ホトケの顔も三度まで

ノンフィクション作家、探検家角幡唯介のブログ

冒険歌手

2015年11月15日 10時10分45秒 | 書籍
冒険歌手 珍・世界最悪の旅
クリエーター情報なし
山と渓谷社


峠恵子さんの『冒険歌手』がHonzのレビューで取り上げられて、好調な売れ行きをしめしているらしい。うらやましい話である。

言うまでもなく、というわけではないが、峠さんは十四年前の私の旅の相棒。つまり私は2001年に登山家の藤原一考さんが計画したニューギニア探検隊の隊員だったのだが、峠さんもその一人で、私たち3人は半年以上にわたり、特殊非現実的、非日常的時空をともにした間柄だった。この旅の目的はかなり野心的なもので、ヨットで日本を出てニューギニア島まで航海し、ボートでマンベラモ川を遡って、さらにオセアニア最高峰カールステンツ峰の北壁に新ルートを開拓するという、当時はほかに聞いたことがないようなハイブリッドエクスペディションだった。

しかし、今、考えると、私にとってはニューギニアよりも藤原さんと峠さんが、この特殊時空をつくりあげていた張本人だったと思う。個性的という言葉の意味では到底とらえきれない強烈な二人のお人柄。人間の限界という言葉が思い浮かんでしまうほど、かなり端っこのぎりぎりを行っている感じ。若かった私はすっかり藤原さんの毒っ気に参っていたが、15年近くがたった今、言えることは、あの毒っ気は藤原さんからのみ出ていたものではなく、峠さんからも同じぐらい分泌されていた可能性が高いということだ。どっちがどっちというわけではないが、二人は隊における太陽と月、白夜と極夜、生と死、ゴジラとモスラ、月とスッポン、目くそ鼻くそみたいなものだった。私は精神が引き裂かれるような存在の耐えられない軽さに煩悶して、中途脱退して帰国。もうこんなバカなことは二度としないぞ(もうこんな妙な大人たちには近づかないぞ)と誓ったものだった。

この本は峠さんが帰国後に書き下ろした作品で、以前、小学館から出た『ニューギニア水平垂直航海記』の復刊版である。作品のなかでは私もユースケという名前で登場します。

ニューギニア水平垂直航海記 (小学館文庫)
クリエーター情報なし
小学館


なおhonzの書評では「結果、大学生のユースケ隊員が愛想をつかして、一人飛行機で帰国。じつは彼こそ、ある著名な作家の若き日の姿であったのだが、この旅はあまりに黒歴史だったのか、氏のプロフィールから省かれていた、らしい。」と書かれているが、別にこの旅は私の黒歴史ではないし(ちょっと濃い灰色ぐらいかな)、デビュー作である『空白の五マイル』の著者プロフィールでもこの遠征のことは触れている(それに私は著名ではない)。たしかに帰国後は挫折だと感じていたが。

『冒険歌手』として再刊されるにあたり、峠さんと対談して、その原稿が本書に巻末に収められているが、彼女は相変わらずパワー全開で、ちょっと太刀打ちできなかった。この本は彼女の目から見たニューギニア探検の一部始終なのだが、むしろ、ニューギニア探検を語ることで彼女本人の破天荒な生き方が語られる一種の私小説ともいえる。だからタイトルは前の本よりすごくよくなったと思う。

このニューギニアのことは、私もそのうち本にしようと目論んでいる。もう一回、私なりのニューギニア探検を実施して、十五年以上時間が離れた二つの遠征を抱き合わせにして一つの作品というイメージだが、極地にはまっている現在、ニューギニアに行く時間がまったくとれない。早くしないと、当時の藤原さんの年齢に追いついてしまうのがおそろしい。

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