世界と日本に蔓延する「日本ショボい」「日本凄い」はどっちが本当か。
結論を言えば両方正解である。
どういうことかというと、どの国においても凄い点とショボい点があり、それぞれにそれぞれが拡大解釈してゼロ百で思考しているだけである。
ショボいところは本当しょぼくなった。まず外国人労働者が寄り付かない。稼げないためである。
稼げないどころかパワハラがある。そして何も学べない。総合的に見てかなり割が悪いのだ。
良いところは治安の良さとインフラの整備、清潔さなど。
あとエンターテイメントがしこたま豊富である(日本語限定で)。
資本家など労働をしなくて済む層は本当に天国だと思う一方で、労働者は地獄だ。
あとは学術系だけれども、もし海外の人が何かを学びたいと言ったら、間違いなく第一選択肢はアメリカで、言うてロンドン、パリくらいになる。
じゃあ日本は学びが無いか、非エリートかというとそうでもない。
基本材料系は世界のトップであるし、まあまあな国力通りだ。
先日ちょっと気になったのは、韓国の反応のまとめYoutube動画で、「日本に行く奴は落ちこぼれ」と言う論があって、ん? と思った。
韓国のエリートはアメリカに行くか、韓国の大学に行くと言う話だったのである。
確かに日本でも超超エリートはアメリカに行く。
でもそういう人は大学が日本でいたとしても、勝手に自分の国で指導側の立場になった後に、勝手にアメリカに招聘されるのだ。
なので、大学の時点でどうこう言う人は視野が狭いんでないの、と。
これは性格に難がある行為なので誰もやっていないが、私があえてそれをやるとすると、韓国の最難関大学のソウル大は世界ランクで56位、東大は29位、京大55位だから、日本に行くのは落ちこぼれ、と言うのは、世界的視野で見て確かにオックスフォードに行くよりは劣るかもしれんけど、それ以下の韓国国内の大学に行くと言うのであれば、ちょっと間違っている。なので一概に言えない。
と言うか私はこういうこと書いててあれなんですが、これは本当に私の本心じゃないんですよ。
ランクなんて本当どうでもいい。それよりも独自の方向性の小さい発見とか研究をした人がそれぞれに褒め称えられるべきなんです!
鬼滅だスラダンだと流行っているアニメがあって、それを見に行くのが絶対的正義なんですか?
全然流行っていなくて支持もされないけれども、自分のお気に入りのアニメを視聴するのがそんなに悪なんでしょうか。もっとランキングから自由になれよ! と。自分がやりたいことを目指せ!
なので、ノーベル賞の裏側にイグノーベル賞がありますけれども、あれを皆大切にしているんですよ。
とある会に出た人が言っていましたが、イグノーベル賞とはアホをやりたくてアホを目指してあれを獲る、と言うことではなくて、自分自身が好きなことを一生懸命やって、賞を取れるレベルになっていたら、気がついてみれば世間一般から見ればアホなことだった、と言うのが正解だったとのことです。
と言うことで、学術系はショボいのか凄いのかよく分からない。
間違いないのは、韓国人が「韓国のエリートはアメリカに行くか、韓国の大学に行く」と言う話で一刀両断しているのであれば、ちょっとそれは間違いですよ、と言うことを言いたい。世界は黒と白の二色で分かれているのではなく、また一方向にも定まっていない。
韓国人の頭のキャンパスには、左半分が黒、右半分が白と言う図式の絵が描かれているのだと思うが、現実は違う。
方向性も定まっていないし、場所によっては様々な色で描かれている。そこには華やかな花もあれば、見てはならない暗黒や死の世界もある。
そういう世界であることをまず知り、そして世界は一方向の定規で出来ていることではなく、「色々で」できていると言うことを知るべきなのである。