脳脊髄液減少症患者のつぶやき、「とりあえず、生きてみよか・・・。」

過去から現在へ、脳脊髄液減少症、体験克服記。

「絆」は、人と人とのつながり。

2011年12月31日 | つぶやき

大震災のあった今年。

 

悲しみの中で、立ち上がろうとする人たち。

 

人と人とのつながり、「絆」の大切さが叫ばれた今年。

人を支えるのは、人だった。

 

でも、「絆」は、被災者だけのものじゃない。 

私たち脳脊髄液減少症患者にだって必要なことだ。

 

どんなに強い人間だって、

どんなに大金持ちだって、

どんなに権力がある人だって、

けっして、一人では生きていけない。

 

どんな人でも必ず、

なんらかの他人のお世話になって生きている。

 

 

私が今、こうして、

今までの延々と続く、得たいの知れない症状が

脳脊髄液減少症だという事故後遺症のせいだと気づき、治療法があると知ったのも、

治療を受けることができたのも、

 

私が気づく以前から、

脳脊髄液減少症についての情報を発信し続け、マスコミを通じて伝えようとしてくださった先輩患者さんたちや

バッシングされてもされても、自分の考えに確信を持って、治療し続けてくれた医師たちや、

患者が治療を受けられるように、病院に連れていき、生活を支え支えてくれた家族がいたから。

 

人と人との絆によって、

症状の本性に気づかされ、

人と人との絆によって、

専門医にたどりつき、

 

人と人との絆によって、繰り返し治療を受けられ、

闘病生活を続けることができている。

 

先輩患者たちが、一生懸命脳脊髄液減少症について、まだ情報がなかった私たちに伝えようとしたこと、

患者たちの置かれた理不尽な現状を何とかしようと、行動しつづけたこと。

伝えてくれた人たちがいたからこそ、自分が脳脊髄液減少症だと気づけたこと。治療にたどりつけたこと。

それを忘れちゃいけない。

 

激しいバッシングを浴びても、誹謗中傷を受けても受けても、患者たちが大量に引き抜かれても、

脳脊髄液減少症について、伝えること、声を上げることをやめようとしなかった先輩患者さんたちのこと、知ってる?。

 

2005年や2006年ごろには、

交通事故にも遭っていない患者さんたちは、今も当時の患者さんたちの闘いの歴史を、何も知らないかもしれない。

 

 当時、交通事故にもあっていなかった人たちは

脳脊髄液減少症の患者たちが、同時必死に声をあげていたことも、否定派組織や患者同士の対立と闘っていたことも、

一切しらず、そんなことを当時は想像もしなかっただろう。

 

多くの無関心無理解と闘っていたのは医師たちだって同じだ。

 医学界でもいくら、気づきを警告として伝えようとしても、

 無視され続け、

大多数の医師たちにバカにされ続けた、当時のパイオニアの医師たち。

 

多くの医師が、患者を見て見ぬ振りする中、

自分たちが間違っていないと信じて、職場で白い目で見られても、

ブラッドパッチの効果の出方もあまりよくわかっていない患者から誤解されても、

それでも患者を救い続けようとした医師たちがいたこと、

2005年ごろ、交通事故にもあっていなかった患者たちは知らないでしょう?。

気づくはずがないでしょう?

 

でも、影で、患者と医師たちは、すでに長い闘いに入っていた。

それは、多くの人たちを救うことにつながることだと信じていたから。

 

患者たちの声に多くの議員が相手にしなかったころ、

耳を傾けた議員さんたちがいたこと。

 

患者の声に、マスコミの多くが相手にしなかったころ、

真剣に取材して記事にしてくれた記者さんたちがいたこと。

 

その人たちすべてへの感謝は、私は忘れたくない。

  

必ずそこには人と人の絆があった。

 

来年こそは、

本当の意味で、脳脊髄液減少症患者が、

普通の病人や怪我人のように、正当に救ってもらえる社会にするために、

全国の患者たちは、心と心を固いきずなで結ぼうよ!。

 

絆なんてもともと目には見えないもの。

人の心と心のつながりなんだよ。

 

あの大震災の後に、起こった被災地支援の大きなうねり。

 

人々は、最初は誰かの支持を待ってから行動したわけではなかった。

一人一人が、自分に今できることを自分の頭で考えて、

個人ができることから行動したことが始まりだった。

 

それらは、最初夜空の星のように、ポツリポツリとバラバラだったけれど、

やがて、まるで星座としての絵が浮かび上がるように、

点と点がつながっていき、

被災地支援、被災者救援の大きな力を生み出した。

 

一見、バラバラに見えることも、繋がれば大きな力になる。

 

来年こそは、

脳脊髄液減少症の問題解決を、絶対絶対、さらに大きく前進させよう!。

 

おかしなこと、おかしな記事、おかしな論文、

おかしな報道には、

黙っていないで、勇気を出して、

そのつどきちんと皆でNOと伝えていこうよ。

 

相手が偉い人だろうと、絶大な権力をもった人だろうと、、

医師だろうと、

裁判官だろうと、

弁護士だろうと、

政治家だろうと、

官僚だろうと、

関係ないよ。

 

人対人だよ。

 

黙っていることは、知らんぷりすること、

見て見ぬふりすることだけは、やめようよ。

 

皆で力を合わせて、呼吸を合わせて、イチにのサンで

腰が重くて動かない国を、頑固な医学界を

全力でいい方向へ向かうように動かそうよ。

 

皆で力を合わせれば、絶対動く、絶対できる。

小さな力も集まれば、大きな力になる。

 

医学界や、教育界に脳脊髄液減少症の理解や連携を求める前に

まずは私たち患者同士が互いを理解し連携しよう。

 

だって、脳脊髄液減少症患者の置かれたこんなにも理不尽すぎる現実、

どう考えてみても、ひどすぎる現実、

人類史上、いつまでも続くはずないよ。

 

歴史上、真実は必ず日の目を見る時がくるのだ。

 

ただ、その日を一日も早く、今日に近づけるためには、

日本中の患者と家族と支援者と医師たちが、心をひとつにしなけりゃ、

この先、何年かかるかわからないと思ってる。

 

それぐらい、

脳脊髄液減少症問題を闇に葬ろうとする権力、

診断基準を狭めようとする勢力は

強力だと私は警戒しているから。

 

患者が心を一つにして、本気で闘わないとホントに負けちゃうから。

患者たちの戦意を喪失させることが、相手の作戦なんだから。

 

私もあまりにも微力な今だ闘病中の患者だけど、

自分の経験を絶対無駄にしたくない。

このまま黙って死ぬことだけは、絶対嫌だ。

 

脳脊髄液減少症で今までの我が人生、我が身に起こったことをすべて、

全部、この世に伝えきってからでないと、

絶対に死にたくない。

 

「こんな理不尽な現実、今後二度と繰り返してはならないと思うから、

現状を絶対ほうっておけない。黙っていられない。」と

決意も新たにしている。

 

皆さんは、どんな思いで年末を過ごしているかわからないけど、

とりあえず、

皆さん、よい、お年を・・・・。


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