中継してTV放送で選挙民へ詳しく伝える。
ところで、宣伝カーでがなり立て、意味も無く候補者の名を連呼をするのは、日本の公職選挙だけでは無いか。一体、何時からこんな形が定着したのだろう。候補者は声を枯らし、エネルギー浪費をする中で有権者は騒音に耐える。挙げ句の果ては、候補者が泣きながら土下座までする。民主政治の発達した国家では、余りお目にかからない実態である。情報伝達手段の発達した21世紀、そろそろ全ての公職選挙スタイルを変えるようにしてもらいたいものだ。
法定ポスター掲示板は、一人当りの面積を現在の2倍とし、半分は候補者の政見意思表示に用いる。その印刷や掲示は、候補者の負担とする。候補者の選挙事務所は、県民人口に応じて設置数を制限する。選挙管理委員会は、選挙用ホームページを立ち上げ、所定様式の候補者ページを提供・管理し、有権者への情報公開を図る。
当然公職選挙法の改正が必要になるが、全国知事会でこれを提案し、国会へ働きかけてはどうか。これにより、知事選費用は激減するし、市長村長選挙へも拡大出来るであろう。それでも様々な費用は必要になるから、個人に限って1万円までの献金を認めれば良い(企業、団体からの献金禁止)。投票率は絶対に上がると想像する。就任した知事は、最早選挙費用の事を考えないで勤務に精励する事が出来るであろう。当然、公共事業に関する談合は根絶される。
と、ここまで書いていたら、次の記事に気が付いた。
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<宮崎県知事選>談合容認発言?波紋も そのまんま東氏
12月23日23時41分配信 毎日新聞
宮崎県の出直し知事選(1月4日告示、同21日投開票)に立候補を表明している元タレント、そのまんま東氏(49)=本名・東国原(ひがしこくばる)英夫=が23日、宮崎市内の事務所で会見し、談合について「談合というのは善しあし」「社会には必要悪もある」などと語った。談合容認とも受け取れる発言は波紋を広げそうだ。
東氏は、これまで一般競争入札の拡大など入札制度の改革を訴える考えを示してきた。
この日の会見では「税金を使う官製談合は悪だが、一般の談合がすべてなくなってしまうと、中小零細企業には大きな打撃となる」と持論を展開。記者から「法律違反を認めるということか」と問われると「一般の談合もそりゃ悪いと思う」と話したが「社会には必要悪というものもある。それまで厳しく取り締まるのは人員もエネルギーも必要だ」と主張した。
東氏は23日夜、自身のホームページで「説明内容が言葉足らずに終わったことをおわび申し上げます。官製談合や一般の談合を肯定するものでは一切ありません」とするコメントを掲示した。【阿部周一】
最終更新:12月24日0時39分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061223-00000078-mai-soci
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出直しと言われる選挙においてさえも、こんな人物が臆面も無く知事に立候補するのであるから、暗澹とした気持になる。それでも恐らく、この人物はある割合いの得票を得るだろう。まあ、それが我が国の公職選挙の実態なのだ。
何故、談合をするのか?
土建屋は高額公共事業を高い見積もりで落札し、浮いたカネを自社の利益とすると共に、キックバックして知事選費用に差し出す。知事選には、数億単位の選挙費用が掛かり、借金を残している知事もいるだろうから、それを返済に回したい。更には、次の選挙資金に取っておく事も考えられる。
要は、知事選にカネが掛り過ぎるのである。これを変えない事には談合は止まらないし、献金疑惑も減らない。小さな面積の県であれば、候補者は選挙期間中に回る事も可能だろうし、事務所設置も減らす事が出来る。だが、北海道や、岩手県の様な面積の大きな県では、地域を隈無く回る事が難しい。
選挙となると、宣伝カーの調達、それに乗る運動員、ウグイス嬢の手配、それらを取り仕切る事務所の設置、事務所の場所代、ポスター費用、運動員達の日当と弁当など、大変なカネが掛かる。支援者を粧って、事務所へ入り浸りになり酒食をたかる不逞の輩もいる。多くの人達は、下請けを沢山抱える土建屋が選挙主体になっている事を知っている。
県民は、どんな人物を知事に選びたいのであろうか。県民税を減らしてくれて、教育に熱心で、交通インフラを充実させ、県の産業振興を図ってくれる人物が良いと言う。今は難しくなったが、政府から補助金を一杯取って来て、県民ホールを作ったり、高速道路や空港充実をやって欲しいと願う人達もいる。
まあ、無い物ねだりの県民期待があるわけで、知事の多くは中央官庁からの落下傘候補となるのもそうした願望の表れなのだろう。自分の県を良く知り、県の持つ歴史を尊重しながら是々非々で政治を行う人材の立候補が望ましいし、その中から県民が選べるようになって欲しい。
