2022年11月11日公開 121分 G
九州の静かな町で暮らす17歳の少女・鈴芽(すずめ:声原菜乃華)は、「扉を探してるんだ」という旅の青年・草太(声:松村北斗「SixTONES」)に出会う。彼の後を追って迷い込んだ山中の廃墟で見つけたのは、ぽつんとたたずむ古ぼけた扉。なにかに引き寄せられるように、すずめは扉に手を伸ばすが…。扉の向こう側からは災いが訪れてしまうため、草太は扉を閉めて鍵をかける“閉じ師”として旅を続けているという。すると、二人の前に突如、謎の猫・ダイジンが現れる。「すずめ すき」「おまえは じゃま」ダイジンがしゃべり出した次の瞬間、草太はなんと、椅子に姿を変えられてしまう―!それはすずめが幼い頃に使っていた、脚が1本欠けた小さな椅子。逃げるダイジンを捕まえようと3本脚の椅子の姿で走り出した草太を、すずめは慌てて追いかける。やがて、日本各地で次々に開き始める扉。不思議な扉と小さな猫に導かれ、九州、四国、関西、そして東京と、日本列島を巻き込んでいくすずめの”戸締まりの旅”。旅先での出会いに助けられながら辿りついたその場所ですずめを待っていたのは、忘れられてしまったある真実だった。(公式HPより)
「君の名は。」「天気の子」の新海誠監督が、日本各地の廃墟を舞台に、災いの元となる「扉」を閉める旅に出た少女の冒険と成長を描いた長編アニメーションです。音楽は新海監督と3度目のタッグとなる「RADWIMPS」が、作曲家の陣内一真とともに担当しています。とりわけ印象に残るのは、十明(とあか)の『すずめ feat.十明』 の歌。特徴的な息継ぎと神話的な世界観に惹かれます。この歌聴きたさに鑑賞したと言ってもいいほど。
青年に廃墟の場所を尋ねられたすずめは、どうにも気になり後を追います。寂れたホテルの中庭に立つ扉を開けると、そこにはすずめが何度も夢に見てきた景色が広がっていました。そこは死者が行く常世の世界だったのです。刺さっていた 石を抜くと猫の姿になって逃げていきました。
学校に戻ったすずめは巨大な何かが空に向かって伸びていくのを目撃し、自分以外の人には見えていないことに驚き、再び廃墟へ向かいます。そこで扉を必死に閉じようとしている青年を見て思わず手伝います。
彼は草太と名乗り「要石」が抜かれたため、後ろ戸から「ミミズ」が出てきて地震を起こしたと言います。止めるにはもう一度要石を刺す必要があるのですが、要石だった猫は、閉じ師の草太を椅子に閉じ込めて船に乗って逃げ出します。草太とすずめも猫を追って船に乗り、ここから二人の冒険が始まるのです。すずめの子供の頃に使っていた小さな椅子になった草太が猫を追って走っていく姿はユーモラスで和みすが、実際に目にしたらけっこうなニュース。すぐに写メや動画を取られてUPされるし、猫の方も「ダイジン」と呼ばれて瞬く間にネットに登場するあたりはいかにも当世風。
すずめは幼い頃に母を亡くし、叔母の岩戸環(深津絵里)と二人で暮らしていますが、過保護気味な環はつい口うるさくなってしまいます。そんな環に同じ漁協で働く同僚の岡部稔(染谷将太)は片想いしている様子。突然家を飛び出していったすずめを心配してラインを送って来る環にすずめは本当のことを言っても信じて貰えないだろうと曖昧に濁し、それが余計に環を心配させます。岡部の出番はそう多くはありませんが、最終的に環とうまくいくような感じかな。
船は愛媛県の八幡港に到着し、SNSで人気になったダイジンの足跡を追う二人は、すずめと同い年の女子高生・千果(花瀬琴音)と仲良くなりますが、扉が開いてミミズが噴き出したのを目撃し、千果に送ってもらって山奥の廃墟の学校の玄関の扉を閉じます。千果の家族が営む民宿に泊めて貰い一晩を過ごした
翌朝、テレビで明石海峡大橋を歩くダイジンの姿を見たすずめたちは、神戸を目指します。ヒッチハイクで松山から神戸へ帰る途中のルミさん(伊藤沙莉)の車に乗せてもらったすずめは、彼女の双子の子供たちの面倒を見ることになります。 夜、ルミさんのスナックを手伝っていると店にダイジンを発見し、後を追うと閉園した遊園地の観覧車からミミズが噴き出していました。なんとか後ろ戸を閉じた二人は、SNSでダイジンの行方をつかんでルミさんに別れを告げて新幹線に乗って東京へ向かいます。
