Ed's Slow Life

人生終盤のゆっくり生活をあれやこれやを書き連ねていきます。

落葉

2010年11月26日 | Weblog

              

我が団地の街路樹は銀杏である。入居当時はまだ細くて頼りなげな幼木だったけれど20年以上も経った今では幹周りも太く立派になった。そのぶん枝葉は広がり一年置きに町が剪定するけれど、今頃の季節は落葉の量が確かに半端じゃない。

落葉はゴミではないし沢山降り積もれば黄色い絨毯になって綺麗でもあるのだけれど、人によってはそれを極端に嫌うようだ。落葉掃除が大変だからという理由で自分の家の前の街路樹(町の資産だよ!)を勝手に丸坊主にしてしまうキレイズキさんも結構多い。トーテム・ポールのようになってしまった銀杏の木は、真夏でも手足が無くなって葉っぱを広げられず、折角の街路樹も日陰を創れない。ああああああ~だな!

今の季節、葉っぱの掃除しなくていいからラクチンだなどと喜んでいるのだろうか・・・春の新緑、秋の黄葉を、真夏の木陰、そういう人達は美しいとか有難いとか思わないのだろうか?
不思議なのは、そういう人でも自分の家の庭だけは小まめに手入れして木を植え花を咲かせていることだ。公共の場所も含めた周囲とのバランスとか住んでいる地域全体の環境とか・・には思いが馳せないのかなあ?

欧米の町や村、田舎の集落が日本の同様な集落と比べてはるかに美しいのは何故だろう? 邪魔で目障りな電柱や空を覆う蜘蛛の巣のような電線のせいばかりでもないような気がする。恐らく日本人(今の日本人?)の殆んどは全体的な住環境とか周囲との調和ということへの意識がないのかも。。。つまりは「自分だけ」の世界なのか・・・

今年も自治会から街路樹の落葉を入れるためのゴミ(?)袋が配布されてきた。町は集めた落ち葉を多分焼却処分するのだろうが、こんな農村地帯なんだから農家と協力して堆肥にすればいいのに!

ふと思い出したが、数年前いつも街路樹の落葉を目の敵にして自分の家の前だけ掃除している隣りのキレイズキが、我が家の前の銀杏を指差して「お宅、もっと掃除してくださいよ!」とイチャモンを付けてきた。ムッとして「うちでは落葉はゴミと思ってないし、第一うちにはうちの都合ってもんがあるんだ!」と言い返してやった。そんなに街路樹の落葉が汚いと思うんなら、自分の家の前だけじゃなくて、町内中の道路を全部掃いてまわったらどうなんだい!誰も文句は言わんぜ。へっへっへっへェ~・・・

週末は町内一斉清掃日だとさ・・・;^^)