幼少期に私は泣き虫だった。
だがそこではちょっと生育環境が良くなかったように思われる。
私は私自身が男なのに泣き虫であることを恥じていたし、それを指摘されたり囃し立てられたりすることによって更に屈辱感を感じて、それによって更に泣いた。
私が泣くのをやめるのはそのプライドを傷つけられたりしたことをを自然に忘却する期間(2〜3日)か、泣き疲れて布団の中で嫌な思いをしながら就寝する時である。
なので、私はそれが嫌ではあったが、しかしそれしか状況が無かったのであって、それが私の普通でもあった。
だから、他の人の幼少期のはつらつとして楽しい時期を過ごしたと言うような話を聞くに愕然としたり、自分との彼我の差を感じたりする。
さてそんなこんなで泣いているところを指摘されたりじっと見つめられたり、あるいはそれを説明されたり、させられたりする人間と言うのは身近なところにいた。兄弟である。
私がとある物語でうっと涙をこらえようとすると「あっ〇〇が泣こうとしている! 待って待って! 」と言って家族の中で見世物にしようとする。
いやね、まあ誰かが何かに感動して泣くと言うのは確かに人間の心の純真性をもって自分も心洗われるようになるというのは分からんでもないですよ。
だからと言って、じゃあそれを見世物のようにするのはどうなのか。
こちらの心のデリカシーと言うものを理解していないし、配慮もしていない。しかしそれが咎められることもない時代であって、私の泣き虫が否定的に見られていると言う前提もあって、そうした生育環境は是認されていた。
しかし本来は人に対してそのように当たってはならないように思う。
だがそこではちょっと生育環境が良くなかったように思われる。
私は私自身が男なのに泣き虫であることを恥じていたし、それを指摘されたり囃し立てられたりすることによって更に屈辱感を感じて、それによって更に泣いた。
私が泣くのをやめるのはそのプライドを傷つけられたりしたことをを自然に忘却する期間(2〜3日)か、泣き疲れて布団の中で嫌な思いをしながら就寝する時である。
なので、私はそれが嫌ではあったが、しかしそれしか状況が無かったのであって、それが私の普通でもあった。
だから、他の人の幼少期のはつらつとして楽しい時期を過ごしたと言うような話を聞くに愕然としたり、自分との彼我の差を感じたりする。
さてそんなこんなで泣いているところを指摘されたりじっと見つめられたり、あるいはそれを説明されたり、させられたりする人間と言うのは身近なところにいた。兄弟である。
私がとある物語でうっと涙をこらえようとすると「あっ〇〇が泣こうとしている! 待って待って! 」と言って家族の中で見世物にしようとする。
いやね、まあ誰かが何かに感動して泣くと言うのは確かに人間の心の純真性をもって自分も心洗われるようになるというのは分からんでもないですよ。
だからと言って、じゃあそれを見世物のようにするのはどうなのか。
こちらの心のデリカシーと言うものを理解していないし、配慮もしていない。しかしそれが咎められることもない時代であって、私の泣き虫が否定的に見られていると言う前提もあって、そうした生育環境は是認されていた。
しかし本来は人に対してそのように当たってはならないように思う。