ネット全盛の今、ジャーナリズムは一つの危機を迎えているのかもしれない。それまでは、何の心配も無く、自己の主張を貫き通せたのが、今では、ネットにおいて多角的精査がユーザーレベルにおいてできるようになっており、過去記事とひとたび主張が違う記事を書けば「おい、前と言っていることが違うじゃねぇか」と非難を受ける。
その意味において、マスコミはやりにくくなっただろうし、ネットを敵視している嫌いがある(それでももう、ネットの大海に飲み込まれてズブズブになっている嫌いもあるが)。
さて、それでも、何とかネットを利用しようとして躍起になっている気配もあり、なんとかしようとする意気込みは伝わってくるのだが、如何せん、その取り込みにうまく行ってないのも何となく雰囲気で伝わってくる。
さて、そんな折ではあるが、昔むかしも、新しい技術にマスコミの存続を脅かされ、しかし果敢にもその技術を逆に利用して生き残った時代もあったようだ。
今より少し昔、電信が生まれた時代のことである。
「インフォメーション情報技術の人類史」P184より。
引用順序は前後している箇所があるがご容赦頂きたい。
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一八四六年、アリグザンダー・ジョーンズは、ニューヨーク・シティ駅からワシントン・ユニオン駅まで、初めて電信で送稿した。軍艦オールバニーがブルックリン海軍工廠で進水した、という記事だった。英国では、《モーニング・クロニクル》紙の記者が、クックとホイーストンの電信線を通じて初めて報告を受け取った感動を記している。
・~・~・~・~・~・~
静止したる針の突然の揺動と、甲高き警報音によりて、記事冒頭部分の到着す(引用者註:モールス信号による電信の描写と見られる)。吾人は嬉々として、寡黙なるわれらが同志の顔、すなわち神秘の文字盤に見入り、九十マイルほどの彼方にて発せられし言葉を、手もとの帳面に鉛筆で次々と書き記す。
・~・~・~・~・~・~
評判は、瞬く間に広まった。電信のせいで新聞が消滅することを危惧する者もいた。それまでは、あるアメリカ人ジャーナリストが表現したように、新聞こそ「商業、政治、その他の知見の、迅速かつ必須の運搬役」だった。
・~・~・~・~・~・~
この用途に関し、新聞は著しく利便性を失うであろう。電信の稲妻のごとき翼からあらゆる点で予見されるとおり、新聞は地域の“短信”もしくは抽象の憶測のみを容れる器に堕する。世論を喚起する力は、選挙運動においてさえ格段に減じるであろう。新聞の虚偽は、人目に触れたそのとたん、無謬なる電信によって暴かれるであろう。
・~・~・~・~・~・~
新聞業界は臆することなく、電信技術の導入を待ち望んだ。各紙の主筆は、どんな特報も“電気信号装置により打電”と銘打てば、緊急性と迫真性が増すという利点を見出した。
新聞記者たちが、電信の利用価値に気づいた。
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まるでインターネットの登場のようである。一つ違う点を挙げるならば、電信の登場当時、マスコミがその新技術を果敢に取り入れているのに対して、現代のマスコミはネットの取り込みに二の足を踏んでいる。
いや、もっと言えばこれは日本とアメリカの差だ。
日本のマスコミは小手先だけの技ではなく、もっと本質的に、ネットを使うべきなのだ。
<追記>
こちらも引用しておく。
「インフォメーション情報技術の人類史」P185より。
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「ロケットのごとく飛び出したのち、近隣の十数の町へと枝分かれする電線によって運ばれ、長き距離をロケットより迅速に駆ける」と、あるジャーナリストは書いたが、裏にひそむ危険性も見逃さなかった。「かくのごとくあわただしく集められ、伝えられる知見には欠けたるところもあり、遅く発して、ゆるやかに移動する知らせほどは当てにはならない」。電信と新聞は、共生関係にあった。正の帰還経路(フィードバック)が、その効果を増幅させた。電信は情報技術なので、電信自体の勢力拡大の一因として働いた。
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その意味において、マスコミはやりにくくなっただろうし、ネットを敵視している嫌いがある(それでももう、ネットの大海に飲み込まれてズブズブになっている嫌いもあるが)。
さて、それでも、何とかネットを利用しようとして躍起になっている気配もあり、なんとかしようとする意気込みは伝わってくるのだが、如何せん、その取り込みにうまく行ってないのも何となく雰囲気で伝わってくる。
さて、そんな折ではあるが、昔むかしも、新しい技術にマスコミの存続を脅かされ、しかし果敢にもその技術を逆に利用して生き残った時代もあったようだ。
今より少し昔、電信が生まれた時代のことである。
「インフォメーション情報技術の人類史」P184より。
引用順序は前後している箇所があるがご容赦頂きたい。
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一八四六年、アリグザンダー・ジョーンズは、ニューヨーク・シティ駅からワシントン・ユニオン駅まで、初めて電信で送稿した。軍艦オールバニーがブルックリン海軍工廠で進水した、という記事だった。英国では、《モーニング・クロニクル》紙の記者が、クックとホイーストンの電信線を通じて初めて報告を受け取った感動を記している。
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静止したる針の突然の揺動と、甲高き警報音によりて、記事冒頭部分の到着す(引用者註:モールス信号による電信の描写と見られる)。吾人は嬉々として、寡黙なるわれらが同志の顔、すなわち神秘の文字盤に見入り、九十マイルほどの彼方にて発せられし言葉を、手もとの帳面に鉛筆で次々と書き記す。
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評判は、瞬く間に広まった。電信のせいで新聞が消滅することを危惧する者もいた。それまでは、あるアメリカ人ジャーナリストが表現したように、新聞こそ「商業、政治、その他の知見の、迅速かつ必須の運搬役」だった。
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この用途に関し、新聞は著しく利便性を失うであろう。電信の稲妻のごとき翼からあらゆる点で予見されるとおり、新聞は地域の“短信”もしくは抽象の憶測のみを容れる器に堕する。世論を喚起する力は、選挙運動においてさえ格段に減じるであろう。新聞の虚偽は、人目に触れたそのとたん、無謬なる電信によって暴かれるであろう。
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新聞業界は臆することなく、電信技術の導入を待ち望んだ。各紙の主筆は、どんな特報も“電気信号装置により打電”と銘打てば、緊急性と迫真性が増すという利点を見出した。
新聞記者たちが、電信の利用価値に気づいた。
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まるでインターネットの登場のようである。一つ違う点を挙げるならば、電信の登場当時、マスコミがその新技術を果敢に取り入れているのに対して、現代のマスコミはネットの取り込みに二の足を踏んでいる。
いや、もっと言えばこれは日本とアメリカの差だ。
日本のマスコミは小手先だけの技ではなく、もっと本質的に、ネットを使うべきなのだ。
<追記>
こちらも引用しておく。
「インフォメーション情報技術の人類史」P185より。
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「ロケットのごとく飛び出したのち、近隣の十数の町へと枝分かれする電線によって運ばれ、長き距離をロケットより迅速に駆ける」と、あるジャーナリストは書いたが、裏にひそむ危険性も見逃さなかった。「かくのごとくあわただしく集められ、伝えられる知見には欠けたるところもあり、遅く発して、ゆるやかに移動する知らせほどは当てにはならない」。電信と新聞は、共生関係にあった。正の帰還経路(フィードバック)が、その効果を増幅させた。電信は情報技術なので、電信自体の勢力拡大の一因として働いた。
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