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とめどもないことをつらつらと

日々の雑感などを書いて行こうと思います。
草稿に近く、人に読まれる事を前提としていません。
引用OKす。

フリクリ 視聴

2024-10-10 21:56:35 | 映像作品視聴感想
フリクリ視聴。

無印:
・蛇崩乃音だ! 蛇崩乃音だ! 
・5話のルパンパロディーでのあの画面が画質悪くなるように転化するあのシーンに笑った。
 あれどういう名前の手法なんだろう? 
・6話。最後の手が吸い込まれるシーンと、デカい鳥が宇宙へ飛び立つ時のあの光の揺れは参考になる。
・基本的に高品質。ただストーリーがない。
・ノンストップで見た。止めることが無かったのは考察要素がなかったから。
・はちゃめちゃドタバタはこれでいいと思う。アニメ界における教科書。
・あとタイトルや各話タイトルに意味があったりなかったりする。
・意味がないパターンについては、当時あった、「自分の感覚をおしゃれに短くまとめる」と言う造語が世界的におしゃれで、かつ推奨もされていたと言う2000年当時の潮流があったからだと推察。
 ↓ここでのソワーとかフズーとかアボーとかね。感覚を言葉にするのが流行ってたんですわ。今の女子高生がぱおん丸とか言ってるのと同じ。

 
 

 で、今だとタイトルで凄い長々説明するじゃないですか。
 「無駄だと追放された【宮廷獣医】、獣の国に好待遇で招かれる~森で助けた神獣とケモ耳美少女達にめちゃくちゃ溺愛されながらスローライフを楽しんでる「動物が言うこと聞かなくなったから帰って来い?今更もう遅い」~」
 これ説明文じゃなくてタイトルだと言う衝撃。これが異世界か? 俺は異世界に来たんか? 

・あと巨大なアイロンと言う構図は、ちょっとキルラキルっぽいと思った。

オルタナ:
・ほら、新海監督の評でよく「J-POPでダイジェストをやって〜」みたいなことをよく聞く(しかも批判調で)のですが、別にええやん? と。フリクリ オルタナの第一話中盤がこれだった。
 昔からやってた手法だし、なんでいけないの? 視聴者的に違和感ある? 
 その時の↓のシーン好き。
 

・エンディングはアニメーション技術の結晶になっている。これは無印も同じだったけれども。

・第二話。おおお、ライン普及後の描写は初めて見た(かもしれない)。
 
・第三話。本当モッさん好き(人として)。一生懸命頑張るのは応援したくなるよなあと。
 あと人として純粋であるというのがこちらの心を打つと言うか・・・

・うーん、どうも女子高生の青臭さが気になる・・・けいおんとかよりもいがこんな感じなんかな。
 自分は違和感と言うか視聴を何度か中断した。
 女子高生の意味ないきゃっきゃうふふがダメなんかもしれない。
 と言うか現実の女子高生はもっと意味ないことに延々と笑ってて無駄に青春を過ごしてるだろ! 
 こんなマックスに健全な生き方してないというか・・・。
 何か偽物のぶりっ子の生活を延々と見せつけられているようでつらい・・・。

・第四話。ハ⤵ァ⤴? なんで無かったことになっとんのや! ちゃんと突っ走って掴み取れよ! 

・と言うか、巨大なアイロンはキルラキルと相似のテーマだな、と。
 衣服に人や星を見立てて、それをどうこうしていく、と言う。
 モチーフが衣服の加工と言う意味で。

・5話。幼少期カナブンはスパイファミリーのアーニャに似ている。

・6話。
 アイロンを持つ手が、チェンソーマンの悪魔の手に似ている。
 
 

 ロケット打ち上げの光景が、サイバーパンクエッジランナーズに似ている。

 あとせっかくのアニメなのに、青春の焦燥を言語化するなと。くっさーみたいな。
 アニメだったら絵で作るんよ! 

