墓参で帰省したためか、ついつい思いは昔日に遡りがち。
先日受講した「ナンバ式 骨体操」は非常に有効だったが、とくにうれしく
なつかしかったのは、ナンバ骨体操のベースに「操体法」があることを確認
できたことだった。
操体法は気持ちのよい方向への動きが重要な要素となっていて、これは
そのままナンバの動きに通ずる。
操体法との出会いはもう30年近く前のこと。仙台の大学をかろうじて卒業
した私は、若気の至りで「自分に最も向かない仕事をやろう」などと考え、
ある特殊な出版社に就職。月刊誌の編集部に配属され、29歳で思いがけない
事情で退職するまでの7年間、毎月締切りに追われ続けたのだった。
その雑誌が操体法の普及を図っていて、先輩記者に連れられて、創始者である
温古堂先生(橋本敬三氏)の取材に行くなどし、仙台はますます忘れ得ぬ所縁の
地となった。
50歳近くなってからランニングを始めてすぐ、仙台ハーフの出場に異常な闘志を
燃やしてきたのも、ナンバに心惹かれるのも、ルーツをたずねれば、
どうもこのあたりにありそう。
おっ、とと現実、現実へ。
朝10km、1:10・21。(心拍154)
先日受講した「ナンバ式 骨体操」は非常に有効だったが、とくにうれしく
なつかしかったのは、ナンバ骨体操のベースに「操体法」があることを確認
できたことだった。
操体法は気持ちのよい方向への動きが重要な要素となっていて、これは
そのままナンバの動きに通ずる。
操体法との出会いはもう30年近く前のこと。仙台の大学をかろうじて卒業
した私は、若気の至りで「自分に最も向かない仕事をやろう」などと考え、
ある特殊な出版社に就職。月刊誌の編集部に配属され、29歳で思いがけない
事情で退職するまでの7年間、毎月締切りに追われ続けたのだった。
その雑誌が操体法の普及を図っていて、先輩記者に連れられて、創始者である
温古堂先生(橋本敬三氏)の取材に行くなどし、仙台はますます忘れ得ぬ所縁の
地となった。
50歳近くなってからランニングを始めてすぐ、仙台ハーフの出場に異常な闘志を
燃やしてきたのも、ナンバに心惹かれるのも、ルーツをたずねれば、
どうもこのあたりにありそう。
おっ、とと現実、現実へ。
朝10km、1:10・21。(心拍154)