県単位の財政規模としては、東京都等の巨大人口を抱える自治体を別として、大凡5000億円ム1億円/年の自治体が多い。県知事は、選挙で選ばれると言っても国会代議士と異なり、行政の最高権力者であるから、財政を如何様にも運営出来る立場にある。まず、この地方財政に対する見識を持つ人物が知事になる必要があろう。
加えて、どの県も只今はその年間財政規模に匹敵する債務を負っている。つまり、7000億円の財政規模である県は、それと同じくらいの借金を抱えているわけだ。県債の形であろうと、第三セクターの形であろうと、負債から来る金利支払いは県財政を相当に圧迫している。それは、1990年前後のバブル景気に乗って団塊の世代達が組織を膨らませた付けでもある。これらに対して、改革展望を持つ知事は殆どいないようである。
旧態依然とした選挙システム(特に名前を売る事)の中で、大金を掛けて知事になった場合、有力政党が応援するか、あるいは余程の資産家で無ければ大きな借金が残る。人格高潔とは程遠く、県民の事をそれほど考えない人物が選ばれると、裏金蓄財により借金地獄から逃れようとし、なおかつ次期の知事選準備を考えるのは当然であろう。
知事選でカネを掛けないようにする事は出来る。それには、県民の抜本的意識改革が必要だ。まず、一切の連呼を禁止し、宣伝カーを廃止する。個別電話勧誘も禁止する。候補者は、県の税金を用いた立会演説会と公開討論会に臨んで、自己主張を行う。その回数は10回以上とし、NHK及び地方民放はこれを中継してTV放送で選挙民へ詳しく伝える。
ところで、宣伝カーでがなり立て、意味も無く候補者の名を連呼をするのは、日本の公職選挙だけでは無いか。一体、何時からこんな形が定着したのだろう。候補者は声を枯らし、エネルギー浪費をする中で有権者は騒音に耐える。挙げ句の果ては、候補者が泣きながら土下座までする。民主政治の発達した国家では、余りお目にかからない実態である。情報伝達手段の発達した21世紀、そろそろ全ての公職選挙スタイルを変えるようにしてもらいたいものだ。
法定ポスター掲示板は、一人当りの面積を現在の2倍とし、半分は候補者の政見意思表示に用いる。その印刷や掲示は、候補者の負担とする。候補者の選挙事務所は、県民人口に応じて設置数を制限する。選挙管理委員会は、選挙用ホームページを立ち上げ、所定様式の候補者ページを提供・管理し、有権者への情報公開を図る。
当然公職選挙法の改正が必要になるが、全国知事会でこれを提案し、国会へ働きかけてはどうか。これにより、知事選費用は激減するし、市長村長選挙へも拡大出来るであろう。それでも様々な費用は必要になるから、個人に限って1万円までの献金を認めれば良い(企業、団体からの献金禁止)。投票率は絶対に上がると想像する。就任した知事は、最早選挙費用の事を考えないで勤務に精励する事が出来るであろう。当然、公共事業に関する談合は根絶される。
と、ここまで書いていたら、次の記事に気が付いた。
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<宮崎県知事選>談合容認発言?波紋も そのまんま東氏
12月23日23時41分配信 毎日新聞
宮崎県の出直し知事選(1月4日告示、同21日投開票)に立候補を表明している元タレント、そのまんま東氏(49)=本名・東国原(ひがしこくばる)英夫=が23日、宮崎市内の事務所で会見し、談合について「談合というのは善しあし」「社会には必要悪もある」などと語った。談合容認とも受け取れる発言は波紋を広げそうだ。
東氏は、これまで一般競争入札の拡大など入札制度の改革を訴える考えを示してきた。
この日の会見では「税金を使う官製談合は悪だが、一般の談合がすべてなくなってしまうと、中小零細企業には大きな打撃となる」と持論を展開。記者から「法律違反を認めるということか」と問われると「一般の談合もそりゃ悪いと思う」と話したが「社会には必要悪というものもある。それまで厳しく取り締まるのは人員もエネルギーも必要だ」と主張した。
東氏は23日夜、自身のホームページで「説明内容が言葉足らずに終わったことをおわび申し上げます。官製談合や一般の談合を肯定するものでは一切ありません」とするコメントを掲示した。【阿部周一】
最終更新:12月24日0時39分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061223-00000078-mai-soci
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出直しと言われる選挙においてさえも、こんな人物が臆面も無く知事に立候補するのであるから、暗澹とした気持になる。それでも恐らく、この人物はある割合いの得票を得るだろう。まあ、それが我が国の公職選挙の実態なのだ。
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