・あー何となく分かったような。金持っている人に「こういう風なの作って」と言われた説。

プログレ:
・1話。AKIRAオマージュ発見。11:23ね。4本のタイヤでこの角度で止まるなら煙は3本じゃないだろ! と(称賛)。
 「娘さんは至ってXXX」ここ分からず。
 あとなんやねんこのナンバーw
 
・2話。「先生をはじめとした、世界中の大人たちがいけなかったんだと思いまーす。みんなゴメンねー」かるー。

・5話。
 アイキャッチの水玉が落ちるのが新海作品っぽくていい。
 遊園地の管理人のじいさんは、君たちはどう生きるかのあおさぎに(多分)似ている。

と言うことで見た。

偏差値で言うと、
無印:55
オルタナ:48
プログレ:53
だが、美術として見る価値はある。
ストーリーラインが分かりにくい。

プログレ後半は見ていてストレスは無かった。

サムライチャンプルー 視聴

2024-10-02 22:40:31 | 映像作品視聴感想
と言うことで。
オサンティドタバタ時代劇。

・以前1話のみ見たことがあったのだが、視聴を中止した。面白くないからである。
 何がどう面白くないのか、と言うと、①皆が精神的に共有して抱える精神的課題とその克服がない、②最終的に倒しに行く大ボスがいない、と言うものであった。
 一応目的は「ひまわりの匂いのする侍を探す」になっているが、舞台での目的としては弱い。
 また、これらは登場人物に精神的課題として最初から共有されていない。

 しかし、私は以前よりそれらの要素を求めなくなった。
 私は再度視聴を開始することにした。

 ちなみに同じドタバタでも、グレンラガンの方は、①皆が精神的に共有して抱える精神的課題とその克服が大アリ、②最終的に倒しに行く大ボスが明確と言う感じで私のお気に入り、いや精神的支柱を支える作品である。
 ついでに言えば、グレンラガンは③途中の大ボスが仲間になる、④最後のラストバトルでOPテーマが流れる、⑤主人公が精神的に成長する。⑥もうこれ以上ないくらいの、打ち倒せないだろうと言う困難が次々に襲いかかっては撃破する、⑦大ボスまでの道程が直線的であって分かりやすい、⑧大ボスを倒せば世界が救われる、と言うことが明示されており分かりやすい、と全てが揃ったアニメーションにおけるパーペキムーブをしていた作品であった。

・基本的に殺陣がいい。スターウォーズのあのライトセーバーのちゃんばらは一体何だったんだと思うくらいによくできている(いやそもそもスターウォーズの殺陣は良くなかった。なんでフォースと組み合わせなかったん? )。
 あと湯呑で刀を受ける演出は初めて見た。あれはいい。

・9話「魑魅魍魎」。大麻畑を育ててた山奥の天狗集団(僧兵)がいたが、ムゲンに放火されて皆らりった話。まあ一言も大麻だなんて言ってないけど、あの形の葉っぱの畑と紫色の煙の表現がそれしかないんだよなあ・・・凄いギリギリを攻めた表現だ。
 ちなみにどうも画像検索する分には大麻の煙は紫色とかじゃなくて普通に白なんじゃないのかと。
 これは色がついている表現(黄色い声援、青息吐息)と同じか。

 あと大麻はアッパーじゃなくてダウナーだったと思ったので確認。
 ほぅーら、大麻はダウナーじゃないか。アッパーはコカインよね。あれ? あの葉っぱってコカインなんか? 確認したが違う。やっぱり大麻だがアッパー描写。
 とまあ知識だけなんでかあるんですよね。延々と書ける。
 まずは古くはスキタイ人が大麻をいぶしたところに・・・みたいな。
 ちなみに私は薬物・大麻は一切やっておりませんし、それどころか酒とタバコがダメで、更にそれどころか缶コーヒーがダメで(なんでみんな缶コーヒー飲んで体にダメージ来ないの? )、虚弱体質の私はそれが故に一番綺麗な体をしております(しかし内臓の機能障害が・・・)。
 多分製作者側も経験ないから間違った描写になったんだと思う。
 ちなみに大麻は時間感覚を失うらしいです(byジュリアン・バーバ(英物理学者))

