AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

坐骨神経痛における下腿部治療点の検討  ver.2.3

2024-06-18 | 腰下肢症状

1.坐骨神経痛における標準的な下肢治療穴

坐骨神経痛による下肢痛では、腰部の大腸兪や殿部の梨状筋部に圧痛点が出現することが多く、そのまま鍼灸の治療点となる。これは症状を腰殿下肢症状をもたらしている原発部なので当然である。 
それに加え、下肢症状部位の圧痛点にも施術することは、広く行われていることである。経絡派では、下腿前面は胃経、外側は胆経、後側は膀胱経、内側は脾経と腎経などと分類し、現代鍼灸派は、坐骨神経またはそ坐骨神経分枝の神経または神経支配筋を刺激することになる。一般的に使用する穴は次のようになるだろうが、なぜその経穴を選択するかとの問いに対し、圧痛硬結が好発する部だからという程度の回答で済ましているのが現状であろう。

1)大腿後側:殷門・承扶(坐骨神経)
2)下腿前側:足三里・上巨虚・条口・下巨虚(深腓骨神経)
3)下腿外側:陽陵泉(総腓骨神経)、懸鍾(浅腓骨神経)、丘墟(浅腓骨神経)
4)下腿後側:委中、承山、承筋(脛骨神経)
5)下腿内側:地機(脛骨神経)
※下腿後側症状と下腿内側症状は、ともに脛骨神経症状(神経痛または運動神経支配の筋緊張)を治療している。

 

2.神経狙いか、筋狙いか

問題となるのは、神経に刺針すべきか、支配筋に刺針すべきかという古くからある疑問である。知覚神経は上行性であり運動神経は下行性なので、腰殿部における神経圧迫は、下肢知覚神経症状を生ずることはないが、運動神経症状を生ずる。加茂整形外科医師は、臀部の坐骨神経ブロック点に刺針すると、下肢に電撃様針響が得られるのは、坐骨神経の知覚神経線維ではなく、運動神経線維刺激による下肢筋の痙縮であるという。これは現在注目をあつめているMPS(筋膜症候群)の考え方である。要するに下肢部の鍼灸施術は、神経狙いではなく、筋狙いでいくという方針が妥当だろう。となれば神経線維が筋へと枝を伸ばしている部、すなわち筋のモーターポイント部分が適切な治療点だといえる。
私の坐骨神経痛における下肢施術も、次第に神経を狙わず筋狙いになってきた。



3.腓腹筋への刺針 

下腿三頭筋は、腓腹筋内側頭、腓腹筋外側頭、ヒラメ筋がらなる。腓腹筋は、踵から膝をまたいで大腿骨までつながる2関節筋であり。足の底屈作用と膝関節屈曲作用がある。
腓腹筋刺針をするための多用する穴は、内合陽と外承山がある。

1)内合陽
代田文誌・倉島宗二・塩沢幸吉の3者が合議した上、新穴として定めた。委中穴の下方2横指に合陽穴を定め、その内方2横指の部。坐骨神経痛や膝関節症の場合の圧痛の好発部位だとしている(以上、代田文誌「鍼灸治療基礎学」)。本穴は腓腹筋内側頭上にある。脛骨神経末端が腓腹筋内側頭部に付着する部で、本筋のモーターポイントに相当する。

当時の解剖学的知識では、ここを座骨神経痛の治療穴と誤って解釈したのはやむを得ないが、内合陽の直下に坐骨神経(あるいはその分枝)はない。膝窩筋に対する施術であり、適応は膝窩筋炎の治療穴になる。膝立位にて膝窩筋を伸張させて施術すると効果的である。


2)外承山
承山の外方2横指で、筆者がよく用いる圧痛点である。腓腹筋外側頭のモーターポイントに相当し、臨床的意義は前記の内合陽穴と同じ。

 

 

4.ヒラメ筋への刺針 

1)ヒラメ筋と腓腹筋
ヒラメ筋は腓腹筋と同じくアキレス腱から分離し、脛骨と腓骨に直接つながっている単関節筋であり、足の底屈のみに働く。膝関節の非伸展時(腓腹筋が弛んでいる)に、足関節を動かすのはヒラメ筋の作用である。たとえば膝を伸ばした状態で「アキレス腱を伸ばす体操」をしすると腓腹筋が伸張され、膝をやや曲げた状態で行うとヒラメ筋が伸張される。
鍼灸臨床でヒラメ筋を緊張させた状態にして刺針するには、まず仰臥位でにして、股関節外転、膝関節屈曲で、大腿前面を腹に近づける姿勢にする。その肢位で、脛骨内縁の圧痛を調べると地機穴の硬結を指先に感じとることができる。