草太の家へ寄ったところで地震速報が鳴り、神田川の電車用トンネルから巨大ミミズが現れます。要石が必要だと悟った草太はダイジンを捕まえますが「もう要石じゃない」とダイジンに言われた草太は、椅子に変えられた時に要石の役割も引き継いでいたことを悟ります。戸惑う すずめでしたが、巨大地震の発生を止めるために泣く泣く要石となった草太をミミズに刺して 地震は止まります。独りぼっちになったすずめは病院に入院している草太の祖父で閉じ師の師匠でもある宗像羊(松本白鸚)を訪ね、かつて自分が迷い込んだ扉(仙台の実家近くにある)から常世に入れることを知ります。羊朗が病室の窓際に現れた猫に「とうとう抜けてしまわれましたか」と話しかけるシーンは原作にはないそうですが、おそらくこの猫はサダイジンですね。
草太を連れ戻そうと決意したすずめは、彼を心配して訪ねてきた友人の芹沢朋也(神木隆之介)の赤いオープンカーで仙台に向かおうとしますが、そこにすずめを心配して追ってきた環さんがも追いつき、ダイジンと共に向かうことになります。道中の三人の会話が面白くて笑えます。車中流れる彼が環の世代に合わせて選曲したという「ルージュの伝言」「SWEET MEMORIES」「夢の中へ」「卒業」「けんかをやめて」など、懐かしい曲のオンパレードなのですが、環の年齢より曲の時代はもう少し古いような気も(^^;
途中のSAで、もう一匹の猫・サダイジンが現れ、憑依された環と本音で喧嘩をします。我に返った環と気まずい空気にな間を取り持とうとする芹沢も良かったな。猫が言葉を話したことにパニクり道路脇に落ちて車が故障すると、歩いて向かおうとするすずめを、棄てられていた自転車を拾って送る環。ここで二人は仲直りです。実家跡で幼い頃の日記を掘り返したすずめは、黒く塗りつぶされた3月11日以降の頁に被災の記憶が蘇ると共に扉の場所を思い出します。
二匹の猫と常世の国に入ったすずめの目に映ったのは、津波の瓦礫と燃えている町です。黄色の小さな椅子を見つけたすずめは、自分が代わりに要石になるからと椅子を引き抜きます。その必死な姿を見てダイジンは再び要石になってくれ、人間に戻った草太とすずめは、要石となったダイジン・サダイジンを打ち込んでミミズを鎮めます。この時、すずめは震災前の平和な日常に溢れていた人々の「行ってきます」「行ってらっしゃい」の会話を思い浮かべます。
幼い頃に常世に迷い込んだ自分に母・椿芽(花澤香菜)の椅子を渡したのは、大きくなった自分自身だったと気付いた彼女は、幼いすずめに「あなたはちゃんと大きくなる」「私はね……すずめの、明日!」 と声をかけました。
常世は古代神話にも擬えられた「全ての時間が同時にある場所」であり「死者の赴く場所」なので、幼いすずめと今のすずめが同時に存在してもOKなのね。すずめの目に映った常世が燃えているのは、幼い彼女が目撃した東日本大震災当時の火に飲まれる故郷の姿であり、彼女が今向き合うべき過去だからでしょう。
無事に現世に戻ってきた二人。閉じ師として扉を閉めながら東京に戻るという草太と別れ、すずめは環と一緒に千果やルミさんたち助けて貰った人たちに挨拶しながら宮崎に戻っていきました。
季節が代わり冬になった頃、「必ず戻ってくる」と約束した草太がすずめの前に現れ、すずめは「おかえりなさい」と声をかけるのでした。
要石はミミズの尾と頭を封印する2つの石として設定されています。また、ミミズは大地や生物の歪みが生んだものとして描かれていました。
2011年の大震災を想起させるはっきりとした狙いの元で作られていますが、ダイジンや動く椅子のキャラが可愛くてとてもユーモラスで、重い内容を和らげる効果を醸し出していました。
母を喪ったトラウマを抱え辛い記憶を封印して生きて来たすずめが、母に椅子を作ってもらった時の幸せな記憶を思い出すことができたのは、蓋をしていた過去と向き合ったからこそかもしれません。これはすずめの成長物語であると共に、忘れ去られていく土地やそこに暮らしていた人々の記憶への憧憬でもあるのかもしれません。