AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

頸性メマイと半身脱力感に対する後頸部刺針

2006-03-15 | 耳鼻咽喉科症状

1.頸性めまいの症状と鑑別すべき疾患
 
鍼灸に来院する患者で、最も多いのは頸性めまいであろう。頸性めまいの主訴は非回転性めまいで、難聴や耳鳴を伴わないのが特徴である。なお激しい回転性めまいで難聴や耳鳴を伴わない場合、良性発作性めまいを疑い、回転性メマイに難聴耳鳴が併発すればメニエール病を疑う。


2.頸性めまいの病態生理と鍼灸治療

 
身体平衡は内耳(前庭)からの前庭神経、眼(網膜)からの視神経、深部感覚(筋腱紡錘)の後索が受容器である。内耳・眼・運動系からの3つの情報は脳幹の前庭神経核に集められ、統合判断により空間上の自分の位置や姿勢を判断している。しかし3つの情報を統合する際、矛盾するならば、結果としてめまいが起こる。うちめまいと最も関係するのは内耳の前庭であり、メニエール病や良性発作性めまいは、内耳前庭性のめまいであって、私が改めて説明するまでもないことである。


ただし鍼灸に来院する患者は、耳鼻咽喉科医の診療を受けて、満足いかない者が来院することもあり、頸性めまいが非常に多いようだ。本疾患は深部感覚の障害に起因するもので、こじれたムチウチにその典型をみるほか、頸肩部のコリ症の者にもしばしばみることができる。

頸性めまいに関係する深部感覚(関節覚、振動覚、深部痛覚のこと)の受容器は上部頸椎とくに後頭骨/C1椎体とC1/C2関節に分布することが知られており、この受容器の病的刺激により、めまいが起こる。したがって上天柱や天柱からの深刺が効果的になるのである。

3.半身の脱力感
 
鍼灸治療を長く続けていると、教科書に書いていない主訴の患者が来院する。半身の脱力感もその一つである。もちろん脳血管障害後遺症を除外しての話である。

上部頸椎に異常があれば、自覚症状としてのメマイのほか、他覚所見としては平衡障害が生じている。前庭神経核からの出力の代表は次の3種類である。

 a.前庭-眼反射 →眼振
 b.前庭-脊髄反射 →運動失調(ロンベルグ、マンのテスト、足踏み試験)
 c.前庭-自律神経反射 →悪心、冷汗、心悸亢進

上述で身近な例はcで、乗物酔い時の症状に他ならない。aとbの反射による所見は、しばしば平衡感覚の理学テストとして行われているものである。鍼灸治療に関係するのはbで、ヒトは前庭-脊髄反射により、全身骨格筋の緊張を刻々と変化させて身体平衡を保っている。

ここで肝腎なことは、一側の前庭は同側の骨格筋緊張を高めていることが分かっていることである。逆にいえば一側の前庭機能低下は、同側の筋緊張がゆるむので、歩行時に一側に偏倚する。この筋の調節作用において、頸筋の関与が最も大きいことが知られている。すなわち、半身の脱力に対する鍼灸治療は、脱力側の頸部筋の緊張を高めるか、健側の頸部筋の緊張を緩めるかの選択になる。頸部筋緊張の左右のアンバランスが、半身の脱力感を生ぜしめている。


耳鳴治療と舌咽神経ブロック針

2006-03-15 | 耳鼻咽喉科症状

1.浅野周先生の耳鳴り治療
 私は長年、耳鳴の鍼灸治療をしてきたが、効果あった例は殆どなかった。しかし浅野周先生の「北京堂」ホームページ記載の方法を応用して追試してみると、たしかに効果が出て非常に驚いた。浅野先生には敬意を表したい。
 私の以前の方法と、浅野先生の治療の違いは、主に次の2点であった。
 a.浅野→40分間(短くとも20分)置針
   私 →せいぜい10分間程度の置針(ときにパルス併用)
 b.浅野→項針(翳風、風池、完骨)への刺針は、しっかりと耳の中にズシンと響かせる。
   私 →響きには無頓着

2.私の耳鳴治療
 とりあえず耳介周囲(聴会、角孫、翳風など)に寸6#2の針で6~10本、20分間置針した。これで耳鳴はかなり改善する。ただし耳中に響かすという方法がよくわからかった。ある日、柳谷素霊の「秘法一本鍼伝書」を調べてみると、耳鳴には、下歯痛と同じ治療で、頬車を使うと記載されていた。「下歯痛に対する場合はそのように刺入し、この時もし耳中に響いた場合には針先を下方に向ける」とある。これですっかり謎が解けた。

 下歯に響くのは、下歯槽神経を刺激した結果であり、耳中に響くのは舌咽神経を刺激した結果である。下歯に響かすのが目的ならば、頬車穴から下顎骨の内側の縁に沿って針を進めればよいであろう。しかし頬車から耳中に響かすのは解剖学上は難しく、その2~3㎝耳垂に向かった部から直刺深刺することで舌咽神経を刺激可能なのである。舌咽神経に針を当てるには、私考案の下耳痕穴(筆者命名、奇穴の耳痕の5ミリ下方にある)を使用するのがよく、ペインクリニック本の通りやっても、うまくいかない。

 下耳痕穴は、耳垂が頬に付着しているその接合線の中央にとる。刺針は耳垂の前からでも後からでもよい。直刺1㎝で顔面神経幹に命中し、ここにパルス刺激を与えると顔面表情筋全体が攣縮する。問題の下咽神経はその深部にあり、2㎝深刺で刺針転向法により耳中に針響を与えることができる。舌咽神経は本来的には中咽頭知覚を支配するが、その枝の鼓室神経は中耳~鼓膜の知覚を支配している。すなわち耳中に響くというのは、中耳~鼓膜に響かせるということなのである。
 このことを知った後、私の耳鳴治療時の使用穴は下耳痕穴を中心とした少数穴への20分間置針へと変化した。