少しここに書いておく。
「〇〇大に行きたい」と言った子がいて、それに対する間接的な私の対応である。
1.
どうも私の甥が「ハーバード大に行きたい」と言ったらしい。
それで私の母が笑ったと言う。
それは世間を良く知らない子がよく分からないままに子供らしい意見を言って、それを子供をなだめるように笑ったようだ。
私は反論した。「それは笑ってすますことではなくて、真剣に考えるべきことだ」「おかんは笑ったかもしれないが、自分は笑わない」と。
そもそも私の母はそうしたことに真剣に向き合わず、子供は子供らしくあればいいのよーと言う形でやっていて、その癖支配欲は人一倍強くて我々兄弟はその縛り付けに辟易していた。
この考え方であればどうやっても折角高い志があっても、地方高卒で終わるじゃないか、私は甥の将来を閉ざすこの狭い考え方に怒りを憶えた。いや、狭い考え方だけだったらまだいい。だが、その「地方高卒で、できれば有名私立で」みたいな感じの小さく収まるような考えで支配を続けるこのやり方が気に食わない。
無論学校の成績が悪かった私が言える権利がない。
しかしじゃあ母に完全に縛り付けて自分のコントロール配下に置こうとしたその教育思想に瑕疵が無かったかというとそうではなく、むしろこれは排除すべき要素であった。
ホップステップジャンプをしなければいけない時に、そのホップで出鼻をくじいておきながらジャンプができなければ後で熾烈な文句を言う。これが不快でなくて何と言うのだ。
我々大人が子供の未来を狭めていい訳がないのだ。
東大博士課程2年の人に何人かお会いしたが、皆見た目は全然普通の人だった(中身はかなり優秀だと思うが)。つまりは普通の人間がそれなりに正しい環境でしっかりと勉強したらそうなる、と言う過程が見て取れるのが私のお会いした感想だったが、そうした道があるのだ。
この母の下でそうした考えに染まってしまっては、せっかくの大樹が日陰で小さく成長する木になってしまう。そうであってはならない。
今思い出してもかなり不快だ。
無論ハーバードは現実的路線ではない。金がかかるし、中の勉強が大変だと評判だ。
あと私が考えるに甥っ子は比較対象として、イェール、オクスフォード、カリフォルニア工科、MITなどは全然検討してないと思う。よく調べることが必要であるが、それをしていないのであれば、単にテレビなどで見知った単語を発しただけなのだろう、と。
なので、日本の良い国公立を選ぶのが現実的選択肢となる。
では、そうすべきかどうか、と言うのをその子に教える必要があるし、もしそれでもどうにかしてアメリカの大学に行きたいと言うのであれば、英語の勉強の必要性と、実際に英語を使う職場への職場見学をして、その子の支援をすればいい。
そうせぬ人間に教育がなんだ進路がなんだと全てを差配する立場にいて良い訳がないのである。
2.
上記とは別に、私がいるコミュニティーに東大に入りたいと言う高校生がいて、その子には可能性がある。
なので、皆その後押しをしている。
逆にコミュニティーに来すぎなので勉強しているのかどうか不安になったが、私が聞くに、他のメンバーが口を酸っぱくして来る頻度についての注意をしているとのことでここはひとまず安心した。
私からは別口での参考ヒントを貰えるような人に会える入り口の紹介をした。