2)地機の取穴と意味

地機の取穴は、「内果上8寸で脛骨後縁の骨際」とある。下腿内側長を1尺3寸と定めるので、下腿内側を3等分し、ほぼ上から1/3の処になる。
股関節外転かつ膝関節45度屈曲位、すなわち一方の足底を他方のフクラハギ内側に付けた姿勢(パトリック試験をするその手前の姿勢)をさせ、曲げた下腿内側の反応を調べていくことにする。指頭は脛骨際を容易に触知できるが、地機の高さに相当する部だけは、筋肉が邪魔して骨がうまく触知できないことに気がつく。その筋肉は誰でもシコっていて、軽く押圧しただけでも非常に痛がる。

 

 

5.長腓骨筋への刺針、陽陵泉

総腓骨神経は膝窩尺側に下降(浮ゲキ・委陽)し、腓骨頭直下(陽陵泉)に回る。次に長腓骨筋を貫いた後、すぐに浅腓骨神経と深腓骨神経に分かれる。腓骨頭前下際で、この長腓骨筋部に陽陵泉をとる。陽陵泉刺針では総腓骨神経を刺激できるが、それでは足三里の用途と同じになるので面白みがない。

下腿外側の胆経沿いに響きを与えるためには、教科書陽陵泉(腓骨頭内下方)に取穴するのではうまくいかない。そこから1㎝足三里に近づいた位置を取穴してベッド面に直刺するとよい。これは長腓骨筋TPsに対する刺針と捉えることもでき、こちらの方が本命だろう。

 

6.短腓骨筋への刺針、懸鐘

外果の上方3寸で長・短腓骨筋前縁に懸鍾(=絶骨)をとる。長腓骨筋の代表穴が陽陵泉であれば、短腓骨筋の代表穴は懸鐘(別名絶骨)といえる。懸鐘の語意は踵骨を後方からみた形が釣鐘のようであり、それを吊す部という意味だろう。また指頭で擦上すると、今まで触知できていた腓骨が急に指に触れなくなる。このことをもって古人は絶骨と命名したのだろう。

指に触れなくなるのは、腓骨が短腓骨筋と長腓骨筋腱に覆われるからで、私は長腓骨筋腱の前縁で短腓骨筋中に懸鐘を定めている。この筋腱の下を下腿筋膜に覆われて腓骨神経が通過している。懸鐘に圧痛がみられるのは、坐骨神経痛の付帯症状である浅いわゆる腓骨神経痛時に多いが、下腿外側の下方で、懸鐘付近に限局しみられる例を最近経験した。これはおそらくインターセクション症候群(筋・腱が交叉する部の過使用にともなう癒着・炎症による痛み)だと思われた。なお治療自体は懸鐘あたりの圧痛点への刺針施灸で容易に改善に向かった。

 

 

 

 

 

 

7.足根洞窟、丘墟

外果の前下方の陥凹部に丘墟をとることになるが、正確な位置は明瞭ではない。しかし丘墟の「墟」という漢字は、くぼみのことなので、すなわち丘墟とは丘のくぼみの意味をすることから、筆者は、距骨と踵骨の間にある足根洞部に取穴している。この部に筋構造はないが、骨間距踵靱帯がある。 古東整形外科・内科のHPによれば、水色で示した部分に神経終末が集合しており、 「足の目」ともいわれるぐらい、地面から足に伝わる微妙な感覚をキャッチし、脳に伝えているということである。一般的には陳久性の足関節捻挫で痛みを生じやすい部である。 ただしその直下には浅腓骨神経が走行しているためか、浅腓骨神経の分枝である中間背側皮神経痛時には圧痛が出現しやすい。

 

8.前脛骨筋への刺針 

足三里~下巨虚 下腿前面脛骨筋上には胃経の、足三里・上巨虚・条口・豊隆・下巨虚といったツボが並んでいる。前脛骨筋は深腓骨神経が運動支配支配するが、深腓骨神経が前脛骨筋中に送る分枝は多数あって、上記経穴はどれもモーターポイントとして作用している。鍼灸臨床にあたっては、上記経穴を順に調べ、最大圧痛硬結点に刺針するようにする。