ホワイトシェパード・アリエスの日々 ≪一雲日記≫

いつまでもどこまでも一緒に歩こう!

11月21日~24日

2019-02-11 | 11~12歳
死闘
頭になんらかの問題が起きた。運動障害が進行し起居動作もできず、飲食・トイレでの排泄が困難。正式にというとおかしいが、闘う相手の姿が見えたかもしれない。医師であるわれわれ夫婦は、この日からスイッチが切り替わったとも言える。
持続点滴をはじめる。先生と使いそうな内容を相談して、溶液をいくつか箱で購入。針も必要数を処方してもらう。点滴セットは驚くことに今はネットで売っているので取り寄せた。尿量やパンティングの様子などで補液量は変わるから、よく観察して内容を決める。思わぬところでイヌとヒトは違うかもしれないし、自宅ではすぐに検査したり採血データを得られるわけでない。手探りだった。ステロイド・抗生物質などの投与も開始。不足の薬剤の処方や状態の報告などのため、動物病院にほとんど日参した。

(万が一でも獣医さんに迷惑がかかるといけないので念のために。アリエスは保険に加入していたが、往診以外は自費診療・自己責任でそれなりの覚悟を持って臨んだ。かかりつけの先生は、危険でないと判断されるかぎり家族の希望に添って臨機応変に、という考え方で診療されている。私たちは充分に相談させてもらいながら悔いなく闘病できた。)

そのうち敷いてあるペットシーツにおしっこをする時に呼吸数が増えるのに気づくが、臥位で排尿するって努力がいるのかなとはじめは思っていた。しかしパンティングの時に右前足が突っ張っているのを見て、けいれん発作だと青くなった。だんだん頻回になり、意識障害も進行。発作は不随意運動が粗大になって、手足を大きく投げ出してはひっかくような動作をし、全身ガチガチだ。症候性てんかんとして、抗けいれん薬を開始した。舌は常時出たままになった。口腔内乾燥は呼吸の大敵なので、頻繁に口を洗う。生気のない目を半開きにしているため角膜が乾燥し、傷がつく。保存料などの添加物のない点眼薬を使った。膀胱圧迫による排尿、体位交換、マッサージなども状態をみながらおこなう。

このころ夜間は父ちゃんと2時間交代制。けいれんがなかなか止まらず、全身状態もよくなくて、恐怖しかなかった。てんかんは神経細胞の過剰な興奮で、脳がスパークしている状態だ。コントロールできないと生命の危険、運よく回復しても意識障害や「人格」変化が残る恐れがあった。
いろいろ投薬したが難しく、まだイヌでは使用経験の少ない薬剤を試すことになった。また補液と尿量のバランスが崩れないよう、体の各部位を確認しながら点滴や投薬を微調整する。

いちど夜中に目が覚めてアリエスに向かう父ちゃんの姿を見た時、これまで見たこともない鬼のような形相だったのでびっくりしたことがある。果てしなく起こる止まらないけいれんを見るに堪えず「アリエスこんなに頑張らなくてもいいのに・・・」と口に出したら、「あきらめる理由がひとつもない」と父ちゃんは真っ直ぐこちらを見て言う。尿量が維持できて、採血データも投薬には耐えうる。考えられるすべてのバックアップをおこなっており、なによりアリエス自身が度重なる発作にも心臓を止めず戻ってくる。アリエスの意志で頑張っているのだ。どこにすべてをやめてしまう理由があるのか、と。あまりの揺るぎなさに背筋が寒くなった。けれども鬼気迫る凄絶な背中を見ていて、生命をめぐる闘いとは、ああいうものなのだったとまたぞっとした。あれほど厳しくなければ立ち向かえない。揺らいでいるようでは甘く、足を取られる。親の情に流されて客観視できなくなっていた自分に気づかされたのだった。

命を助けたいという熱意、持っているすべてを懸けて助けたいという熱意の清さみたいなものだけが、神様に認めてもらえるのではないか。父ちゃんが闘っている相手は、死神なんだと思った。あるいは、生命を与えやがては連れ戻してゆく、神への祈りのようにも見えた。

2度の生還
23日までに2回、本当に危ないことがあった。
1回目は呼吸数が極端に低下し、明らかに死に近づいた目になった。思いがけないタイミングであったため、アリエスにとってどうなのかとは思い至らず、慌てて督脈のツボを押す。かねてカイロの先生から、ここを刺激して蘇生した例をいくつも聞いていたから覚えていたのだ。ほんとかなぁと話半分で聞いていたが、実際にアリエスは大きな呼吸をひとつすると、目を開けたのだった。
2回目は父ちゃんの留守番の間に買い出しに行き、途中で危ないと連絡がきた。急いで戻るとアリエスは冷たく、かろうじて呼吸している状態。前回は無理に引き戻してしまったから、今度はアリエスの意志を尊重しなければと、家族みんなでアリエスの顔のところに集まって、それぞれに呼びかけた。寒そうでかわいそうだと思いダウンジャケットを着せ掛けてやった。体をなでながら話しかけるうち、アリエスの体がどんどん温かくなる。急いで全員のダウンの上着と防災用のアルミ毛布で保温すると、アリエスはまた安定しておしっこも出た。体力の落ちた状態では環境の影響に対処できず、冬の室内で低体温になったようだった。それからはキャンプ用のダウン毛布と防災用アルミ毛布を使い分けながら気をつけるようになった。

医療に関わっていると、すべてが順調に進んでいるのに悪い予感が胸を去らないことや、逆にどう考えても難しい状況なのに、絶対行ける気がする時というのがある。無意識な観察の蓄積なのかもしれない。神の仕掛けたいくつもの陥穽を予測し、そこは経験的に避けていく。きっとどの分野でも、説明に困る同じようなことはあるだろうと思う。この時期のアリエスは、毎日不安定に揺れながらも狭い狭い道の上をなんとか踏み外さないで進んでいる感じだった。良くなるかもしれないと思っている心がトラップになる危険があるから、隙のないように話し合いながら確認して、先手先手を打っていく。改善に伴い必要になるであろう物品も、迷わずどんどんそろえた。うまくいく時の特徴でもあるが、不思議とその時に必要な人が現れて盲点をつく助言を与え、必要な物が絶妙なタイミングで出てきたり届いたりし、何ひとつ待ったり滞ったりすることがなかった。父ちゃんには、体を覆っていた黒い霧のようなものが晴れていくように見えていたらしい。アリエスは流れに乗っかった。