AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

ハンター管症候群に対する陰包刺針の効果 ver.2.3

2024-07-04 | 下肢症状

 1.内転筋管とその役割

大腿神経は大腿前面の知覚と四頭筋筋力を支配するが、その一部は伏在神経となり、大腿内側下方で内転筋管(=ハンター管)に入る。
この内転筋管は、大腿内転筋群と内側広筋を2辺とするV字形の溝中にあり、互いの筋収縮により干渉しないための間隙にある管で、いわば配管配線のために設けられたスペースといえる。内転筋管内は大腿動・静脈と伏在神経が縦走している。このV字の溝にフタをするように、内側広筋から伸びた筋膜である広筋内転筋板が伸びている。
伏在神経は筋を支配することなく、大腿内側~下腿内側の皮膚知覚を支配している。すなわち浅層ファシアの障害と関わってくる。

 

2.内転筋管症候群(=ハンター管症候群)

内転筋管の中で伏在神経が圧迫を受けて生ずる伏在神経神経絞扼障害を内転筋管症候群(=ハンター管症候群)とよぶ。これはタイツやスパッツなどで大腿内側を圧迫を続けると、内転筋管周辺の筋緊が伏在神経を絞扼した結果である。ツボでいう陰包(肝)
付近が障害部になる。この筋溝の底には大内転筋がある。症状は歩行時の大腿内側とくに陰包穴あたりの運動時痛で、伏在神経の走行部である下腿内側、膝内側の表在的なピリピリとした痛みが起こる。伏在神経は皮膚のみ知覚支配するので運動麻痺は起こらない。
陰包は、大腿内側の膝側から上1/3のところで、膝上4寸にとる。

 

3.陰包刺針肢位の試行錯誤
   
大腿内側の陰包あたりが痛むとの訴えはあまり多くない。陰包あたりを深々と押圧すると
圧痛を感じる程度のものがせいぜいだった。仰臥位させ、圧痛ある陰包にある程度深く刺入してみても、スカスカするのみでツボに命中した手応えはなく、響きも得られないことが大半だった。しかし陰包に強い圧痛があった場合、筋硬結に命中してズンとした響きが下腿内側に与えられることがあった。

どうすれば安定的にズンという下肢内側への響きを与えることができるかが問題であり試行錯誤した結果、治療側を下にしてのシムズ肢位で陰包刺針することがよいことをつきとめた。この肢位で陰包刺針するとツボが逃げないらしい。陰包を響かせるには意外に深く、3~4㎝の直刺を必要とする。この響きは伏在神経を刺激した結果なのか、広筋内転筋板を刺激した結果なのかどちらなのだろうか。知覚神経の伝導は上行性なので、陰包に刺針しても末梢側に響くことはないが、運動神経が下行性であり、広筋内転筋板を支配する運動神経のトリガーが活性化し、その放散痛が下肢に響いたと判断できる。

4.ハンター管症候群の針灸治験
 
1)症例1(40才、女性)
「右陰包あたりが痛む」と訴えるが来院した。陰包を押圧すると確かに圧痛があったので、前記のシムズポジションで寸6#2で陰包穴に直刺し、強い針響を得た。なお下腿内側や鵞足部に圧痛はなかったので、伏在神経の支流は問題ないようだった。大内転筋を中心に、5~6本集中5分間集中刺針して症状改善に至った。
 ことは難しいことなどから、大内転筋-内側広筋間にある筋膜刺激と判断した。
 
2)症例2(51才、男性)
数週間前から左陰包あたりが痛むと訴えて来院した。臥位で左陰包を軽く押圧すると、跳び上がるほど痛む。この患者はスポーツマンで筋肉質の身体をしている。整形医師の診察では、左内側半月板の外縁が少し削れているが手術するほどではないといわれた。確かに内膝眼・外膝眼にも圧痛があったが、内膝蓋や外膝蓋には圧痛がなかった。
以上から、本症はハンター管症候群であり、伏在神経の膝蓋枝まで反応が及んでいるものと診断した。
治療は、仰臥位で寸6#2で陰包に刺針するとズンと響いた。陰包を中心に5~6本集中置針で5分置鍼。他に内膝眼・外膝眼にも置鍼5分で治療終了した。

 

5.その他の伏在神経症状
 
伏在神経は、途中から大腿動脈と分かれ膝関節内側の表層に出て、次の2枝に分かれる。これらの皮膚痛が、内転筋症候群によるものであればて陰包刺激が適応となる。

 
1)膝蓋下枝

縫工筋を貫き、膝関節下内側の皮膚に行く枝。この枝が鵞足炎時の膝内側痛をつくる。鵞足部の鵞足穴や膝蓋骨内縁の内膝眼に圧痛があれば、伏在神経膝蓋枝痛を考慮する。鵞足の圧痛点には皮膚刺激である円皮針を貼る。内膝眼は皮膚が厚い部でかつ摩擦されやすい部なので、円皮針よりも灸刺激が適する。

2)内側下腿皮枝
下腿内側および足背内側の皮膚に分布。この領域の皮膚反応の探索には撮診法が適する。代表穴は三陰交・地機・築賓などであり、これらのツボ上の皮膚の撮痛反応を探る。治療は撮痛部に円皮針を貼る。
下腿陰経の圧痛というと泌尿器や産婦人科系の疾患を思い浮かべがちだが、それ以前に伏在神経痛であるかもしれない。伏在神経痛は内転筋症候群、鼠径部における大腿神経絞扼障害によることもある。