・13話「暗夜行路 其之壱」
 途中、9:52付近でフウが民家の玄関をスパッと音を立てて開くシーンがあるが、細かくは間違い。
 ああ言う民家であのくらいの年季ものであれば、屋内であればまだしも、屋外との境目にある玄関口の戸は、基本的に扉のたてつけは悪くなっており、ああいう風にすぱっと開けしめができない。
 下の受け口の木材が白く乾いて経年の摩擦で丸みをおび、時にはほぞの中がささくれだっている。
 なので、「ガタガタ」と建付けの悪さを表現しながら開けるのが正解。
 ちなみにロウを塗れば滑りが良くなる、と言う話しもございますが、それでも現代の障子のようにすぱっと開けることはできないと思います。ちなみに私は試しましたが良くなることはなかった。
 あと当時でもロウは貴重品なので、そういう用途には使用しないと思います。

 色々言っていますが、それ以外は本当時代考証がよくできていると思います(素人意見で上から目線)。
 ラップやってるところとか、改造駕籠が質で安く見積もられるところとか。

・14話「暗夜行路 其之弐」
 元々おしゃれだったけれども、ここに来て更に急激にオサンティになった。
 あとフウがムゲンに持ってきた食料はイカとかタコとかあと良くわからない全部軟体動物の海産物だった。

・15話「徹頭徹尾」
 最初のカエルスクラッチほんまおもろい。
 あと忍者の動きが本当秀逸。これからのアニメはこれを参考にしたらよからふず(2004年放映なので20年前の作品)。
 「ばんざーい」なぜか欽ちゃんのように斜めになる一行。
 エレベータがあるwww


・18話「文武両道」
 もう最初の解説文からおもろい。
 「ムゲンたちは広島に着いた。ジンは昔世話になった道場に行ったが道場主はすでに他界し道場は荒れ放題。双子の息子たちは町のチーマーになりお互い反目しあっているのだった。」
 チーマーwww。たぶん今の令和の人には分からない。
 あと若本規夫さん一発で分かるな。
 ラップバトル。
 江戸時代にこんな大量の染料あるかなー(棒)。


・21話「悲歌慷慨 其之弐」
 ラストの大雨になる描写が秀逸。

・22話「怒髪衝天」
 体育会系wwwそんな言葉江戸時代にあったかなー。
 コミュニケーションwwwついに英語が出たし(いやバイトとかも言っていたような)。
 働かざるもの食う寝る遊ぶwww
 超時空時代劇wwwあーもうダメwwwラストに向かってスロットルかかってる感じがするwww
 「彼は自称超能力者のケント」あーもうダメwww
 んー? 長崎に行くのにきのこ雲は・・・ちょっと頂けないと言うか・・・引くと言うか・・・
 ギャグにしてはいけないというか・・・

・23話「一球入魂」
 いきなり作画ミスだが、いやもうこのアニメが何だか掴んだ。
 時代劇アニメにいきなりアメリカの球場をぶっこんでくる辺りでどういう展開になっても気にしてはいけない。
 
 声:篠原遊馬
 スポーツ根性時代劇www
 みのに線香☆☆☆あーもうだめ

・ラスト

 この手の厚塗りがいいのに、なぜアニメでは使用されないのか。コストが跳ね上がるから? 
 あと視聴者としては私しか喜ばなさそうというのが・・・


・と言うことで。
 海外視聴者から指摘されるよくある日本アニメの特徴として、「登場人物の構成がパターン化している」と言うものである。いわゆる男2、女1と言う非対称の構成が多いと言うことだが(エヴァンゲリオンなどはこの逆で男1女2)、これもそう。物語に予想をせぬ音階が混ぜ込まされるのが、ストーリーに躍動を与えると言う感じか。

・あとやはり、「おされギャグ侍アニメ」として見れば本当に高品質で面白いが、しかし普通のアニメとして見る分には「父親に会いに行く」は目的感が弱い。またその目的をメンバーが共にすれば良かったのだが、それも弱い。再度言及するが、これの完璧バージョンがグレンラガンだった。

