1.頸性めまいの症状と鑑別すべき疾患
鍼灸に来院する患者で、最も多いのは頸性めまいであろう。頸性めまいの主訴は非回転性めまいで、難聴や耳鳴を伴わないのが特徴である。なお激しい回転性めまいで難聴や耳鳴を伴わない場合、良性発作性めまいを疑い、回転性メマイに難聴耳鳴が併発すればメニエール病を疑う。
2.頸性めまいの病態生理と鍼灸治療
身体平衡は内耳(前庭)からの前庭神経、眼(網膜)からの視神経、深部感覚(筋腱紡錘)の後索が受容器である。内耳・眼・運動系からの3つの情報は脳幹の前庭神経核に集められ、統合判断により空間上の自分の位置や姿勢を判断している。しかし3つの情報を統合する際、矛盾するならば、結果としてめまいが起こる。うちめまいと最も関係するのは内耳の前庭であり、メニエール病や良性発作性めまいは、内耳前庭性のめまいであって、私が改めて説明するまでもないことである。
ただし鍼灸に来院する患者は、耳鼻咽喉科医の診療を受けて、満足いかない者が来院することもあり、頸性めまいが非常に多いようだ。本疾患は深部感覚の障害に起因するもので、こじれたムチウチにその典型をみるほか、頸肩部のコリ症の者にもしばしばみることができる。
頸性めまいに関係する深部感覚(関節覚、振動覚、深部痛覚のこと)の受容器は上部頸椎とくに後頭骨/C1椎体とC1/C2関節に分布することが知られており、この受容器の病的刺激により、めまいが起こる。したがって上天柱や天柱からの深刺が効果的になるのである。
3.半身の脱力感
鍼灸治療を長く続けていると、教科書に書いていない主訴の患者が来院する。半身の脱力感もその一つである。もちろん脳血管障害後遺症を除外しての話である。
上部頸椎に異常があれば、自覚症状としてのメマイのほか、他覚所見としては平衡障害が生じている。前庭神経核からの出力の代表は次の3種類である。
a.前庭-眼反射 →眼振
b.前庭-脊髄反射 →運動失調(ロンベルグ、マンのテスト、足踏み試験)
c.前庭-自律神経反射 →悪心、冷汗、心悸亢進
上述で身近な例はcで、乗物酔い時の症状に他ならない。aとbの反射による所見は、しばしば平衡感覚の理学テストとして行われているものである。鍼灸治療に関係するのはbで、ヒトは前庭-脊髄反射により、全身骨格筋の緊張を刻々と変化させて身体平衡を保っている。
ここで肝腎なことは、一側の前庭は同側の骨格筋緊張を高めていることが分かっていることである。逆にいえば一側の前庭機能低下は、同側の筋緊張がゆるむので、歩行時に一側に偏倚する。この筋の調節作用において、頸筋の関与が最も大きいことが知られている。すなわち、半身の脱力に対する鍼灸治療は、脱力側の頸部筋の緊張を高めるか、健側の頸部筋の緊張を緩めるかの選択になる。頸部筋緊張の左右のアンバランスが、半身の脱力感を生ぜしめている。