今朝の福井新聞の「越山若水」の記事である。
『京都ぎらい』を引用して
「住むところに序列をつけること」について、書いてある。
これを読んで、思ったのが
「県庁所在地ってお上なの?」である。
そして、「目くそ鼻くそを笑う」「同じ穴のむじな」
ということわざを思い出した。
わたしも同じ穴のむじなだわ・・・
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/column/95192.html
「もう、かんにんしてほしいわ」と、京都の老舗の令嬢が愚痴をこぼしだした。山科の男から縁談話があったのが気に入らない、というのでわけを聞いてみると…▼「そやかて山科なんかいったら、東山が西のほうに見えてしまうやないの」。同じ市内でありながら山科は京都にあらず、と令嬢は露骨にさげすんだのである▼古都の歴史・文化とともに生きる京都人と言えるのは、市内でも中心部の「洛中」に暮らす人だそうだ。ほかは「洛外」で、東京や大阪は時に外国並みに扱われる▼「新書大賞2016」1位の「京都ぎらい」(井上章一著、朝日新書)に教わった知識である。著者は嵯峨育ち。由緒正しい土地だが、京都人に田舎と見下され屈折したという▼話半分に聞いても、京都人の「中華意識」は強烈なようだ。都が上で、田舎を下に見る「華夷(かい)秩序」がいまも頑固に残る。と書いて気付いた。それは日本の悪癖ではないか、と▼福井市出身の先輩記者に聞いた話がある。もう30年以上も前、若狭に赴任し地元の人に掛けられた一言がショックだった。「あぁ、下(しも)の人やね」▼京都に近い方が上(かみ)。理屈は分かるが、県庁所在地にして下とは…。何だか複雑な気持ちになったという。住む所に序列を付ける、この種の話は案外盛り上がるので始末に悪い。本家の京都、もっと元をただせば中国の罪は、軽くない。