カウボーイ・ビバップ 視聴

2024-09-28 13:05:14 | 映像作品視聴感想
と言うことで。
テレビ26話+映画。

・第13話ジュピター・ジャズ(後編)
 では弾の弾道に感動。攻殻機動隊2045以来かな。あれもいい。

・で13話で半分の節目だから全力投入した感はある。
 逆に第11話闇夜のヘヴィ・ロックでは息抜き回(視聴者も製作者側も)と言う感じもする。

・あれー? スパイク死んじゃうの? そうなんだ。

・あと実写版は未視聴なんですが、あの設定だとスパイクが黄色人種らしくてそうなんか、と。あとジェットが黒人らしい。すげー違和感。誰もが白人ぽくて、誰もが日本人ぽい。

・ギリギリフェイはシンガポール華僑の中国系のような気がする。

・唐突に出てきて唐突にいなくなったエドの父ちゃん。

・あとそこかしこの作品にこの作品の影響があるような気がする。

 映画ラストの蝶を手に掴むシーン→mgstppvでの蝶を掴むシーン
 フェイの体が解凍されて水に浮くシーン←攻殻の素子の義体ができるシーン

・各話違う展開で飽きは来なかった。

・最近のアニメ映画と異なり、ストレスがない。

PERFECT BLUE 再考

2024-09-16 19:28:09 | 映像作品視聴感想
と言うことで、諸雑考。あのストーリーの本当の姿は何であったのか? 
私の一意見。

1.
まずどれが幻想であってどれが現実であるのか。
途中で僅かにあったプロット「高倉陽子」から考える。

途中の高倉陽子は、次の状態で表現される。
「完全なる一般人ではあるが、劇中劇として「暴漢に襲われた女性」が精神的な安定を本人が行うために作った脳内設定「霧越未麻」を、本人の空想の中だけで演じている」

が、そこから、それは撮影がなされている劇であり、撮影終了の号令がかかって、皆で安堵のお祝いムードになる。
女優霧越未麻は、一般人高倉陽子を演じていたのだ、と。

更にそこから本編が継続していき、エンディングの「私は本物だよ」に繋がって、ここがリアルであり、ベースとすべき思考の基点にする考察が多い。

2.
が、私はちょっと違い、高倉陽子と言う存在が現実であって、そこから高倉陽子個人の中で派生した夢想や幻想が作中におけるその後の経過や、あるいはエンディングに繋がったと考える。
なぜかというと次のパターンが考えられるためである。
a)女優霧越未麻が一般人高倉陽子を演じていると言う劇中劇であったパターン
b)現実の一般人高倉陽子が女優霧越未麻の幻想を表現しているパターン
 ※この場合、途中から幻想へと突入していく。

大方の予想はa)を基層としているが、私はb)と考えている。
なぜならば、a)の場合は、女優霧越未麻が一般人高倉陽子を演じていて、更にその高倉陽子が「女優霧越未麻」を自身の頭の中だけで作り出していると言う幻想をする、と言う劇中劇になっているが、幻想の対象を撮影活動中の霧越未麻名義の名前にするとは考えづらいためである。

例えば仮に木村拓哉と言う役者が、ドラマの山田太郎と言う役の中で、脳内の幻想の設定において「木村拓哉になって俳優になっている」と言う設定はなくもないが、しかしこれは珍しいタイプのドラマである。一般的にこういう劇中劇の役の中に自身の芸名を投ずることはない。


b)の場合は大方において説明がつく。
現実の一般人高倉陽子が女優霧越未麻の幻想を抱いており、そこに自己を投影している。そしてそこから「霧越未麻が演じていると言う撮影現場」とする自己内の幻影が自己の内部でのみ広がっていく・・・と。

上記の例で言えば、現実の一般人である山田太郎が自らの現実の逃避先として、自分の中の幻想の中で「自分は木村拓哉である。そのキムタクは、山田太郎と言う役を演じていて逃避行動をしている演技を今しているのだ」と言う構図になれば不自然ではない。

