連作短編集の最終作品です。
いよいよ卒業の日が近づいたころ、ぼくは野口くんが長野県のおばさんの家にもらわれていく夢を見ます。
夢の中で、ぼくや野口くんも含めて草野球仲間みんなが、別れを惜しんで泣いていました。
翌日、ぼくは池袋のサンシャイン60(当時は日本一の高さの建物で、今でいえば東京スカイツリーのように人気がありました)にのぼりにでかけます。
途中の電車でぼくは高校生の不良にからまれますが、どういう偶然か(主人公は最近予知能力を持っている気になっています)電車に乗り合わせていた野口くんが機転を利かして不良高校生に仕返しをしてくれます。
ぼくは野口くんと妹のミサエちゃんと一緒に、サンシャイン60ではなく、無料でのぼれる新宿の高層ビルへ行きます。
ぼくと野口くんは、高層ビルの展望室から近くのグラウンドで草野球をやっている子どもたちを発見します。
守っているチームがあまりに下手で、なかなかアウトが取れないのにしびれをきらしたぼくはビルから降りて行って、監督に頼んで飛び入りで守備につきます。
ぼくが参加すると、不思議なことに好プレーが続いてあっという間にチェンジになってしまいます。
家へ帰ろうとしていたぼくと野口くんは、監督のはからいでバッティングもやらせてもらいました。
帰りの電車の中で、野口くんの家の改築は、おかあさんが新しく始める仕事の作業場を作るためだったということがわかります。
草野球仲間と手作りした野口くんの勉強部屋は、いまだに健在だったのです(「野口くんの勉強部屋」の記事を参照してください)。
ラストシーンで、小学校を卒業して中学へ行ってからも、草野球仲間は仲良くやっていけることを予感させてくれます。
いい意味でも悪い意味でも、三十年以上前の古き良き時代の男の子たちを描いた作品です。
作中で、両親を含めて大人はほとんど登場しません。
戦争、飢餓、貧困などの近代的不幸を克服し、日本が経済的に最も安定していた時代なので、草野球仲間に深刻な家庭の問題を抱えた子どもはいません。
たしかに野口くんの家は母親だけなので、他の仲間たちの家より貧しくて、塾へは通えません。
でも、それも努力次第で克服できる問題、いやむしろ発奮の材料として描かれています。
残念ながら、現在は、野口くんたち草野球仲間が過ごしたような良い時代ではありません。
私の息子たちは、1990年代後半から2000年代前半に少年時代を送ったのですが、そのころでも息子の友だちの中には家庭崩壊などに苦しむ子どもたちがたくさんいました。
そして、彼らは、今でも就職難や経済格差や世代間格差に苦しめられています。
そんな時代の子どもたちや若者たちに、児童文学者としてどんなことができるのかを、常に考えていかねばならないと思っています。
いよいよ卒業の日が近づいたころ、ぼくは野口くんが長野県のおばさんの家にもらわれていく夢を見ます。
夢の中で、ぼくや野口くんも含めて草野球仲間みんなが、別れを惜しんで泣いていました。
翌日、ぼくは池袋のサンシャイン60(当時は日本一の高さの建物で、今でいえば東京スカイツリーのように人気がありました)にのぼりにでかけます。
途中の電車でぼくは高校生の不良にからまれますが、どういう偶然か(主人公は最近予知能力を持っている気になっています)電車に乗り合わせていた野口くんが機転を利かして不良高校生に仕返しをしてくれます。
ぼくは野口くんと妹のミサエちゃんと一緒に、サンシャイン60ではなく、無料でのぼれる新宿の高層ビルへ行きます。
ぼくと野口くんは、高層ビルの展望室から近くのグラウンドで草野球をやっている子どもたちを発見します。
守っているチームがあまりに下手で、なかなかアウトが取れないのにしびれをきらしたぼくはビルから降りて行って、監督に頼んで飛び入りで守備につきます。
ぼくが参加すると、不思議なことに好プレーが続いてあっという間にチェンジになってしまいます。
家へ帰ろうとしていたぼくと野口くんは、監督のはからいでバッティングもやらせてもらいました。
帰りの電車の中で、野口くんの家の改築は、おかあさんが新しく始める仕事の作業場を作るためだったということがわかります。
草野球仲間と手作りした野口くんの勉強部屋は、いまだに健在だったのです(「野口くんの勉強部屋」の記事を参照してください)。
ラストシーンで、小学校を卒業して中学へ行ってからも、草野球仲間は仲良くやっていけることを予感させてくれます。
いい意味でも悪い意味でも、三十年以上前の古き良き時代の男の子たちを描いた作品です。
作中で、両親を含めて大人はほとんど登場しません。
戦争、飢餓、貧困などの近代的不幸を克服し、日本が経済的に最も安定していた時代なので、草野球仲間に深刻な家庭の問題を抱えた子どもはいません。
たしかに野口くんの家は母親だけなので、他の仲間たちの家より貧しくて、塾へは通えません。
でも、それも努力次第で克服できる問題、いやむしろ発奮の材料として描かれています。
残念ながら、現在は、野口くんたち草野球仲間が過ごしたような良い時代ではありません。
私の息子たちは、1990年代後半から2000年代前半に少年時代を送ったのですが、そのころでも息子の友だちの中には家庭崩壊などに苦しむ子どもたちがたくさんいました。
そして、彼らは、今でも就職難や経済格差や世代間格差に苦しめられています。
そんな時代の子どもたちや若者たちに、児童文学者としてどんなことができるのかを、常に考えていかねばならないと思っています。
![]() | 野口くんの勉強べや (偕成社の創作) |
クリエーター情報なし | |
偕成社 |