昨日のTBS報道特集は、安楽死の内容だった。
その放送の中で、交通事故で、首から下が動かなくなった男性が、
刺すような、電気ショックのようなと激しい痛みに苦しみ、
安楽死を望み、自ら死んでいった。
その痛みは医者にも治せなかったという。
私の痛みもまさに、「刺すような、電気ショックのような」痛みだったし、
さらに付け加えるなら、「鋭いナイフで生きたまま切り裂かれるような痛みでもあった。」
だから、この交通事故被害者の痛みは、もしかしたら、頚椎損傷の他、髄液漏れも併発していたのでは?と思った。
あの痛みなら、自ら死を望むのは、私も理解できる。
でも、その痛みが、もし、髄液漏れが原因であるなら治るのだ。私のように。
今、私は鈍痛はたまに出ても、
あの激しい痛みはない。
安楽死を望み死んでいった人は、首から下の自由を失った事が一番の理由ではなく、
「激しい耐え難い痛み」が原因なのだとしたら、
もし、その激しい痛みが消えていたら、自ら安楽死を望まなかったのかもしれないと、思った。
「医師にも取らされない激しい痛み」とは何か?
と考えた時、その医師も、安楽死させた医師も、
おそらく、その痛みの原因として、脳脊髄液漏れは思いつかないだろう。
髄液漏れを起こしていたのを見逃していたかもしれないと思った。
いや、海外では、日本より医師にも脳脊髄液漏出症の認知度は低く、見逃している方が普通だろう。
私の体験した髄液漏れの痛みは、普通の痛み止めではなかなか効かず、
切り裂かれるような、まさに電気ショックのような、電気が流れるような痛みが走る。
もし、髄液漏れが検査で確認されて、ブラッドパッチで髄液漏れが止まっていたら、
もしかして、激しい痛みは消えていたんじゃないか?と思う。
激しい痛みがもし消えていたら、安楽死を望まなくなったかもしれない。
私が、髄液漏れの激しい症状の最中には死にたいと願っても、
ブラッドパッチ治療で楽になると、
死にたいなんてサラサラ思わず、100まで生きたい!いろんなところへ旅に行きたい!おいしいもの食べたい!と、オシャレしたい!美容院行きたい!あれもしたい!これもしたい!と
生きる意欲が湧いてくるんだから。
その後に出てきた、安楽死を望むパーキンソン病の64歳の女性人も、本当にパーキンソン病?と思った。
だって小学生の時、母親が家に連れ込んだ交際相手の男性から暴力を受けていたというから?
長年の髄液漏れ放置の結果のパーキンソン症状では?とも感じた。
その女性は、「この不快さ、体の痛みは、代わってくれるわけではないので」と言って安楽死を望んでいた。
やはり、痛みや、体の不快さが耐えられないのだ。その、耐えられない痛みと体の不快な症状でこれから逃れるには死ぬしかないと思ってしまうのだ。かつての私と同じだ。
私も、最悪の症状で、ブラッドパッチしてもらえてなかったら、同じように、体の不快さ痛みから、死をもって逃れたいと思ったかもしれない。
逆に、耐え難い痛みや身体の不快さから逃れられたら、死にたいと思わなくなっていたかもしれない。
過去に、有名なボクサーが、パーキンソン病で、震える手で聖火を持って点火したけど、あの人だって、ボクシングで頭や首や体を殴られ続けたわけだから、髄液漏れてても不思議ではない。
パーキンソン病は、髄液漏れの症状、あるいは、髄液漏れの放置が関係している、のでは?と私は以前から思ってたから。
いずれにせよ、
もしかしたら、髄液漏れの治療で、
耐え難い痛みや苦しい症状が改善するかもしれないのに、
生きてさえいれば、そうした症状の原因や改善する別の治療方法に気づく機会も今後もしかしたらあったかもしれないのに、
それにより、今ある苦しみから解放されたかもしれないのに、
早々にあきらめ、自分から安楽死を望む事や、
それを支援する事には、
私は反対する。
痛みで、死んだ方がマシって、私も思った事があります。