3.
誰しも最後の「私は本物だよ」に「そうかもしれないが、しかしそれって本当か? 」と僅かに疑念を抱いたはずだ。
最後の「私は本物だよ」は観客に向けられた正統な結論ではなく、疑念を起こせという導火線である。

4.
最後の「私は本物だよ」は自分自身が自分自身と認識するには、それは現実でも夢でも白昼夢の中でも構わない。我考える、故に我ありと言うのはどのレイヤーでもできる。

つまりは、最後の「私は本物だよ」の部分は、高倉陽子が見ている夢か幻の中で起きている自己自認であって、この場合の現実の高倉陽子から見た霧越未麻は自分自身の本物で正しい。

一方において、視聴者やその他劇中の現実にいるであろうとする人間があった場合を考えるならば、そこから見て霧越未麻は高倉陽子が作り出している幻の像なので、誤りとなる。

私はそのように考えた。


serial experiments lain 視聴

2024-09-16 14:16:23 | 映像作品視聴感想
と言うことで。

・絵の方だが、新海、細田と続けてみると、簡易的なのがどうしても目立ってしまう。ただ、1998年当時はこれが最高峰の一つであった。
 絵の
・それを考えれば、新海、細田の後に十分耐えた今監督のシリーズが絵として当時際立っていたのも分かる。
・更にとりとめのないことを書けば、やはりそれでも新海監督の先をアニメは目指すべきなのだ。

・女子高生の髪の色がリアルに近い(あれ? 設定は中学生だったか? )。で、そんなこんなでキャラクターの見分けがつきづらい。
 ほら、髪の色が青とかピンクとかアニメにはあるじゃん? あれは一種の正解だったんだな、と改めて気付かされる。
・あと若干日本人顔に寄せているのは良かったように思う。離れている小さい目と大きい頬。これは美的感覚としてNGではあるが、しかしリアルには寄ったと思う。
・キャラデザは安倍吉俊さん。いやアニメに完全には乗らなかったか・・・
・監督は中村隆太郎さん。2013年に享年58歳で没。いやマジで・・・みんな早すぎんだろ。

・答辞の女子高生がこんなコンピュータ寄り寄りの話してる訳ないだろ! 的な。
・今でも当時をふりかえれば、lineとかyoutubeとか使っているのを見て、「あれだけバカにされて忌避感持たれていたコンピュータ界隈も変わったなあ〜」とか思うのに。
・ちょっとだけ流れるドラゴンボールのテーマ。

・5話ラスト。この部屋熱が凄そう。電気代も凄そう。

・今気づいた。アイキャッチと次回予告がないんだ、このアニメ。

・6話。15:44。ここの光に消えるシーンだけ参考になる。
 子供の能力を全体的なコンピュータネットワークの力に還元したり、それを複製して利用したりすることについては、他の作品との相関が見える。
 子供の能力を全体的なコンピュータネットワークの力に還元→とある科学の超電磁砲(無印)
 子供の能力を複製→攻殻機動隊(イノセンス)

・うーん、攻殻よりもマトリックスっぽいぞ? 

・ほんま千葉さんの声は一発で分かるな。

・12-13話でAKIRAまで入ってきた。

見終わった。

考察サイトを見たが、あまりしっくりこない。

で、私がぼんやり見ていた時「こういう前提なんだろうな」と考えていた下敷きは次の通り。

①ワイヤード(作中の②におけるネット仮想空間)
②リアルワールド(下記③におけるネット仮想空間)
==作中本編で描かれるのはここまで==
③本物の現実

これだと全ての現象がしっくり来る。
③は描かれていないが、②の全てが書き換わると言うのはそれが仮想空間であり、それを支配しているのが神であった。その神が②に具現化したのが最初期の岩倉玲音であり、二番目が英利政美であった。

今後見る人がいればどう勧めるか? 
一般受けは絶対にしない。アニメの攻殻とかマトリックスとかAKIRAが好きな人がいればまあ見ればと言う感じ。

私の不満は安倍吉俊さんの絵が完全にアニメに乗らなかったこと。

以上です。